第4話 妨害
軽く自己紹介を済ませた後で、入学二日目にして、早くもダンジョンダイブなる授業が組まれていた。
もちろんそれさえも予習済みなので問題はない。
配られた教科書を見ても、高校教育を終えて受験勉強までした俺には、普通科目の授業に心配はなさそうだ。
問題があるとすれば、攻略本の記述とは日付が1日ずれていたことである。
そのことについては、昨日の夜になってから気が付いた。
入学の日付すら一日ずれているのだから、攻略本の内容にも警戒が必要だ。
ただの誤植ならばいいが、まさかゲームのシナリオから外れて、この世界で何かが起きようとしているなんて可能性も考えられる。
すでに信じ切っていたというのに、ここに来てまさかの裏切りにあったような気分である。
さらに言えば、この攻略本に書かれた内容は、ほぼ主人公かカスタムキャラについて書かれたものであって、途中でストーリーからも退場するようなキャラである俺にも、そこに書かれたことが通用するのかどうかはわからないという問題もある。
それに途中でシナリオに改編を加えてしまえば、二度と攻略本の通りにはならない可能性も高い。
俺が派手に動いたりすれば、確実にシナリオは書き変わってしまうだろうし、力をつけるまでは、できるだけ慎重に行動すべきだろう。
とりあえず今日のダンジョンダイブは、昼食後にダンジョンに入って二階まで行くというだけのことだから、クラスメイトから離れなければ戦う必要はないはずだった。
攻略本にも、まわりから離れなければ戦闘は起らないと書かれていた。
すでにパーティーを組んでいると、そのままダンジョンダイブすることになるので、その場合は真っすぐ地上に戻って来いとある。
現実となった世界で、そんなことをすれば不自然極まりないし、もし俺がパーティーを組んでいてもリーダーにはなれないだろうから、そんな行動は不可能だ。
抜け出す言い訳も難しいし、やはりソロのままでいる必要がある。
端末からはクラスメイトの情報も見られるのだが、朝、教室に来て情報が更新された時には、ほとんどの生徒がレベル3以上になっていた。
レベル4以上の生徒は、入学前にダンジョンに入ってレベルを上げていたのだろう。
現時点でレベルが一番高いのは、花ケ崎玲華のレベル6である。
次点で、主人公パーティーの3人がレベル4になっている。
これは昨日の一日で、3レベル上げたものと思われた。
「スライムをちょっと倒したらレベルが上がるのに、どうしてお前はレベル1のままなんだよ。もしかしてスライムも倒せなかったのか」
「まだ戦ってないだけだ」
朝の教室で話しかけてきたのは、俺にライバル心でも燃やしているのか、いつもの底辺仲間のモヒカン君である。
むしろ俺に話しかけてくるのは彼くらいしかいない。
「いくらステータスが一桁だからって、スライムくらいは倒せると思うぜ。あっ、一桁じゃないステータスもあったな。わりぃわりぃ」
わざわざまわりに聞こえるように話す必要もないだろうに大声で話すから、クラスメイトたちも驚いた顔でこちらを見ている。
にやけ面で話しているから、おそらくわざとなのだろう。
好奇の視線を向けられて、ヒソヒソと話す声まで聞こえてくるのは非常に居心地が悪い。
しかも、さげすむような視線まで混じっているからなおさらだ。
底辺同士の仲間意識から話しかけてくるのかとも思ったが、どうやらそうではないようだ。
しかし、俺の方が優位な立場にいるのは明らかなので、目くじらを立てる必要はない。
同じ底辺ではあるが、俺と彼には決定的な違いがある。
攻略本を持っているかいないかだ。
せいぜい慢心していればいい。
「スライムくらい倒せるさ。まだ試してないけどな」
「もしよかったら、俺がレベル上げを手伝おうか」
そう言ったのは、ハンサムで男らしい顔たちをした本作の主人公、一条一馬だった。
おそらくデフォルトの名前なのだろうが、少し変な感じがする。
しかし名前とは裏腹に、高ステータスにユニーククラス、特殊魔法まで持ったキャラだ。
その魔法を使われただけで、今の俺など消し飛んでしまう。
整った顔立ちに正義感を思わせる表情から、まさに主人公という感じである。
「その必要はない」
俺は会話を打ち切るようにそう言った。
なるべく関わりを持ちたくないから、とにかくクラスメイトにはそっけない対応を心掛ける。
必要以上のことを話して打ち解ける必要などない。
そんなことをしても自分の首を絞めるだけだ。
「そうか、助けが必要になったらいつでも言ってくれ」
俺のそっけない対応にも、彼はさわやかな笑顔で応える。
さすがに主人公だけあって、その存在感と立ち居振る舞いは目を見張るものがあった。
一条が会話に入って来ただけで、モヒカンなどは一言も発せなくなってしまっている。
