第3話 裏スキル


 クラスでは最前列の席に座る主人公や神宮寺、花ケ崎などの周りに人垣ができて、放課後のダンジョンダイブの話で盛り上がっている。

 俺とは対照的に賑やかで、実に楽しそうだ。


「お前とはだれも組まねーからな。期待すんなよ」


 隣の席のモヒカンが、わざわざそんなことを教えてくれる。

 自分だって学年でビリから二番目の席に座っているというのに、俺のことをどうこう言っている場合なのだろうか。

 しばらくして新村教諭が戻ってくると、学校内の施設やレンタル武器の借り方などを一通り説明しただけで放課となった。


 どの部活に入ろうかなどと話しながら、生徒たちが教室から出ていく。

 俺は早く強くなりたいので、部活に入るつもりはない。

 さっそく、攻略本に示された通りに動いてみるつもりである。

 まずはダンジョンに行くよりも先にやることがあった。


 とはいえ攻略本には、3-Bの教室に50円と書かれているきりで、本当にそんなものを取ってしまって大丈夫なのだろうかと不安になる。

 よくRPGでは主人公がそんなことをしているものだが、ゲームが現実となった今、それはどう考えても違法行為であるように思える。

 しかし今の俺には、この攻略本以外に頼れるものはない。


 ちなみに、この世界では戦後のインフレを経験していないという歴史になっているので、50円といっても、もとの世界での5千円くらいの価値になる。

 一応、3-Bの教室前に行ってみるが、中には数人の生徒が残っていて、とても入ってみる勇気は湧いてこない。

 しばらく待っていると教室から最後の生徒が消えたので、俺は恐る恐る中へと入った。


 すばやく攻略本が示すあたりのロッカーを開けてみると、誰も使っていないのか、空っぽの空きロッカーがあるだけだった。

 よく中を調べてみると、金属製の仕切り版の隙間に折りたたまれた50円札が挟まっているのを発見する。

 きっと昔に卒業した生徒の残したものだろうから、返すこともできないし、ありがたく頂戴することにした。


 これで気を良くした俺は、校内を回って攻略本に書かれたアイテムを回収する。

 戦利品は、ポーション5つ、魔法スクロール一枚、お金150円である。

 拾ったアイテムの中に、犯罪になりそうなものは一つもなかった。

 どうせ届けたところで、持ち主など見つかりそうもないようなものばかりだ。


 最初は攻略本に対して、そんなにうまくいくもんかといぶかしむ気持ちもあったが、もはやそんな気も起きなくなって、これを信じていれば大丈夫だという確信に変わっている。

 用具室に行って木刀を一本借り受けると、俺はダンジョン入り口がある中庭へと向かった。

 とりあえず攻略本には、初日の行動についてこう書かれている。



 最初は、とにかくダンジョン内で自分に向かってボルトを撃ち続けるよりほかにない。

 ダンジョン内でやるのは、エーテル濃度の濃い場所の方が、HP/MPの回復にボーナスがつくからだ。

 これから育てる剣士系にとっては、レベル1のうちに裏ステータスである魔法耐性スキルと魔法熟練度スキルを上げておく必要があり、これを避けて通ることはできない。

 特に魔法耐性に関しては、自分の魔法レベルが上がってしまうと、回避判定が出せなくなり、自分の魔法でステータスを上げることができなくなってしまう。

 そうなれば、もはや取り返しのつかない事態になり、最強など夢のまた夢だ。

 逆に魔法職を目指す場合は、精神のステータスが上がると魔法を回避しやすくなるので普段のレベル上げだけでも事足りる。

 だが魔法職の場合、今度は逆に物理攻撃に対する耐性スキルが上がらない。

 魔法職はスライム相手に物理耐性スキルと物理回避スキルを上げておく必要がある。

 どちらに進むにしても、避けては通れない道なので、地道に励むべし。

