第2話 最弱のステータス
俺の端末に現れたステータスはこうだ。
高杉 貴志 Lv1 見習いLv1
HP 10/10 MP 5/5
筋力 9
魔力 12
敏捷 7
耐久 13
精神 8
なんの見習いかは知らない。
この数値は、慣れたら頭の中にも表示することが可能らしい。
まさにゲームだが、どんな仕組みでそんなことができるようになるのかという説明はない。
そしてスキルなどを装備するのもクラスチェンジするのも、頭の中の操作で可能だという。
前の方からは「レベル1で筋力が60もあるわ」とか、「魔力48はスゲー」とかいう声が聞こえてくる。
「オメーヨォ」
不意に、隣りからそんな声が聞こえてきた。
未知なる動物のうめき声かと思ったら、それは隣の席のクラスメイトが俺に向けて発した言葉だった。
彼はなぜか遠慮する様子もなく、俺の端末を覗き込んでいる。
「よくそんなステータスで、この学園に入れたな。呪われてんじゃねーのか。酷いにもほどがあんだろうがよ」
一瞬だけ、緑一色のモヒカン頭に気を取られるが、そのチンピラみたいな生徒の端末を覗き込むと、30台前半のステータスが並んでいる。
いくら主人公ではなくとも、普通はそのくらいのステータスを持っているのが当たり前なようだった。
早くも絶望的な展開に消沈するが、落ち込む暇もなく、さらなる追い打ちがかけられた。
「おい、みんな見ろよ。こいつのステータスはスゲーぞ!」
そんなことを言いながら、俺の端末を奪い取ったチンピラはみんなの方へ行ってしまった。
俺は自分の端末に表示されていた受け入れがたい現実から逃避するように、必死になって攻略本のページをめくった。
口からは、そんなはずはないそんなはずはない、と呪文のような言葉が無意識のうちに漏れ出してくる。
最強になるどころが、まさにゴミとして死んでしまいそうな展開ではないか。
汗だくになってページをめくっていると、一つのコラムタイトルが目にとまった。
──リセマラ不要の最強ビルド。ラスボス単騎撃破可能。絶対に後悔しない最短最速、問答不要の攻略チャート。必須アイテム完全網羅。 改訂版 (ライター トニー三平)
まえがき
ここに書かれている通りにやれば、主人公キャラであれ、カスタムキャラであれ、誰でも簡単に最強キャラを育成可能だ。
カンストダメージを叩きだし、ソロでのボス攻略すら可能にする、最強キャラへの道筋だ。
まず最初に、ラピキャス魔法剣士二刀流ツバメ返しこそが、本作最強アビリティの組み合わせであると断言しておこう。
いや、もちろん魔法メインがいいとか、クリアするだけならもっとお手軽なのがあるとか、そういう意見が出るのはわかっている。
わかってはいるが、世間一般に推奨されているビルドは、はっきり言ってどれも反吐が出るほどクソダサい。
安易な道に本当の完成などあり得ない。
だから、俺が本当の強さというのを見せてやる!
