第7話 ダンジョンダイブ
「それじゃ、また明日な」
「ええ」
「心配させて悪かったな。だから俺のことを見張ってたんだろ」
「心配なんてするわけないでしょう。ちょっと自信過剰なんじゃないかしら。なんだか気分を害したので失礼するわ」
そう言って花ケ崎は、女子寮のある方へと消えていった。
俺の方は、きっちりレベル3になって、鑑定というコモンスキルまで覚えた。
このスキルは装備しなくともいつでも使うことができる。
もちろん攻略本がある俺には必要ないスキルだが、それでも初スキルは嬉しい。
最初は、俺の持っている秘密を探ろうとしているのかとも思ったが、考えてみれば底辺の俺について来る理由は一つしかない。
たしかに彼女は、俺の初期ステータスを知っているのだから、心配になるのも無理はなかった。
なにせ彼女の二割くらいしかない低ステータスなのだ。
翌日は遅刻してしまい、二つほど授業が受けられなかった。
得意科目だから問題はないが、さすがに疲れが溜まっていたようだ。
横を通る時、モヒカンは「へッ」と嫌な反応をする。
端末には、すでにレベル3と表示されているだろう。
まだ何か俺に対してわだかまりがあるのかもしれないが、ここからの俺は最強を目指して突っ走るだけだから、相手にしている暇はない。
次は、とにかくレベル5を目指して、クラスチェンジを達成する。
最初はHPと魔力、耐久のあがりやすいビショップに転職する予定だ。
面倒なのは隠しクラスなので、人前で覚えた魔法を使うことができないところである。
この世界では魔法ごとにエフェクトが決まっているので、誤魔化すことなど不可能だ。
午前の授業が終わったら、またダンジョンで魔石を入手するノルマを課された実地訓練をすることになった。
昼休みの間にパーティーを組むことになったらしく、その時間に校内をめぐるアイテム拾いで席を空けていた俺は、完全にあぶれてしまっていた。
この学園の方針としては、ダンジョン内で一緒に戦う人数は3人が望ましいというのがある。
なので、ぱっと見みんな綺麗に3人ずつに分かれていた。
「仕方ないわね。私たちと一緒に来るといいわ」
そう声をかけてきたのは、花ケ崎である。
昨日はあれほど遅くまでダンジョンにいたというのに、今日は一限目からしっかりと出席して、その顔には疲れ一つ見えない。
昨日は怪我をして、血で汚れていた真っ白な足にも傷跡は見えないので、元通りになったようだった。
「いくらなんでも、そんなあからさまに足なんか見てたら嫌われちゃうよ。まあ気持ちはわかるけどね」
そう言ったのは、隣にいた神宮司綾乃である。
「綾乃もそれでいいわね」
「もちろんだよ。玲華ちゃんと二人だけじゃ、ちょっと怖かったしね」
「どうして私と二人きりだと怖いのよ」
氷の女王と呼ばれている自覚はないようだ。
もちろん花ケ崎がそんな人間じゃないことは、俺が一番よくわかっている。
「お前は表情も変えずに人を殺せる女だよ」
俺に手のひらを向けて、ボルトを使うと言った時の表情を思い出しながら言った。
花ケ崎は紫紺の瞳を俺たちに向けながら眉尻を少しだけ上げた。
「おっ、高杉くんもけっこう言うじゃん」
神宮寺が楽しそうにけらけら笑う。
クラスの首席かつ氷の女王、しかも貴族家の令嬢である花ケ崎をからかっているのだから、神宮寺も肝が据わっている。
現在、俺のステータスはこんな感じだ。
高杉 貴志 Lv3 見習いLv5
HP 30/30 MP 15/15
筋力 14
魔力 15
敏捷 10
耐久 15
精神 11
装備スキル 魔法Ⅰ なし なし なし
筋力と耐久が伸びてくれたことは素直にうれしい。
クラスについていないので、ステータスの伸びは均一だし、その伸びも悪いが、一けた台のステータスはなくなった。
伸びるステータスはクラスに依存するので、クラスに就けない今は運任せのようなものだ。
さっそくダンジョンに入り、俺たち三人は真っすぐに2層まで進む。
2層に出てくるのはゴブリンで、緑の小さな人型モンスターだ。