 これなくしては上層階で一撃死の危険が避けられないため注意されたし。



 ボルトというのは、さっきの覇紋で手に入れた魔法Ⅰスキルの雷撃魔法である。

 俺はさっそくダンジョンに入り、すぐさま横道に入って、人気のなさそうな場所を目指した。

 一階の入り口付近は敵が排除されているので、とくに何事もなく、簡単に人気のない場所を見つけることができた。


 俺は試しに壁に向かってボルトの魔法を放ってみる。

 「ボルト」の掛け声とともに、ビカリと電撃が走った。

 あまりに簡単に成功してしまって、なんだか現実感がない。


 では、裏スキル上げを始めることにしようか。

 さっそく準備万端とばかりに、今度は自分の胸に手を当ててボルトの魔法を放ってみると、飛び上がるほどの衝撃を受けて、俺は地面を転げまわるハメになった。

 心臓が縮みあがったような感触がして、うまく呼吸もできない。

 まさか心臓麻痺でも起こしたかと、必死で心臓のあるあたりを叩くと、なんとか鼓動が戻ってきた。


 ヒューヒューと、浅い呼吸で痛みに耐えていたら、しばらくして呼吸の方も戻ってきた。

 あやうく心臓麻痺を起こしかけて死ぬところだった。

 いったい何が起こっているのかわからない。

 まさかゲームだと痛みがないから可能だけど、それが現実となった今では通用しない方法だということなのだろうか。


 次は適当な石に腰かけて、自分の足に向かってボルトの魔法を放つ。

 まだかなり痛いが、それでもさっきのように呼吸が止まるほどではなかった。

 肉が焦げて煙まで出ているから軽傷というわけでもない。

 一回でHPが3減り、MPが2減っている。


 5分ほど痛みに耐えてじっとしていたらそれも回復した。

 火傷も治っているので、これがエーテルによる回復力強化という奴の恩恵なのだろう。

 通算3度目となるボルトを自分に放つが、こんなことを続けたら自分の精神がもたないのではないかという気がしてくる。

 火傷は時間がたつと耐えがたい痛みに変わった。


 俺はもう一度攻略本に目を通し、痛み止めになるようなアイテムでもないかと探してみることにした。

 するとどうやら、この世界にはリングという防御アイテムが存在するようである。

 モンスターの落とすドロップアイテムで、ダメージを軽減する効果があるらしいことがわかった。


 普通の金属やプラスチックでできた装備もあるが、このリングにはそれを上回る効果があるような感じで書かれている。

 しかも用具室に行けばレンタルしてくれるらしい。

 もちろんゴム製の装備や、雷を吸収してくれるような装備も探してみたが、そんなに都合のいいものはなかった。

 たとえあったとしても、それを使って魔法耐性が上がるとも思えない。


 俺は急いで用具室まで走って、スライムリングなる腕輪を借り受けた。

 しかも、これはレンタルなのに返さなくていいらしい。

 用具室から出てダンジョンに戻る所で、花ケ崎玲華とその友人たちが、主人公たちとともにダンジョンに入っていくのを見かけた。

 その中には神宮司綾乃もいる。


 同じパーティーではないだろうが、人気のある三人は取り巻きたちに囲まれながら、ダンジョンの中を楽しそうに歩いている。

 遠くから見ていたら、花ケ崎と目があったような気がした。

 はたして彼女の目には、今の俺がどんなふうに映っているのだろうか。

 まあ、他人の目を気にしていても仕方がない。


 すべきことがわかっているだけ、今の俺は恵まれた状況にある。

 俺はさっきの場所に戻ると、今度はリングをつけて自分の足にボルトの魔法を放った。

 リングのダメージ軽減効果によって、少しだけ痺れたような感じはあるが、さっきよりはかなりマシな火傷具合になっていた。

 これならなんとか続けられそうだ。



スライムリング(F)

