第8話 ビショップ
「どけッ、雑魚どもが!」
ダンジョン入り口でまで戻ってくると、そんな声が聞こえた。
声のした方を見ると、入り口でたむろしていた同じクラスの不良グループたちが、ほかのクラスの生徒に突き飛ばされて、まるで車に引かれたみたいに10メートルも吹き飛ばされたところだった。
吹き飛ばしたのは女生徒の細腕である。
ヤバそうに見えたが、吹き飛ばされた方もレベルの恩恵なのかピンピンしているので大丈夫そうである。
そこに女生徒の隣にいた男子生徒から、追い打ちのフレアバーストまで放たれて、火だるまにされたやつらが地面の上を転げ回っている。
「うわ、険悪ぅ。あれAクラスの生徒だよ」
「横暴ね。近寄らないほうがいいわ」
二人から非難の声が上がるが、不良グループから迷惑をこうむっていた俺としては、ひょっとしていい人たちかも、なんて感想が浮かんできた。
不良たちの中にもヒールを使える奴がいたらしく、治療しているから心配はいらない。
Aクラスの生徒たちは、そいつらを一瞥もせずにダンジョンから出て行った。
二人とはダンジョン前で別れて、夕食前に用事を済ませておくかと、俺は校舎に向かって歩き始めた。
「邪魔だ!」
怒声とともに、いきなり後ろから突き飛ばされて転びそうになる。
「おい、気をつけろ」
俺の言葉に、クラスの不良グループは舌打ちだけ残していってしまった。
いくらAクラスにやられて悔しいからって、俺に当たったってしょうがないだろ。
悔しいなら黙ってレベルを上げればいいのだ。
まあいい。
あんなのに関わっても時間の無駄である。
途中の売店でまんじゅうを買って、俺は校舎の裏にある川に出ると、桜の木の脇にある滝壺まで歩いて、そこにまんじゅうを投げ込んだ。
そしたらひざまずいて、力をお貸しくださいと祈りをささげる。
どこからともなく、よかろう、という力強い声が聞こえた。
半信半疑の俺の前で、クラスチェンジの選択肢にビショップのクラスが表示される。
ステータスが低すぎて、ろくな神様の加護を得られなかった俺には、選べるクラスの選択肢が3つしかなかった。
そこに4つ目の選択肢が加わっていた。
エクスヒールの使える聖魔法Ⅴを覚えるまでは、このクラスでレベルを上げることになる。
ビショップにクラスチェンジする前に、ステータスを秘匿するために端末から申請を出しておかなければならない。
すでに秘匿されたクラスについている者は、この申請を出して、学園側からもステータスがわからないように、端末の機能をオフにしている。
実際には、学園に併設された研究機関に情報は筒抜けになっているのだが、それはこの学園の最重要機密でもある。
まあ、それでもどんなクラスについたかまではわからないのだからどうでもいい。
もちろんステータスのあがり方に異常があって、特殊なクラスについたのは気付かれるだろうが、学園側としては情報を抜いてることを秘匿しておきたいだろうから、向こうからなにかをしてくるとは考えにくい。
ビショップ
HP+100 筋力+80 魔力+80 耐久+80
ステータス補正が三つあり、ステータスの上昇値も高い。
前衛職、後衛職どちらにも高い適性を持つ。レベル5で解放可能なクラスの中では最強。
桜の季節のみとなる厳しい解放条件から、解放の難易度は最難関。
封印された龍神、瀬織津姫の加護を受けることが解放の条件。
普通であれば、ステータスの数値によって戦士、剣士、足軽、魔法使い、聖職者、盗賊のクラスくらいしか解放されない。
最終的に特殊なクラスを開放する花ケ崎や神宮寺であっても、まだクラスの解放条件を満たしていないため、今は魔法使いや足軽などだ。
そろそろ時間になりそうなので、今度は学園に併設された研究所のある方に向かった。
普通なら研究所は入れないが、今日は一般向けの見学会があったのでセキュリティが切られている。
堂々と中に入って、研究所内でアイテム拾いを敢行し、まだ容量の少ないアイテムボックスをいっぱいにした。
そしたら今度はE棟-301室前の廊下のすみに立って、ひたすら時を待つ。
空腹に耐えながら待ち続けた。
こんなことなら食べる分のまんじゅうも買っておくべきだった。
こんな時間になってしまっては、食堂も閉まっているだろうし、売店に食べ物が残っているかどうかも怪しい。
そんなことを考えていたら、ズドンという音がして研究室のドアが開き、ぼさぼさの髪をふり乱した研究員らしき男が現れた。
「おお、ちょうどいい。ちょっと実験台になってくれないか。新しい覇紋の試作が完成したんだ。まだ墨を入れる隙間はあるんだろう」