その外見は醜悪で、そこそこの知恵が働き、しかも悪意に満ちているという、なんとも嫌な相手である。
「あなたは弱いから、私と一緒に後ろからボルトを撃ってるといいわ」
「あはっ、言われちゃったね。たしかに弱いから前に出ない方がいいよ」
俺は学校内で昼休みに、忍者刀なるマジモンのドスに鍔と柄の付いたような武器を手に入れている。
忍者刀(E)
追加ダメージ+30
ゴブリンのダメージがスライムの倍だったとしても、今の俺なら三倍になったHPによって耐えることができる。
そう考えると、レベル1というのは初期ステータスに限らず、かなり危険な状態だったことがわかる。
トニー師匠の教えでは、ヤバくなる前に逃げろとのことである。
ヤバくなってから逃げたのでは、逃げた先で敵に捕まってしまって危険だという話だ。
そんな事態になったら、俺はわき目もふらずに率先して逃げようと思う。
「俺は前衛をやる。武器もあるからな」
「立派な武器だけど、使えなきゃ意味ないんだよ」
「すぐに使いこなすさ」
俺は納得していない様子の神宮寺に並んで、敵を探しながら歩いた。
さっそくゴブリンが一匹出てくるが、目にもとまらぬ速さで突き出された神宮寺の槍によって、ゴブリンは眉間を貫かれていた。
狭いダンジョンでは取り回しが悪くてあまり人気のない槍だが、攻略本によればゲーム内では対人最強武器とされているらしく、神宮寺家の道場は、特に武闘派寄りのギルドから人気がある。
武闘派ギルドとは、冗談ではなく本当に他の攻略ギルドを襲うこともある無法者たちだ。
そんなもの山賊と同じではないかと思うものの、身分制度が残ったこの世界では犯罪をもみ消すくらいはたやすい。
もちろん探索者が一般人に手を出すようなことがあれば、軍が出てくるような事態になる。
まさにヤクザ扱いだ。
だが無法者たち同士の抗争であれば、大抵は見て見ぬふりをされる。
そんなものと繋がりがある神宮寺家は、下手な貴族連中よりもたちが悪いかもしれない。
ただしヒロインの一人だからなのか、親の方針なのか、子分を引き連れてダンジョンに入るようなことはないようだ。
ちなみに槍が最強というのは、開発が意図していたものなのかもしれないが、実際のところは調整に失敗している。
なので対人においても対モンスターにおいても刀が最強武器である。
「まっ、ゴブリンくらいならこんなもんだよね。キミの出番はないんじゃないの」
そりゃ一匹くらいならそうだろうと思っていたら、今度は5匹のゴブリンが現れた。
一瞬で神宮寺が二匹を倒したが、一匹が懐にもぐりこんだ。
それでも神宮寺は危なげなく、槍の石突でゴブリンを跳ね上げて対処してみせた。
俺の前には、自分で対処しなければならない二匹のゴブリンがいる。
けっして勇気などではない。
勇気などではないが、戦いが始まってしまったら、頭の中にはどう戦うか以外のことを考える余地はなくなっていた。
まるで恐怖など消えてしまったみたいに、体が軽くすら感じられる。
俺も一匹に狙いを定め、忍者刀を腰だめに構えると、体ごとぶつかっていくつもりでタックルするようにゴブリンの胸をつき刺した。
しかしゲームゆえの理不尽さによって、急所を一突きにしたはずの忍者刀は、見えない何かに阻まれ、切っ先が数センチ食い込んだところで重たい感触とともに止められた。
そして攻撃を受けたことに怯みもしないゴブリンの牙が俺の腕に食い込む。
蹴って距離をとると、腕の肉がえぐれて血の筋が伸びた。
気を取り直し、今度は切り裂くように攻撃を入れると、棍棒による反撃は受けたものの、数回攻撃したところで撃破に成功する。
攻撃回数でしかダメージが蓄積されないので、捨て身の攻撃なんてものは、なんの意味もなさないらしい。
しかも、全力の一撃が当たらないと、ちゃんとしたダメージが入らない。
小手先で振り回すようなことをしても、それではほとんどダメージが入らなかった。
もしかしたら、まったくダメージが入らないのかもしれない。
