第5話 レベル3にもなれない男


 購買部で最初に目についたのは、ポケットのたくさんついたカーゴパンツと、ウールでできたカットソー、それに皮手袋とブーツのセットだった。

 どれもダンジョン内の陰の色である紺色で統一されていて、ウール素材には耐火性もあるし、ダンジョン内の寒さや、装備品から体温が奪われることも防いでくれる。


 ブーツには足首を守る効果もあるだろうし、これはぜひともセットで買っておきたい。

 それにプラスして、革のジャケットもトニー師匠の教えに反さない程度には防御力も期待出来ることから欲しいところである。


 俺は学園で拾った魔法書という素材アイテムを売ることにした。

 それが300円にもなったので、240円のセット装備にプラスして160円の革ジャンを買う。

 これで拾ったお金もすべて吐き出してしまったので、また無一文になった。


 レンタルの武器しかないというのに、防具にここまで費やしてしまったことに不安が残る。

 しかし制服もこれ以上は汚したくないし、仕方のない出費だったと考えることにしよう。

 その後、食堂にも行ったが、ギラギラした装備を身につけた上級生も多く、魔法を撃ちあうような、じゃれ合いだか何だかわからないようなことをしていて、まったく生きた心地がしなかった。


 食事が済んだら寮の部屋で新しく買った服に着替えて、またダンジョンの定位置に戻る。

 まだスライムは現れないので、自分の体にボルトを放ち始めるが、やっと完全回避の成功率がそれなりに出るようになってきた。


 魔力が12しかない俺の魔法でも、これだけ回避が起きにくいのだから、まともにやってたら、この裏スキルは一生育たなかっただろう。

 最初は200回やって1~2回程度の回避しか起きなかったが、今では10回に1回くらいは回避できるようになった。


 ゲームならここまでで2~3時間程度の作業らしいが、俺の場合は現実なので、すでに15時間は経過している。

 スキルが100まで育つと魔法ダメージ半減効果が100%発現するようになり、それ以降はスキル1ごとにダメージが1%ずつ軽減されるようになる。


 今のままだと、あがりにくいはずの魔法熟練度の方が早くあがりきってしまうかもしれず、魔法の失敗だけは減ってきた。

 この世界の魔法は、どうやら初期値では10回に3回くらいは失敗する。

 魔法熟練度のスキルが100を超えると、それ以降はスキル1ごとに1%ずつキャストタイムが軽減され、ダメージが1%ずつ上がる。


 これら裏ステータスのスキルマックス値は150だ。

 やってて気が付いたのだが、背中の覇紋があるあたりに魔力のようなものを集めると手のひらからなにか出そうな感触があって、そのまま魔法を発動することができた。

 いきなり無詠唱魔法が完成してしまったが、このくらいは周りもやっている。

 そのままダンジョンの二日目は何事もなく終わった。


 まあ5分に1回、自分にボルトを撃つだけなので、何事もあるはずがない。

 早くレベルを上げて、まわりを見返したいものだ。

 明日学校に行けば、二日間は土日で休みになるから、その間にあげてしまおうと思う。




「オマエ、まだレベル1のままなのかよ」


 進歩ねえなという感じで、隣のモヒカンに言われてしまった。

 実質的には年下である彼に、こんな感じで絡まれるのは、どうもしっくりこない。


「昨日は買い物をしてたからな」


「いいかげん一条たちに頼めよ」


 なんど同じことを言わせるのだと呆れながら言った。


「必要ない」


「おい、俺がアドバイスしてやってんだから、その態度はないだろ!」


 いきなりヒステリックに怒声を上げられて、そこで初めてモヒカンの顔を見た。

 まともに対応する気がないとわかりやすく態度で示しているのに鬱陶しいやつだ。

 入学してまだ何日も経ってないというのに、すでにステータスが人間の価値のすべてという学園の風潮にでも染まっているのだろうか。

 仲良くなるつもりはないので、ぶっきらぼうに言い返す。


「アドバイスは必要ない。自分の心配でもしてろ」


 俺が居なければ、このクラスの最下位は自分だというのに、どうして俺に上から目線で指図するのか。

 とはいえ、今の段階でコイツと喧嘩になっても勝てる見込みはないというのが悲しくなる。


 クラス内の注目が俺たちに集まっているので、何か言おうかとも思ったが、それより先に新村教諭が現れてHRが始まってくれた。

 しかし、この新村教諭までもが俺のレベルに関して話し始めてしまう。


「なるべく早めにレベル3になっておかないと危険だぞ。授業で死ぬこともあるんだ。毎年、こぞってダンジョンに入りたがるから、こんなことは言ったことがないんだがな」


 イラっとした俺は、つい言ってしまった。


「余計なお世話ですよ」


「そうはいかない。こっちはお前たちの命を預かっているんだ。仕方のない場合はあるが、レベル5以下で死なれるのは、それ以前の問題だ。誰か、高杉を手伝ってやれないか。そうだな、一番レベルが先行しているのは花ケ崎か。お前が責任を持って、月曜までに高杉をレベル3まで手伝ってくれないか」