「クラス対抗の試験もあるし、必要な時はいつでも声をかけてくれて構わないよ。全体の底上げをするのは僕らのためでもあるからね。迷惑を考える必要はない」
と言ったのは、すでに主人公のパーティーメンバーである風間洋二だ。
朝のHRでクラス委員長にも選ばれており、成績も優秀だそうだ。
俺は片手を振ってその言葉に応じた。
べつに遠慮しているわけではない、どころか少し迷惑だなと感じたくらいである。
今はレベルが上げられないので、俺のレベルに対して関心を持つようなことはやめてもらいたい。
クラスのためにレベルを上げろと言われたら、今の俺にはその強制力に逆らうだけの力がないのだ。
できるだけ穏便に、俺は自分の攻略チャートを進めたい。
主人公パーティーの彼らは、まさかそんな強制するなんてことはしてこないだろうが、隣のモヒカンはわからない。
クラスには血の気の多そうな輩もいるので、話が変な方向に転んでは困る。
一条は、それ以上なにも言わずに、女の子たちの待つ自分の席へと戻っていった。
「ああ言ってくれてるんだ。せっかくなんだから手伝ってもらえよ」
モヒカンの言葉には答えず、俺は窓の外に視線を移した。
こんなにわかりやすくクラスの最下位であることを主張する、悪意のこもった席順であっても、この窓際という一点だけは唯一の当たり要素である。
教室内の人間関係も見渡せる位置にいるし、窓の外を見ていれば話しかけられることもない。
ダンジョンダイブが始まったら、さっきまでは避けていたクラスメイトたちの輪の中に入って歩調を合わせ、授業が終わったら走るようにして、昨日の所定位置まで戻ってきた。
そこにはまだ昨日のスライムが狩られずにいたので、そいつとともに裏スキルあげを開始した。
最初の一発目から完全回避が出て、幸先は良さそうだ。
この作業は経過とともにスキルも上がりやすくなるので、スキルの上昇を感じられるのはやりがいにもなる。
今日もまた時間はたっぷりあるので、スキル上げの時間は十分に取れる。
物理回避の方も発動して、スライムの体当たりに体が勝手に反応して、スライムがすり抜けるように通り過ぎていった。
昨日の反省を踏まえて、なるべく体力を消費しないように最小限の動きを心掛けてかわし続ける。
30分もしないうちに汗をかき始め、痛みでボルトを撃つのにもためらいが生じ始める。
1時間ほどして疲れてきた頃、どこからともなく飛んできたガラス片のようなものが突き刺さって、中の液体があふれ出してしまったスライムは動かなくなった。
「なんて、ひどいことを!」
叫びながらうしろを振り返ると、そこには花ケ崎玲華が立っていた。
薄暗いダンジョンという、あまりにも場違いな場所に現れた美しい少女に、一瞬だけ認識が追い付かなくて、なにが起きたのかすらわからなくなった。
まさかピンチであると勘違いして、助けに入ってきたのだろうか。
スライムに愛着がわいていた俺は、とっさに変なことを口走っていた。
「その、大丈夫なのかしら」
俺から視線を外して、花ケ崎は気まずそうにそう言った。
横顔すらも、彫刻を思わせるような均整の取れた奇跡的なほどの線を描き出している。
制服の上から高級そうな白いローブを羽織って、まさに魔法使いといういで立ちだ。
その手にはレンタルではない蒼い杖が握られている。
「あ、ああ。苦戦してたから助かったよ」
誤魔化そうとして余計におかしなことを言っている。
これでまたスライムに苦戦していたとか、変な噂を流されることになるのだろうか。
花ケ崎の美しい容姿に気を取られてしまって、話す内容まで気が回らない。
「手助けは必要かしら」
気を引き締めよう。
俺が最も接触を避けなければならないのは、ゲームの主要な登場人物たちだ。
シナリオにも深く絡んでいるし、主人公の邪魔をしてしまえばシナリオが書き換わってしまう危険性を秘めている。
「必要ない。それよりなんの用だ」
「声が聞こえたから来てみたの。無事ならいいわ」
あっとか、うっとか、ボルトを撃つたびにあげていたうめき声のことを言っているのだろう。
我慢できるというだけで、まだかなり痛いからう、めき声が漏れてしまうのは仕方がない。
それで話は済んだだろうに、なぜか彼女はその場に突っ立ったままで、立ち去ろうとする気配がない。
ただでさえスキル上げには苦労しているから、一瞬たりとも時間は無駄にしたくない。
いくら美人でも早急にどこかへと消えてほしいところである。
「用がないなら一人にしてくれないか」
俺の言葉にはなにも応えず、花ケ崎は世間話でもするように言った。
「レベルの方は上がったのかしら」
「いや、からっきしだよ」
これではスライムさえも倒せないと言っているようなものだが、俺にとっては周りの風評よりも今のスキル上げが重要である。
