ダンジョン学園の底辺に転生したけど、なぜか俺には攻略本がある
塔ノ沢 渓一
第1話 どうして俺がゲーム世界の底辺なのよ
いったい、どうなってやがる。
ついさっき呪われた高校生活を終えたばかりだというのに、なぜか気が付いたら高校の入学式の最中にいた。
しかも、これから始めようと思っていた、ゲーム内の入学式だというから馬鹿にしている。
高校を卒業したらバイトでもして、VR機器一式をそろえて始めようとしていた、ある人気ゲームの開始地点である。
もちろんバイトした覚えもないし、高額なVR機器なんて実際に見たことすらない。
攻略本だけはすでに買っていて、パラパラと眺めたことがあるから、そのゲームの開始地点であることに間違いはないはずだ。
目の前の壇上には、桜華高校入学式の垂れ幕が下がっているし、まわりにはゲームの登場人物が並んでいて、神妙な顔つきで壇上にいる校長先生の話に耳を傾けているのだから否定のしようがない。
垂れ幕の文字は日本語なのに、まわりにいる奴らの髪は色とりどりというありさまだ。
まるで冗談のような光景に、心臓が止まりそうだった。
校長は、命をかけて国に貢献しようという諸君らを歓迎するというようなことを言っていた。
たしか昭和初期に、いきなり異界に通じるダンジョンが現れ、その上に建てられた士官学校のようなものが桜華学園の前身だったはずだ。
時がたち、帝国陸軍が関東ダンジョンから手を引いて、士官学校は探索科高校に変わった、というのがゲームの設定である。
最初は未知なる脅威に対抗するために建てられたが、レベルをあげた探索者や、ダンジョンの魔物から産出される魔石やアイテム、それらが国家間のパワーバランスさえも揺るがすようになって、その重要度は変わった。
以来、学園は血なまぐさい利権闘争の舞台となっている。
昭和初期、日本には複数のダンジョンが現れたが、ここは関東平野に出現したダンジョンの上にある学園だ。
日本で一番、観光客や一般の探索者が多いダンジョンだ。
ダンジョンから得られる資源は、今も世界中で取り合いになっている。
だからこそ魔石やアイテムを入手できる探索者は、国家からかなりの優遇を受けられた。
モンスターが落とす魔石は、とてつもない力が秘められていたために、エネルギーはほとんど石油から魔石に置き換わり、ダンジョン産の武器は兵器と置き換わった。
今では、それらのアイテムを国外に持ち出すことすら許されていない。
そしてダンジョンのモンスターを倒して得られる力がレベルとして表されたことで、もはやレベルは社会的ステータスのすべてと言ってもいいくらい重要視されるようになった。
高層を攻略する探索者はヒーローのように祭り上げられ、いまだ残っている爵位制度の爵位が与えられることもあり、帝国議会の上院に任命されることもある。
貴族院に任命されれば、7年間は社会的に大きな影響力を持つことになる。
そのかわりに予備兵のような形で国から徴兵されることもある責務を負う。
俺が買った攻略本には、たしかそのようなことが書かれていたと思う。
メインストーリーよりも、サイドストリーを補完するような内容の方が多く書かれていたから、そういう裏設定はよく覚えている。
ギャルゲーやらなんやらに、RPGが融合したような世界観なのに、やたらとストーリーだけは壮大だ、という評判だった。
ちなみに校長が言っている命がけというのも、けっして大げさな表現ではなく、モンスターと戦っていれば人は簡単に死ぬものだというのが、なかば常識と化した世界である。
かといってモンスターと戦わなければ、もっと簡単に死んでしまうという末期的な世界でもあった。
俺はゲーム世界に入り込んでしまった喜びなどあるわけもなく、あまりに突然の出来事に茫然自失となって呆けていた。
天井を眺めたり、ななめ前にいたヒロインのひとり、神宮寺綾乃に見惚れたりしながら、自分の置かれた新しい境遇に納得しようと努力する。
そんな努力をあざ笑うかのように、事態は勝手に進んでいった。
Aクラスから順に退場して行き、俺は最後のクラスの最後尾だ。
ということは当然ながら高校からの編入組であるDクラスであり、最悪なことに席順はクラス内の最下位を示す教室の一番後ろである。
