第9話 妨害



「またアンタらとか」


「はあ? 私たちのレベルが先行しているから、みんな遠慮してるんだよ。そのせいで、あぶれてるキミを拾うハメになってるんじゃないか。感謝の意志くらい見せて欲しいよね。生意気なこと言ってると本当にわからせるよ」


 槍の穂先を平気で突き付けてくるあたり、神宮寺は気性の荒い女だ。

 赤髪をふり乱しながら力説している。


「二週間近くあったのだから、少しくらいは進歩を見せて欲しいわね」


「でも、まだ一層でやってるらしいじゃん。キミって本当に進歩がないよね」


「はたしてそうかな」


 こんなやり取りでも、はたから見れば楽しそうに見えるのか、男どものやっかみの視線は耐え難いものがある。

 わざわざ聞こえるように、また寄生するのかなんて言われる始末だ。

 本日は、二層奥のゴブリン、ダイアウルフゾーンに直行することになった。


 山岳地帯のような見通しの悪い地形だから、死角になったところから仲間を呼ばれやすい厄介なマップである。

 それに裏に回り込まれやすいので、後衛を守るのも難しい。

 狩りが始まったら、ステータス的には敏捷以外は大差ないので、神宮寺からの不満は出なくなった。


「それって、前に使ってたのと同じ武器だよね。砥ぎ直したのか知らないけど、すごい切れ味じゃん」


「追いつかれたのは、武器のせいだって言いたいのか」


「お、追いつかれたとかやめて欲しいな。本気で怒るよ」


「それにしても、さえない戦い方ね。それはあなたのスタイルなのかしら。回復が大変よ」


「花ケ崎は黙ってろ。ちゃんと怪我してるか確認してからヒールを使ってくれ。さっきから無駄になってるぞ。お前も大して役には立ってない」


「冗談だとしても笑えないよ」


「冗談だとしても許さないわ」


「あと自分で使えるからヒールなんていらない」


「意外だわ。聖職者を選んだのね」


 花ケ崎は驚いたような顔を見せた。

 たとえ近接職であっても、ヘイト管理の都合で回復魔法を取ることは珍しくない。


「そのわりには攻撃力が上がり過ぎなんだよね。小汚いリングしかつけてないみたいだし、武器はノーマル品なのにさ。どうせ安い覇紋のヒールで聖職者に見せかけてるだけだよ。MPが無くなりそうなときはちゃんと申告しなよ。死んでも知らないからね」