俺が今頼れるのは、攻略本に記された情報だけなのだ。
「もし苦戦するようなら、レベルあげを手伝ってもらってから倒せばいいじゃないの」
「苦戦はしてない。一人で問題なく倒せるさ」
不愛想というより意地を張っているだけのようにも聞こえてしまいそうだが、かといって余計な会話につながるような受け答えもできない。
一条がパーティーに入れそうなヒロインと懇意にすることは、シナリオに関与してしまう可能性をいたずらに高めてしまう。
「そう」
さすがにスライム相手に苦戦していたなんて話は信じていないのか、花ケ崎はあっさりと納得した様子を見せて、どこかへと行ってしまった。
彼女はこんなところで何をしていたのだろうか。
俺はまた一人きりになって、青白く発光している石の上に腰を下ろした。
バチンッ、と自分の足にボルトを放って、今度はうめき声も我慢する。
スライムもいなくなってしまったので、また攻略本でも読みながら続けることにしよう。
自分に適用されるのかもわからず、検証することもできない内容だから、せめて慎重に書かれた内容を精査する必要がある。
自分の命をかけるにはどうにも心もとなく、お気楽な感じで書かれたフランクな文体が俺を不安にさせた。
それでも、こんなものしか頼れるものがないのも事実である。
とりあえずスタンピードが起るという、迷宮暴走のシナリオフラグだけは、なんとしても主人公に阻止してもらいたいものだ。
自分ではなく、主人公のシナリオの進み具合でしか、そのフラグを解除できないというのがもどかしい。
今の俺ではモンスターに踏みつぶされて終わりなんてこともあり得る。
それにしても本当にトニー師匠の言葉は、丸っきり信じてしまっていいものなのだろうか。
俺が今目指している戦い方というのは、とにかく攻撃に全振りしたものであるらしい。
戦術としては、回避や耐久などは捨てて、ダメージはすべて体で受け止め、魔法で回復しながら戦えということのようだった。
ゲームならそれでいいかもしれないが、ここは現実の世界である。
まさに肉を切らせて骨を断つ作戦だとは、トニー三平の言葉だ。
それが一番リスクが少なく、ダメージを受け止められるだけの耐久力を得るのが、最も安全で、攻略も安定するという考えに基づいているらしい。
前衛職なら打たれ強さもレベルとともに自然と得られるし、MP消費のない物理攻撃職の方が燃費がいいため、経験値を稼ぎやすいとある。
それに攻撃を受けたところで、魔法で簡単かつ一瞬のうちに回復できるのだから、どんなにダメージを受けたとしても気にする必要はないとのことだった。
敏捷性が足りなくて、逃げるという選択肢が取りにくい魔法職はリスクが大きいし、耐久力もないから万が一のことが避けられないらしい。
モンスターが落とすアイテムの中で、ダメージを軽減する効果のある装備はリングのみとのことだが、普通に売られている工場で作られた装備もあることにはある。
今日だってクラスメイトの中には金属の鎧やプロテクターなどを用意していたものがいた。
しかし、それらは重いだけで視界を遮るし、魔法的な攻撃からは守られず、さらには動きも制限するので厄介らしい。
それにダンジョン内で暴れていればすぐ壊れてしまうので修理費も高くつくし、かなりの金食い虫であるようだった。
それよりは武器と消耗品に金を使って、ポーションくらいは常に持っておいた方がいいというのがトニー師匠の考えである。
師匠は必要ないと断じているが、痛いのが嫌な俺としては、動きを制限しない程度のものは用意しておきたいかなと考えている。
ゲームとは違って腹に攻撃を受ければゲロだって吐くし、頭に攻撃を食らえば脳震盪だって起こすのだ。
脳震盪を起こしながらでも、回復魔法を唱えられるようにする訓練は別途しておいた方がいいだろうか。
やはり攻略チャートも、コラムの内容通りにではなく、多少の変更が必要だろう。
あたり前の話だが、命がかかっている以上は安全というのを最も重要視すべきだ。
とにかく身代わりの指輪だけは、早いところ手に入れておきたい。
そもそも俺のようなステータスのものがレベル1で、2層まで行くという今日のような訓練だって、本当はかなりの危険をはらんでいたと言える。
ゲームではないのだから、やり直しは聞かないのだ。
それに揉め事に巻き込まれて、流れ弾に当たるという可能性だって無きにしもあらずだ。
しかし身代わりの指輪は、そんな簡単に手に入るようなアイテムではなかった。
休憩がてら、夕食の時にでも購買部に装備を見に行こうと決めた。
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