男はすでに体中に入れ墨が入っていて、顔面以外には余白がもう残っていないようなイカレた奴だった。
マッドサイエンティストという言葉が頭に浮かんだが、俺はなにも言わずに小さく頷いた。
そしたら腕を引かれて研究室内に引っ張り込まれ、うつぶせにベッドに括り付けられると、笑気ガスの吸入器を顔に押し付けられる。
「この辺にお願いします」
「わかった」
「強靭Ⅰと破魔Ⅳと召喚Ⅱと瞬身Ⅴも、ついでに入れてください」
「おいおい、私だって暇じゃないんだぞ。ちょっと背中の余白を貸すくらいで、そこまでのことを要求するんじゃないよ。君も常識がないな」
それだけの短いやり取りが精いっぱいで、俺は意識を失ってしまった。
次に目覚めたら、まだ研究室内のベッドの上だった。
室内には俺しかおらず、さっきの男の姿は見えない。
ベッドから起きて、姿見を探しまわり、隣の部屋で見つけたそれに背中を映した。
背中には、小さな覇紋がたくさん入っているのを確認できた。
背中に張り付いていたメモには、「仕方なくわがままを聞いてやった。見返りに、私が帰ってくるまでに部屋の掃除を頼む」と書かれている。
どうやら頼んだ覇紋はすべて入れてくれたみたいだ。
本来なら街に出て特殊条件を満たさなければならなかったのに、それと同レベルの覇紋をタダで入れてもらうことができた。
攻略本にも載ってない方法で、軽く数万円は浮かすことができた。
新しい世代の、攻略本に治療Ⅳと記された紋様を発見するレベルの人だから、ダメもとで頼んでみたらうまくいってしまった。
しばらく掃除をしていたら、研究員が帰ってきたので手を休める。
「気が付いたのか、もう仕事を始めるから帰ってもいい。ところで君はどこの所属だね」
唐突にそんなことを聞かれて、俺は言葉に詰まった。
もっと攻略本を読み込んでおくべきだったかもしれない。
なんと言ってごまかせばいいのか、ちょっと見当がつかない。
「いえ、実は見学会ではぐれちゃって、出口を探していたんですよね」
「なんてこった! そいつは困ったことになったな。おい、君。今日のことは誰にも話さないと約束してくれないか」
「ええ、いいですよ。誰にも話しません。覇紋もたくさん入れてもらいましたからね」
「君に頼まれた覇紋は誰に見せてくれても構わないが、私が最初に、いや、真ん中に彫られた覇紋は誰にも見せないでくれ」
「はい、わかっています。誰にも見せません」
「ふう、助かるよ。それじゃもう行ってくれて構わない。出口は廊下の黄色い線を、部屋を出てから右にたどっていきなさい」
俺が研究所の外に出ると、もう夜の9時を回っていた。
さすがにこれからダンジョンに行く気にもなれないので、売店でダンジョンダイブ用の保存食を買ってから中庭のベンチで食べる。
これで俺がビショップになって使えるようになったヒールは、すでにハイヒール並の回復量が出せるようになった。
しかし今の時点で魔法が使えない職に転職してしまえば、燃費の悪い初期ヒールしか使えない。
最終的には治療Ⅳの覇紋のみでエクスヒールを使い、数千あるHPを回復できるようにならなければならない。
まだラピッドキャストが使えないので詠唱に時間がかかり、回復魔法によって一瞬でHPを戻しながら戦うといった最終戦略もつかえない。
身体強化魔法のような筋力ステータスを強化する強靭、敏捷ステータスを一時的に強化する瞬身、デバフ解除の一種である破魔、召喚魔法を使うための封魔も手に入った。
まあ身体強化とはいっても、第一段階では5%の強化なので効果はほとんどない。
俺が目指している、ラピキャス魔法剣士二刀流ツバメ返しの魔法剣士とは、剣に魔法を纏わせるカッコイイやつではなく、強化魔法で自己強化した剣士の略だ。
思わぬ棚ぼたで、必要だった覇紋が一気に全部そろってしまった。
となれば、次に俺がするのはスーパースライム退治である。
そんなことを考えながら深夜の校庭を歩いていたら、ダンジョンの方から校舎に向かって歩いている人影が見えた。
異様なのは、その輪郭で、頭のところに二本の角があるように見える。
どうやらゲームが現実になったことで、出てきてはいけない奴らがダンジョンから出てきてしまったらしい。
俺は足が震えて、立っているのがやっとだった。
主人公が正体を突き止めでもしない限り、アイツが俺を害をなしてくることはないないと思われるが、今の段階で一条にあんなものを退治できる力があるはずがない。
なにかのはずみでアイツの正体が周りにバレたときは、黙って学園から逃げるしかない。