なおゲーム内設定の話を出さなくとも、この世界ではレベルこそがすべてであることはご存知の通りである。
だからこそ、安定して経験値を稼ぐ方法こそ、最も重要な情報である。
本書を手に取った諸兄らには、その辺りのことも徹底して指導することを約束しよう。
(試してみたらマジで強すぎるなどのご意見ありがとうございました。さらに無駄を省いた改訂版です)
雑誌の裏を見てみたら、第4版とある。
ありがたいことに版を重ねて、多少の洗練までされている内容であるようだ。
いつの間にか冷汗は引いて、気付けば俺は夢中になってコラムを読んでいた。
すでに気分は、トニー師匠ついて行きます! という感じである。
最強となって地上に君臨し、ついでにハーレムでも作っちゃおうかなとか考えつつ、目の前の文字列から目が離せない。
ぐふ、ぐふふ、と含み笑いを洩らしながら読んでいたら、突如、綺麗な声が耳に響いた。
細くて美しい手によって視界の中に差し出されたのは、さっき隣りのモヒカンに取り上げられた俺の端末だった。
「これ、貴方のなのではなくって」
顔を上げた先にいたのは、攻略本の表紙にもなっている、ヒロインの一人。
人気投票、堂々一位の人気ヒロイン、花ケ崎玲華だった。
細い髪をかき上げながら、まるで天使のような顔が俺を見ていた。
その顔が視界に入った途端、なんだかまわりの空気まで澄んだものに変わったような気がした。
「あ、ああ……」
いくら綺麗でもしょせんはゲームキャラだというのに、俺は言葉に詰まって寝言のような返事を返すことしかできない。
彼女はさらになにかを言おうとしたが、冷たい視線を俺に向けただけで、そのまま口を閉ざして黙り込んだ。
きっと俺のステータスについて何か言いたいことがあるのだろうけど、それを口にするのがはばかられたのだろう。
氷のように冷めた紫紺の瞳が少しだけ怖いが、彼女にまで俺のステータスを見られたかと思うと、その恥ずかしさの方が勝った。
「大切なものだそうだから、なくさないようにすることね」
それだけ言って、俺の机に端末を置いた彼女は行ってしまった。
話しかけられただけなのに気持ちがふわふわしてしまい、その細くて華奢な後ろ姿に見とれてしまう。
光が透けると紫色に輝く黒髪は、まるで絹のように滑らかだ。
俺は気を取り直して、手元に視線を落とすと、攻略本のページを繰った。
花ケ崎 玲華(はながさき れいか)
言わずと知れた花ケ崎財閥の伯爵令嬢。愛称は、ハナ様、レイカ様。
初期装備は極めて優秀で、魔法特化型に成長する。
デレると可愛いが、それまではまさに氷の女王。
魔法パーティーを作りたいなら必須のキャラクターといえる。
とにかく近寄りがたいオーラを持つ美少女。
このゲームをやったことのない俺ですら知っているほどのキャラだから、その人気もわかるというものだ。
彼女と同じクラスというだけで、なんだか俺の身に起きた理不尽も許せそうな気がする。
しかし、このゲームは難易度が高いことでも有名な作品である。
キャラロストまであるようなシビアな世界観が売りのゲームでもあったから、浮かれていれば本当に死ぬことになる。
主人公パーティーですら命を落とす危険があるのだから、俺ならばなおさらだ。
攻略本よれば、この学園では様々な勢力による争いが激化するとある。
だから、なんとしても自分の命くらいは守れるように強くならなければならない。
初期ステータスの騒ぎが収まると、覇紋を入れたい生徒が集められて教室を移動することになった。
覇紋とは、魔法を使えるようにする呪印で、刺青として体に彫り込むと、特定の魔法を習得することができるようになるシステムだ。
今回だけは研究科の上級生が、一つだけ無料で入れてくれるというようなことを新村教諭が言っていた。
手を挙げたのは俺を含む数人だけで、他はすでに覇紋を持っているようだった。
かなり高価なものではあるが、重要なものだから自腹で入れてきたのだろう。
移動した先の教室ではベッドが並べられ、上級生らしき数人が白衣を着て待っていた。
俺はさっそくトニー師匠の教えに従い、雷撃Ⅰの覇紋を入れてもらうことにする。
「チッ、これだけかよ。ゴミクラスのくせに、生意気にも外で入れて来てやがるのか」
などと、上級生の一人が不満を口にしているが、ここで入れてもらえるのは、はっきり言って質が良くないから、みんな専門の人に入れてもらっているのだ。