 神宮寺は納得していない様子だが、隠しクラスに就いているのだから当然である。

 慣れるまでは過保護なくらい花ケ崎のヒールが飛んできたが、噛まれても血の一滴すら流さないのを見たからか、次第にそれもなくなった。

 今の俺の耐久なら、この辺りのモンスターでHPが減ることなどない。


「驚いたわ。本当に強くなったのね」


 やはり花ケ崎には色々と見られているので、すでに不自然さを感じ取ったようだ。

 だが、どのクラスに就いているかなどは、他人に聞くようなことでもないので何も言わずにいる。

 そういった情報は秘匿するのが普通なのだ。


「これなら三層にも行けるんじゃないの。でも高杉には難しいかなあ」


 神宮寺のアホは、三階層なら俺よりも戦えるところを見せられるとか思っているらしい。

 俺の耐久なら三階層の奥まで行っても大丈夫と攻略本には書いてあるので、こちらとしても望む所である。

 花ケ崎も今の俺なら大丈夫だと判断したのか、反対する様子はなかった。


「本当に大丈夫かしら。ちょっと怖いわね」


 白い顔を青くしながら花ケ崎が言った。


「二人も行ったことがないのかよ」


「キミだって初めてでしょ。三層からは敵が魔法を使ってくるんだよ。キミにはまだ早いかもしれないね」


 魔法耐性150の俺にとって、何が早いというのかわからない。

 花ケ崎が反対しない理由も、魔法を使われたところで俺が足を引っ張ることなどないのを知っているからだ。

 それに、新しい階層に挑戦するのは、探索者にとって避けて通れない道である。

 俺たちはすぐに階段を見つけて3層に降りた。

 今度のマップは裏から敵に来られることはないので、俺は神宮寺と並んで歩く。


 3層の敵は、斧を持ったオークウォーリア、槍を持ったオークソルジャー、それに杖を持ったオークウィザードである。

 石だか金属だか知らないが、さすがに本格的な武器を前にしたら、本能的な忌避感を感じないわけにはいかなかった。

 近くで見れば棒に磨製石器を縛りつけているようにも見える。


 最初のオークソルジャーから、槍による眉間への突きを食らうが、不思議パワーに守られて、先の丸い木の棒が当たったような感じだった。

 身体はふらついたし、少し脳震盪を起こしかけてクラクラしたが、ちゃんとカウンターを入れているので問題はない。

 金属装備ほどの輝きはないし、ダメージもそこまで高くはないから、それほどの鋭さがないのはわかっている。


 問題はないとわかっているのに、どうしても槍の穂先から目が離せなくなり、視界が狭くなって、避けるといった思い切りのいい行動がとれなくなってしまった。

 避けようとして失敗し、胴体に攻撃を食らうよりは、腕でガードした方がマシと考えてしまうのだ。

 そんな俺を見て神宮寺は息を吹き返したかのように笑顔になった。


「情けないなあ。そのくらいの攻撃が避けられないようじゃ先が思いやられるね」


 そんなことはない。

 レベルアップとともに動体視力も上がっているし、身体能力の上昇で技術を上回れるような手ごたえは感じている。

 慣れてくれば普通に戦えるようになるはずなのだ。

 現に、攻撃を当てるだけなら難しくなく、敏捷のステータス通りの結果だ。


 そして、オークウィザードが二体現れた。

 一体ずつ受け持って倒し終わった時には、神宮寺は肩に氷の破片がしっかりと突き刺さって、わずかに血を流していた。

 魔法の攻撃は耐久の数値は意味が無く、精神の数値によってしか軽減されない。


「痛たたた……」


 神宮寺は顔をしかめながら傷口を押さえた。

 近接職は精神の値が上がりにくいから、神宮寺であってもほぼ初期値だろう。

 だから見た目以上にダメージは大きいはずだった。

 俺は神宮寺にヒールを唱えてやり、こう言った。


「弱いんだから、あまり無理はするなよ」


 爆発しそうなほど顔を真っ赤にして、神宮寺は押し黙った。

 さすがにこの階層では神宮寺も攻撃を受けるし、物理であっても俺よりダメージを受ける。

 そして魔法となると、氷片は俺の体に触れることもできずに消え去ってしまうのに対して、神宮寺は戦闘後に必ずと言っていいほど、体に突き刺さった氷片に顔をしかめていることになる。


 魔法の力で、中の肉まで凍っているから、見た目以上にダメージは大きい。

 そして花ケ崎も、俺が聖職者にクラスチェンジしたと宣言した今となっては、攻撃に専念しているのでMPに余裕はなく、その怪我を治すのも俺頼みだ。


 花ケ崎ですら時々魔法が失敗することはあるのに、俺の魔法は必ず発動する。

 それに神宮寺のHPでは、俺のヒールの威力にも文句は言えないだろう。

 一回で完全に回復できているはずだった。


「手間のかかるやつだ。お守も楽じゃない」


 俺は調子に乗って言った。

 さすがの神宮寺も黙り込んで、俺のことを睨んでいる。


「そのくらいにしてあげないとかわいそうだわ。あなたは言い過ぎなのよ」


「そんなことあるか。前回のことを忘れてるとでも思ってるのか。俺はカラスじゃないんだぞ」


「それはレベルが低くて本当に危険だったからでしょう。綾乃は慣れていたし、レベルにも余裕があったのよ。あなたが張り合って前に出る必要はまったくなかったわ。とても無茶で見ていられなかったわよ」


 無表情で正論をぶつけられては、さすがの俺も黙るしかない。

 しかし相手が反撃を試みてきたら話は別である。


「こ、攻撃の回数は、わ、私の方が多いよね」


「俺は魔法でも攻撃してるんだ。手数なら変わらないね」


 魔法の威力も花ケ崎と比べたって、それほどの違いはない。

 武器の性能、それに覇紋の成長度合いがあるから、多少は花ケ崎に軍配が上がるといったところだ。

 それなのに神宮寺は、今にも噛みつかんばかりの勢いで抗議してくる。

 俺は言ってもわからない神宮寺を相手にするのをやめて、探索の方に意識を戻した。


 つまらない言い合いをしていたら、三人の生徒が通せんぼするかのように道を塞いでいるのに出くわした。

 近づいてみると、持っていた槍の穂先で追い払うような仕草をする。


「こっから先はCクラスの狩場だ。Dクラスは通さない。ほかに行け」


 剣呑な様子で、そんなことを一方的に言ってくる。

 通ろうとするなら戦いになるぞ、というような雰囲気さえ感じる。

 こうなることがわかっていた俺には、特段の驚きはない。


 中学からダンジョンに入っているクラスだから、レベルは10以上あるはずだ。

 まだ戦ってどうにかなるような相手ではない。

 俺たちは黙って引き下がるしかなかった。


「ひどい嫌がらせだわ」


 憤慨していても無表情な花ケ崎が言った。

 まるで魂がこもってないような言い方に、俺は思わず笑いそうになる。


「嫌がらせと言うよりは、妨害なんじゃないのかな。いくらなんでも一般の人まで通す気がないのは横暴すぎるよ。いっそやってやろうかな」


「やめておきなさい。かなわないわよ」


 ダンジョンの階層には、ほとんどモンスターの出ない階段まわりの手前と、モンスターがたくさん湧いて効率のいい奥側とがある。

 効率のいい奥側を塞がれてしまったら、まわりとモンスターを取り合いながらの、極めて効率の悪い狩りしかできない。


 その奥はいくらでも広がっているのだから、ほとんど嫌がらせの意味しかない。

 そして奥を通らなければ、下の階にも行くことはできないのだ。


 このように、ダンジョンダイブの授業時間中はCクラスによって、休憩がてら代わるがわる交代でDクラスの通行を止めるやり方が横行しているのだ。

 これをやめさせるには、クラス同士で一度やり合って実力を示す必要があった。


 奥に行けないので、当然のように我がクラスは渋滞が起こる。

 階段を降りたところの狭い範囲で、何度もクラスメイトたちと鉢合わせることになった。

 今はまだいいが、もう少ししたらクラス内でも狩場の取り合いが起るだろう。


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