 ダメージ軽減+1

 用具室でレンタルできる。



 俺はデータ端末を取り出して、自分のHPにだけは注意しながら、攻略本を読みつつ、足にボルトを放つ作業を続けた。

 我慢できないことはないが、やはり時間が経つと耐えがたい痛みに襲われる。

 2時間ほど続けるとズボンから焦げ臭いにおいがしてきたが、最初はまったくなかった完全回避が一度だけ起ったのを確認できた。


 さらにしばらくすると、いきなり目の前にスライムが湧いた。

 バレーボールくらいのそいつは、いきなり何もないところからパッと出てきた。

 ぼよんぼよんと跳ねてから、いきなり俺めがけて一直線に飛び込んでくる。

 スライムは俺の腹に衝突し、水の入ったバスケットボールがぶつかったくらいの衝撃を受けた。


 ちょっと息が止まるくらいの勢いだ。

 HPは1しか減っていない。

 試しにと、リングを外して受けてみたらHPが2減って、ゲロを吐いて地面の上をのたうち回るハメとなった。

 さっき拾ったポーションをポケットから取り出して蓋を取ったら、急いで口の中に流し込む。


 ポーションは味のしない液体だった。

 レベルを上げるわけにはいかないので、俺はスライムの攻撃をかわし続けることにした。

 物理回避と物理耐性は、あとからいくらでも上げることができるらしいが、ある程度は上げておいた方がいいというのがトニー師匠の言葉でもある。

 これはポーションを用意してからやらないと、事故が起きて死ぬこともあるとの注意書きもあった。


 さっき拾ったポーションがまだあるので、俺はスライムの攻撃を避けながら、自分にボルトを撃つ作業を続けることにする。

 なんとなく来そうなときに回避すると、それは回避ではなく逃げと判定されるので、攻撃を見てから避けることが肝心であるらしい。


 そして木刀で攻撃を受け止めたら、ガードスキルと刀剣のスキルもあがる。

 もちろん、こんなスキルは後から嫌というほど上がるので今は気にする必要がない。

 回避し損ねて、さっきから物理耐性スキルばかりあがっているような気がするが、ただ自分にボルトを撃っているだけよりはましなので、気にせずに続けることにする。


 一時間もしないうちにぜぇぜぇと息が上がって、何度かダンジョンから逃げ出すようにして休みながら続けた。

 それから二時間したら、一度寮に戻って夕食を食べてから、また同じことを続ける。

 気絶したら確実に死ぬしかないので、計6時間ほどやったら、地上に戻ることにした。


 寮のロビーでは、テレビの前に人だかりができている。

 有名な攻略ギルドの動画が流れているらしい。

 その迫力ある戦いには目を奪われるものがあるが、そこに映る流れ弾一発で消滅する身としては、見ているだけで体が強張ってしまう。


「さすが伊集院響子さまのギルドだよな。ボスを一方的にボコッてるぜ」


「おいおい、一番スゲーのは真田の六文銭だよ」


「あれがナイトってクラスじゃないか。スゲーぜ。憧れるよな」


 俺は無言でその場を去った。

 けっきょく6時間やって完全回避は2回しか起きなかった。

 しかもスキルが上がるのは回避が起きた時だけだというから、先の長さが思いやられる。

 まわりはレベルも上がっているというのに、俺だけは何も進歩していないように思えた。


 とくに展望も開けないまま、寮にある狭い個室に入ってベットの上で横になった。

 窓一つの狭い部屋の中には、ベッドやテーブルなどがあるだけで、それ以外にはテレビ、ラジオの一つすらない。

 金があれば上等な部屋にも移れるらしいが、とんでもないような金額だ。


 上等な部屋はいらなくとも、孤独を紛らわせるようなものは欲しい。

 天井を見上げていると、まわりの部屋から楽しそうな話し声が聞こえてくる。

 初期ステータスの低さから、まわりには避けられているような感じがするし、このまま進歩もせずに退学になりそうな気もしてきて、なんともやるせない気持ちになった。


 攻略本の情報によれば、主人公がダンジョン攻略に失敗した場合、もしくは途中でゲームオーバーになった場合には、モンスターがあふれ出すゲートが現れて、世界の終わりが訪れるようなことまで書かれている。