お金のない生徒もいるから、仕方なくここで入れてもらう人もいるというだけである。
貴族家や大規模ギルドは専属の彫師を雇っているし、そうでなくとも街中の覇紋屋の方がまだマシなものが選べる。
ただでさえ最終ビルドにも影響するし、入れ直しもきかないのだから、慎重になるのが普通だった。
とはいえ、ある程度は経験値を入れなければ使い物にならないものだから、あまり慎重になりすぎるのも考え物だ。
俺としては、大したことのない覇紋にこそ用があるので、腕の良し悪しは問わない。
むしろ一番腕が悪そうな、やる気のない上級生のところに並んで、雷撃Ⅰの覇紋を入れてもらうことにした。
雷撃Ⅰは、第一世代と呼ばれる最も基本的なもので、最初期に発見された覇紋らしい。
攻略本によれば、世代を経ることによって威力が上がったりもあるのだが、威力とクールタイムはトレードオフなので、世代が進んだからといって無条件にいいとも限らないそうである。
雷撃の覇紋を入れたら、どんなクラスになってもボルトの魔法が使えるし、このスキルは最初から就いている見習いクラスで習得することができる、魔法Ⅰスキルのボルトも強化してくれる。
クラスというのは、よくあるRPGのジョブのようなものだ。
こんな覇紋でも育てればそれなりの魔法になるが、ひとまずは第一段階で使える魔法にしか用はない。
にしても、この学校の生徒は自分よりもレベルの低い相手に対して、差別意識を持ちすぎではないだろうか。
本気でレベルが社会的ステータスのすべてだと信じ込んでいるかのようだ。
レベルの低い奴は、自分の言いなりになって当たり前だというような横柄な態度だった。
どこに入れるのか聞かれ、「普通で」と答えたらうつぶせに寝かされて、下書きもなしに背中に墨を入れられ始める。
冷や汗が出るくらいの痛みが俺を襲った。
「俺はすでに上位ギルドとも契約するほどなんだ。その俺に彫ってもらえることを誇りに思うんだな。運のいい野郎だ」
ぞっとしない話である。
どうしてそういう事を、すでに彫り始めてしまったあとから言い出すのだろうか。
そうだと知っていたら、他の人を選んでいた。
しかし雷撃のⅠでありさえすれば、腕の良し悪しは関係ないはずである。
その上級生の言葉を受けてか、それまで誰に覇紋を入れてもらうか決めかねていたクラスメイトたちが、俺のベッドの前に並びだした。
俺は背中に入れてもらっているので見えないが、15分ほどで覇紋は彫り終わった。
入れ終わってしまえば痛みもなく、背中には何の違和感も残っていない。
たしかに背中であれば、敵の攻撃によって怪我をしても、覇紋が傷つけられて魔法が使えなくなってしまうというような事はないし合理的と言える。
だから入れられた場所自体は、けして悪くないはずである。
さっそく魔法を使ってみたい誘惑に駆られるが、俺ははやる気持ちを押さえて教室へと戻った。
教室に入ると、すでに誰とパーティーを組むかというような話で盛り上がっていた。
攻略本通りにやりたい俺としては誰かと組むこともできないし、シナリオに影響するようなことは極力避けたいので、教室のすみに座って大人しくしているしかない。
可能ならソロでやりたい、というかトニー師匠のチャートには、ソロでしかできないようなことが多く書かれすぎている。
まわりがわいわいと楽しそうに盛り上がっている中、俺だけは大人しく顔を伏せていた。
これでは、まるで仲間外れにされているみたいだが、実際に俺のステータスでは、すでに知れ渡ってしまっていることもあって、組みたがるような奴はいないだろう。
クラスメイトたちは、さっそく授業のあとでダンジョンに行く相談をしている。
俺もダンジョンに入ってみたいので、予定を組むために攻略本を読み込む作業に移った。
攻略本には誰に覇紋を入れてもらうかまでは指定がなかったので、ゲームではそんな選択肢が出ないものなのだと思われる。
だから雷撃Ⅰであればなんでもいいはずなのだ。
あの大手ギルドと契約しているとかいう先輩を選んだのは失敗だったのだろうか。
そんなことはないと信じたいところである。
なにせ攻略本というのは、俺のためではなく、主人公のために書かれたものであるということが最大の懸念点なのだ。
だから選択肢が出ないからと言って、正しい選択をしたという保証もなかった。
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