意外と判定が厳しいようだ。
「ぷぷ、ほら弱いんだから無理しちゃだめだよ」
そう言われても不思議と嫌な感じはしないが、こんな細い神宮寺の体でも、身体能力はすでに男性アスリートを軽く越えているのだから馬鹿げている言いたくなる。
花ケ崎にヒールをかけてもらって傷を治し、さらに奥へと進むと、今度は10匹ほどのゴブリンがたむろしているところに出くわした。
おいおい俺はこんなところで死ぬのかと、一瞬の諦念が生じるが、花ケ崎の放ったアイスバーグの魔法が飛んでいって、着弾とともに無数に伸びたトゲトゲが、8体ほどのゴブリンを突き刺し、一瞬のうちに黒いモヤへと変えてしまった。
残ったゴブリンは神宮寺が難なく倒してしまう。
「今のは美味しかったね。今日は人が少ないから経験値が稼げるかも」
神宮寺のはしゃいだような声が響き渡り、それによって体の緊張が抜けた。
ビビっていたところを見られていなかったのを確認してから俺は言った。
「お前らが全部倒してたら、俺の練習にならない」
本当は冷や汗で背中が湿っていたが、俺は強がりでそう言った。
「あなたも強情ね。弱いくせに」
と言ったのは花ケ崎だ。
愛想のない返答ばかりしていたからか、ずいぶん遠慮のないこと言われるようになった。
「せいぜい馬鹿にしてろ。すぐ最強になって、お前らなんて一瞬で抜き去るからな」
「ぷはっ、最強だってさ。その発言は面白すぎるよ」
神宮寺は満面の笑顔を見せて言った。
その様子に、さすがの俺も心が折れそうだ。
たしかに酷い初期ステータスだから、スピードも攻撃力も耐久力も、何もかもが足りていない。
次は現れた5匹の内、2匹を俺の方に回してもらった。
基本に立ち返えろう。
トニー師匠の教え通り、ダメージは受け入れて攻撃を入れることだけ考える。
俺のダメージとゴブリンのダメージ、それにお互いの耐久を考えれば、それで負けることはない。
「壮絶な泥仕合だわ。おかしいわね。そろそろ最強になった頃合いなのではなくて」
言ってくれる。
それにしても、師匠が推薦する戦い方は痛くてしょうがない。
苦情の一つも入れたいところだ。
噛みつかれ引っ掻かれしながら、なんとかもつれ合いの末に倒した。
「まだじゃないの。まだ最弱に毛が生えたくらいだわ」
自分の敵を倒し終わって観戦している外野がやかましいが、今の時点で俺が最弱なのは疑う余地もない。
次の二匹は、片方の頭にボルトを放って、麻痺している間にもう片方を倒した。
ボルトを入れ続ければ半永久的に麻痺させておけそうなものだが、そうはうまくいかない。
すれ違うほかの生徒たちも普通に倒しているようだし、苦戦の原因は俺のステータスの低さにあるようだ。
やっとレベル4になったが、レベル5までは初期値が低いほどレベルアップでステータスが上がりやすいという攻略本の記述はなんだったのか。
上がったのは平均して3.5くらいと、また引きの悪さを発揮した。
夕方になる頃には、花ケ崎が7になり、神宮寺が6、俺も5になった。
頭の中にクラスチェンジ可能なクラス一覧が現れたが、保留してある。
レベル差はなくなってきたはずなのに、あまりに理不尽な力の差が嫌になる。
高杉 貴志 Lv5 見習いLv10
HP 49/49 MP 24/24
筋力 22
魔力 23
敏捷 18
耐久 21
精神 19
最後にいいサイコロの目を引いたらしく、まだマシな数字になってくれた。
アイテムボックスのスキルも覚えることができた。
夕食後に続けるか聞かれたが、俺は用事があるので辞退した。
「やる気がないなあ。そんなんじゃいつまでたっても最強にはなれないよ」
神宮寺が馬鹿にしたように言うが、用事があるのは本当である。
それも最強になるために必須と言えるようなものだ。
「なんの用事があるというのかしらね。私たちは六時半にダンジョンの入り口に集合しましょう」
「オッケー。じゃ帰ろうか」
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