 そうでなくとも、モンスターがあふれ出すシナリオに進む確率は、決して低いとは言えないようだった。


 そうなった場合、今の俺では何もできずに殺されるだけの未来しかない。

 C級ゲートが開いただけで、確実にあの世行きだろう。

 そうなった場合、今の俺ではこの世界のどこにも逃げ場はないのだ。

 寮のベッドで横になりながら、主人公の無事を祈るよりほかにできることはなかった。




 朝起きたら、全身がひどい筋肉痛である。

 食堂で朝食を済ませたら、授業が始まる前に保健室へ行ってみることにした。

 寮の外に出ると、すでに部活動の朝練をやっている生徒たちがいる。

 その、やる気と向上心に感心する思いだ。


「筋肉痛くらいで回復魔法を要求されても困る。今日だけは特別にかけてやるが、筋肉痛なんて最初だけだから、次からは我慢するんだな」


 保険医だというナイスミドルの先生は、俺の要求に渋い顔をしながら言った。

 このナイスミドルは、プリーストのクラスレベル8だそうである。

 この世界では見習いがレベル5になると、必要条件を満たしたクラスにクラスチェンジすることが可能になる。

 そしてクラスレベルが一定に達すると、そのレベルに応じた魔法やスキルを習得できるのだ。


「じゃあ、リバイブまでは覚えているわけですね」


「そんなスキルは聞いたことがないな。俺が使えるのはハイヒールまでだ。大丈夫か。今の時点でメジャーなクラスとスキルくらい把握していないようじゃ、この先やっていけないぞ」


 どういう事だろうか。

 攻略本によれば、プリーストがクラスレベル8で覚えるのは間違いなくリバイブという、仲間を気絶状態から立ち上がらせる魔法だ。

 本人がそれを知らないというのであれば、習得できなかったという事だろうか。

 もはや攻略本を疑う気の起きない俺としては、この世界にはまだ知られてないクラスやスキルがあるのではないかという気がしてくる。


 まわりの生徒が口にするのも、初級や中級のクラスばかりで、上級クラスの名前が出てきたことがないのも不自然だった。

 やはり命がけの世界という事で、それほど攻略も進んでいないのだろうか。

 そうだとしても、スキルに把握漏れがあるというのは不自然すぎた。

 なにせゲームでは、そのレベルに達したら自動で習得できるスキルなのだ。


 一度、図書室に行って、スキル関係の本を漁ってみた方が良さそうだ。

 そう思い立った俺は、保健室から出たその足で、図書室のある事務棟に向かった。

 結論から言えば、この世界では、やはり一部のクラスやスキルしか知られていないようである。

 特に、就いてる者が少ないクラスに関しては、スキル情報もほとんど公開されていない。


 しかもクラスの解放条件は、一部のギルドや貴族、国家などが秘匿しているものがほとんどで、一般に知られているのは全体のほんのひと握りだけだ。

 よっぽど強いコネか大金でも無いと、中位クラスすら解放できないのがあたり前のようだ。

 海外との開発競争が激しいようだから、おそらく軍事機密という意味合いが強いのだろうと思われる。


 やはりダンジョンの攻略情報は、国家運営や軍と密接にかかわっているらしい。

 レベルをちょっと上げただけで、銃弾も跳ね返すほどに体が強化されるのだから、それもそうかなという気はしていた。

 いざという時、取り押さえることもできないようなのが暴力装置が量産されてしまえば、国家運営すら危うくなってしまう。


 だから、ある程度の身分と引き換えに徴兵の義務を課してからでもなければ、レアなクラスに関する情報は与えることができないのだ。

 それにレアなクラスに就かせる人間の数を絞らないと、どこから情報が漏れたのかさえ把握できなくなってしまう。

 銃は今でもあるにはあるが、ライフル弾であっても高レベルの探索者には微々たるダメージしか出ないそうだ。


 ダンジョンの探索でも初期のころには銃が使われていたらしいが、あんな狭い空間では反響する音に耳をやられて、周囲の音がなにも聞こえなくなってしまう。

 そうなれば危険察知もできなくなって、とてもあんな場所にはいられない。

 なにせモンスターが真後ろにいきなり湧いて出てきたりするのだ。

 そういう事もあって自然と使われなくなったのではないかと思われる。


 とにかく、攻略本に書かれている情報はうかつに喋らないほうがいいようだ。

 国家機密に関わっているし、世界のパワーバランスさえ揺るがしかねない。

 そんな情報を知っているだけで、かなり危険な状況に置かれているような気さえする。

 しかし、この世界の人には真っ白の本に見えるらしいから、とにかく俺が話しさえしなければ情報が洩れる心配はない。


 血の気の多いやつもいるし、危険な組織もあるようだし、なにより国家機密のようなことを吹いてまわるようなことをすれば、捕らえられても不思議ではない。

 俺には後ろ盾となる組織も身分もない、ただの底辺なのだ。

 その辺りのことは肝に銘じておこう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る