AクラスからCクラスは、中等部からこの学園に通うエスカレーター組で、すでにダンジョンダイブも経験している。
Dクラスにもレベルを上げている生徒はいるが、特別な資格でもない限り16歳以下はダンジョンには入ることもできないので、その数は多くない。
それでも、かなりの高倍率をくぐり抜けてきた精鋭のはずだし、このDクラスも潜在能力だけなら、ほかのクラスに比べて特別に劣っているという事はないはずである。
しかしながら、俺の席順は入試後の検査で、クラスの最下位の成績だったことを示している。
教室について、なんの気なしに机の中に手を入れてみたら、なんだかやたらゴツイ教科書のようなものが入っていた。
なんだろうと思って取り出してみると、それは俺が数日前に買った「最強、ネバークエスト完全攻略 オメガマニアックス」と題された、このゲームの攻略本だった。
カラー印刷された表紙には、この教室にもいるキャラクターたちが描かれている。
しばしのあいだ、あっけに取られてその表紙を眺めていたが、そこでふと視線を感じて顔をあげた。
なぜか教室中の視線が俺に集まっている。
なんだろうか。
「おい、高杉貴志。返事をしないか」
教壇に立つ新村教諭に言われて、俺は慌てて返事をした。
そしたらまわりから「真っ白の本なんか眺めて変な奴」という声が聞こえてきた。
どうやら、この攻略本は周りの生徒には白紙の本に見えるらしい。
俺はすぐさま攻略本を開くと、登場人物一覧の中から、タカスギタカシなる人物を探した。
高杉 貴志(たかすぎ たかし)
一年Dクラスで最下位の成績を持つ運の悪い生徒。
いずれ主人公と対立し、対決に敗北して学園を去る。
ストーリーを進めると、学園を去ったあとで、ダンジョンダイブ中に死亡したとの噂を耳にすることもある。
能力値も低く、敵としての脅威は皆無。
能力もないのにこの学園に入ってしまったという、よく考えたら気の毒な生徒だ。
ふ、ふざけるんじゃないぞ。
人ひとりの人生がかかっているというのに、運が悪いで済む話じゃないだろうが。
それを気の毒なんて言葉で済ませやがって、それにゲームの世界に転生するというのなら普通は主人公になるもんだろうが。
どうして能力的に恵まれない学年最下位の即退場キャラなんだ。
せっかくゲームの世界に来たというのに、なんでそんなつまらない死に方をしなければならないのだ。
いや、まてよ。
よく考えてみよう。
べつに主人公と対立なんて、しなければそれで済む話なのではないだろうか。
そもそも、なんのこだわりもない俺が、なにをもってして主人公と対立なんてするというのかわからない。
しょせんゲームの世界の話なんだし、主人公など好きにさせておけばいいではないか。
いやいやいや、まてよ。
それ以前に、今、目の前にあるものを見てみようじゃないか。
なによりもまず、負けると決まっているわけでもないのだから、べつに勝ってしまっても良いのではないだろうか。
こっそり最強になっちゃおうか、なんてことを夢想しながら俺はにやけた。
この時の俺には、まさか主人公との対決が避けられないものになるなんて知る由もない。
俺には自分の手の中にある攻略本の存在が、まさに光り輝く聖書にも匹敵するようなモノに思えてきた。
こんなものがあって負けるなんて未来はなかなか見えてこない。
主人公に勝つどころか、最強になってモテモテになっちゃってもいいのではないだろうか。
美少女のピンチに、颯爽と駆け付けちゃったりなんかしたりしてね。
この学園には、ゲームの美少女ヒロインがわんさかいるのだ。
しかも美少女たちの攻略法まで、この本の中には書かれている。
いや、そんなものに手を出してしまったら、シナリオが書き換わって、攻略本のある優位性を活かせなくなってしまう可能性も考えた方がいいだろうか。
担任教師からスマホのような端末が配られ、そこに表示された自分のステータスを見るまでは、はっきり言って、めちゃくちゃ安易に考えていた。
教室の前の方では、主人公らしき男子生徒の周りに集まったクラスメイトが騒いでいる。
そこから漏れ聞こえてくる情報を聞く限り、どうあがいても勝てる要素があるようには思えないものだった。
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