もし変なフラグが立ってしまったら、その時は終わりである。
ゲームが現実になってしまったことで、ゲーム時の行動制限など無視して、NPCがどこでも好き勝手に歩き回れるようになってしまったのだろう。
やはり予期できないことも起りえるのだ。
奴が、この学園の生徒を食い殺して入れ替わるのは、もっとずっと後の事だったはずだ。
人が死ぬのを黙って見過ごすことになるが、それ以外にできることなどなかった。
ゲームの時とは行動が変わっているので、このままだと誰と入れ替わることになるのかもわからなくなる。
しかし、今校舎に残っている学園の生徒のうち、誰か一人が死ぬのはほぼ確実だ。
それでも俺にできたのは、死にたくない一心から、音をたてないようにその場所を離れる事だけだった。
翌日から放課後は、ダンジョン一階にあるスーパースライム部屋を回った。
昨日のようなことがあったあとだから、早くレベルをあげたいのは山々だが、それでも経験値稼ぎを何よりも優先することなどできない。
なによりもまず自分の命を守るためにできることはすべてやっておくべきだ。
これは攻略本でも推奨されていない行動だった。
一層で、複雑に枝分かれした通路の突き当りに、広くなっている場所があれば、それがスーパースライム部屋になる。
よくわからずに花ケ崎を巻き込んでしまった、あの忌まわしき場所である。
ここは一定の確率で、ボススライムが湧くことがある。
危険なだけで経験値も良くないから、学園の生徒からは避けられているようだった。
経験値は美味しくないが、ボスにはレアドロップが存在する。
かなり広大に広がっている一層で、このどんつきの広場をひたすらめぐるのだ。
端末にはGPSと20層までの詳細なマップが入っているし、出口までの最短経路検索もあるから迷子になる心配はない。
ここに現れるスライムのボスから、ひたすらドロップ率の低いリングを狙う。
クラスメイトはすでに二階層に行っていて、同じことをしている一般の人すら見かけない。
さっそく大玉ころがしの玉くらいある巨大なスライムを発見するが、出会い頭でいきなり体当たりを食らい、車にはねられたのかと思うくらいの衝撃で吹き飛ばされた。
それでもカウンターで攻撃を入れることだけは忘れていない。
スーパースライムは、なんとかダメージが入れられるし、吹き飛ばされたダメージは10だから、倒せないほどの強さではなかった。
巨体による突進は避けようがないので、タイミングを合わせてボルトを放ち、痺れという一瞬の状態異常で敵の行動をキャンセルするのが攻略本で推奨された戦い方だった。
それがなかなかうまくいかないが、だんだんコツはつかんできた。
クラスチェンジで得た耐久とHPのおかげで、ボススライムの攻撃は本気で踏ん張れば耐えられないこともない。
5時間かけて15匹倒し、得られたのはスライムリング6個、ポーション3つ、それに魔石だ。
スライムリングなんて1円にもならず、売ったところで、たったの35銭だ。
それから放課後は毎日ダンジョンに通い、十日もかけて150匹は狩ったかという頃になって、やっとのことで錆び色のリングが出てくれた。
途中でスライム相手に回避スキルを上げている花ケ崎にも何度か出くわした。
まだ俺のことを弱いと思っているのか、「ボスは危険だからやめておきなさい」との忠告もうけたまわった。
もう何度も倒していると言ったら、本気で驚いていたから失礼な奴だ。
錆び色のリングは鑑定しても????で、特に何も表示されない。
工房に持ち込めば鑑定できるが、効果が変わるわけでもないから、そのまま装備することにする。
ちゃんと鑑定すれば正式名称は、古代のリングという名前になる。
古代のリング(C)
HP+300 魔力+30 ダメージ軽減+8
序盤で手に入るリングの中ではダメージ軽減効果が最も高い。
魔法への耐性はないが、粘って出す価値はあるかもしれない。
価値については微妙な書かれ方だが、この命が掛かっている状況では絶対に必須のリングと言える。
ちなみに花ケ崎がつけているリングはBレアで、神宮寺はCレアである。
俺のレベルはなんとか6になった。
高杉 貴志 Lv6 ビショップ Lv3
HP 462/62(+100+300) MP 28/32
筋力 25(+80)
魔力 31(+80+30)
敏捷 21
耐久 29(+80)
精神 21
装備スキル 聖魔法Ⅰ 魔法Ⅰ なし なし
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