「はい、わかりました」


 教室の、俺とは正反対の場所から、そんな軽やかな声が聞こえた。

 ほかの男子連中が、隣のモヒカンを含め舌打ちしている。

 だが舌打ちしたいのは俺の方だ。


 攻略本の情報は、かなり秘匿優先度の高い情報なので、一緒にレベル上げなどできるわけがない。

 面倒なことに、端末にはチャットや通信機能に加えて、ダンジョンや寮、教室など、どこに誰がいるのかまでおおよそわかってしまうアプリが入っている。


 もともとギャルゲー的な要素があるゲームだから、そのような機能がついているのだ。

 HRが終わると、隣のモヒカンの席にチャラチャラした雰囲気の奴らが集まってきた。


「どうしたんだよ。隣の奴と揉めてんのか」


 そう言ったのは、チャラそうな茶髪のロン毛だった。


「そんなんじゃねーけどよ。こいつが生意気なこと言うからさ」


 集まってきたのは、いわゆる不良グループといった感じだが、今までは俺に興味もなさそうだったのに、モヒカンのせいで余計な注目を浴びてしまった。

 目立ちたくないというのについてない。

 どんなに努力しても、こういった不確定要素はなくしようがない。


 隣りの席からは、なにやらヒソヒソと話す声が聞こえてきて、なんとなく視線を感じるから非常に居心地が悪い。

 そんな居心地の悪い時間も過ぎて、実技の授業が始まった。


 校庭の訓練場に出て魔法の練習である。

 俺は授業中に裏ステータス上げができないかとも考えたが、音がうるさいので気付かれずにやるのは無理そうだった。

 最悪なことに、的が五つしかないので残りの生徒に見学されながらやることになった。

 まわりからは、すぐに派手な破壊音が鳴り響きはじめる。


 順番が回ってきたので、仕方なく俺もみんなの前に立つと、的に向かってボルトの魔法を放った。

 まわりのクラスメイトは、間髪入れずに魔法を撃っているのに、俺だけは二発ごとにインターバルが必要になる。

 しかも、的に魔法が当たった音は魔力の数値に比例するらしく、俺の放った魔法はこっちまで音が届かないくらいの小さな音だった。


 隣りでは、花ケ崎が氷の弾丸を的の中央に命中させて、まわりをわかせていた。

 かなり魔法熟練度も鍛えているようにみえる。

 彼女は貴族だし、学校に上がる前から護衛付きでダンジョンに入っていたのだろう。

 それが貴族にとっては普通の事のようである。


 Aクラスには、普段から護衛付きでダンジョンダイブしている生徒すらいる。

 家紋の入ったおそろいのコートを着てダンジョンに入っていく姿を何度か目にしていた。

 あれは全部家来だという噂で、家を継ぐには、ほかの兄弟よりもダンジョンの到達階数で上回らなければならないらしい。


 有名攻略ギルド以上の働きを残すことが貴族の使命だという話だ。

 ダンジョンが現れ、新興貴族が増えたことで、古い貴族への風当たりが強くなっているのだろう。


「そんな初歩魔法を、ちょこっと撃っただけで休憩が必要になるのかよ。いくら前衛だからって威力もねーしさ。クラス対抗戦で足を引っ張るようなら、学園から追い出されちまうぞ」


 モヒカンの仲間であるロン毛が俺に向かってそんなことを言う。

 クラス対抗戦など、まだまだ実力不足のDクラスに勝機などないと知っている俺としては興味もない。


「的に届いてるだけで大したもんじゃねーか。ははは」


 そう言ったのはモヒカンだった。


「まあまあ、今の段階じゃなんとも言えないよ。そんなに絡まなくてもいいじゃないか」


 俺をわざわざ庇いに来たのは一条である。

 そんな一条の顔を見て、ロン毛は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「お前は甘すぎんだよ」


 一条が来てしまっては、ロン毛など捨て台詞を残して引き下がるしかない。

 どうも花ケ崎が絡んできてから、まわりの俺に対する悪意が強まったように感じる。

 なんで話したこともないような奴から、あんなことを言われなければならないのだ。

 それでも俺の順番は終わったので、ほっとしながら後ろの芝生の上に座り込んだ。

 そしたら、端末に着信があってメッセージが届いていた。


花ケ崎 玲華

 授業が終わったら、教室で待っていて


 すでに花ケ崎は休憩に入っていて、そこでメッセージを送って来たらしい。

 非常にめんどくさいことになった。

 俺は授業が終わったら、さっさと教室を抜け出して更衣室で着替えると、ダンジョンのいつもの場所に向かった。


 いつもの場所に来ると、制服姿の花ケ崎がすでにその場所に立っていて、俺は思わず悲鳴を上げそうになった。

 長い黒髪がホラーのようで、これは単純に怖かったのだ。

 しかし顔を見ると、ダンジョンには似つかわしくない美貌そこにはあった。


「どうして逃げるのかしら。私になんの不満があるというの」


 機嫌が悪そうな様子でそんなことを言われる。

 しかし、いつも無表情だから、怒っているのかどうなのかはわからない。

 とはいえ、俺の方にも都合があるので、ここで引くわけにはいかない。


「自分のペースでやりたいんだ。指図されることに不満がある」


「あなたがここに隠れて何をしているのかなら知っているわよ。だから隠す必要はないわ」


 まさか昨日は帰ったと見せかけて、そのあとで覗いていたのだろうか。

 ここはダンジョンのどん詰まりで、滅多なことでは人がこないから、入り口方向を確認すらしていなかった。

 だから見られていたというなら、その可能性は大いにある。


 しかし俺が上げている裏ステータスに関しては、この世界の住人には観測すら不可能な数値のはずだから、なにをしていたかまではわかりようがないはずだ。

 ならばなんとでも言い逃れはできる。


「自分にボルトの魔法を使いながらでもいいわ。私についてくれば、身の危険が無くなるくらいまではレベルを上げてあげるわよ」


 なんと言ったものかと、しばらく途方に暮れてから俺は口を開いた。

 途方に暮れているのは彼女も同じなようで、なんとも言えない顔をしている。


「まだ、レベルを上げるわけにはいかない。その前にするべきことがある」


 さて、これでどう出てくるか。

 もし力ずくで来るというのなら、こっちも全力で逃げなきゃならない。


「それは本当にすべきことなのかしら」


 花ケ崎は感情の読めない無表情で呟くように言った。


「証明はできないな」


 と言ったら、彼女は思案するそぶりを見せた。

 もう何をやっているかはばれてしまったので、俺は自分の足にボルトを放つ。


「なんのために必要なのか聞いてもいいかしら」


「最強になるためだよ」


 彼女は一瞬だけ不意を突かれたように真顔になったかと思うと、すぐに笑みを浮かべて俺から視線を逸らした。

 その態度は馬鹿にされているようで、ちょっとだけ傷ついた。

 しかし、この学園では、ほぼすべての人間が最強を目指していると言っても過言ではないため、たやすく成せるようなことではない。

 俺のステータスを知っている人間がそれを聞いたら、笑うなという方が無理な話だ。


「素敵な目標ですこと。でも、簡単なことではないわ。ゲームのようなものとは違うのよ」


「いや、ゲームだろ」


 つい反射的にそう答えてしまったが、彼女は冗談を言ったと受け取るだろう。

 この現実となった世界では才能やらなんやらが必要になるから、俺には最強を目指す資格がないとでも言いたいのだろうか。

 そんなものはくそくらえだ。


「命の危険があるというのに、冗談を言っている場合なのかしら。あなたが強情を張っていると、私まで評価を落とされてしまうわ」


「安請け合いが過ぎたな」


 俺の言葉に怒った様子も見せずに、花ケ崎はいつもの無表情を貫いている。

 愛想笑いの一つでもすれば、もう少しこっちの警戒心も薄れるというのに、まったく表情を動かす気がないようすだった。


「そう。無理やりにと言っても、あなたは本気で逃げ出すのよね。いいわ。こうしましょう。あなたはHPとMPが自然回復するのを待っているようだけれど、それは大変なはずだわ。だから私が、MPの回復を助けるネックレスを貸してあげる。そして減ったHPも私が回復してあげるわ。それなら時間が節約できるのだから、あなたにとっても悪い話ではないのではなくって」


 回復を待つのが一番つらかった俺にとって、それは本当に悪くない提案だった。

 金もないから装備で埋め合わせることもできずに、この薄暗い洞窟のすみで、ひたすら時間を潰していたのだ。

 やっていることを知られてしまった以上、それでなにかこちらの秘密がこれ以上にバレる事もない。


「悪くない提案だな」


「では、あなたの自傷癖が気のすむまで続けるといいわ。それで、気が済んだなら私にレベルをあげられなさい。私とパーティーを組めば、3時間もかからないわよ」


 それは願ってもない提案だが、それで彼女にどんなメリットがあるのだろうか。

 もちろん、この世界における強くなるための情報には黄金に匹敵する価値がある。

 しかし、この最弱の男からそれを得られるなんて、普通は思いもつかないだろう。

 まさか俺の持っている攻略本の存在に気が付いたとでもいうのだろうか。


 しかし、それ以上考えてもらちが明かないので、俺はその提案を受け入れることにした。

 たとえ攻略本を持っていても、彼女が持っているネックレスと同じものを手に入れる方法はないのだ。

 それを貸してくれるというのだから、大人しく借りておけばいい。

 うまくいった暁には、彼女は教師からの心証が良くなり、俺は裏ステータス上げの苦行から解放される。


「ネックレスを借りよう」

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