後編
三
卒業式後のお別れ会で、感慨深く皆の口から漏れた言葉が物語る。山中が寂しげな顔で漏らした。
「今日で皆さんとお別れしなければならないのは残念です。この一年間楽しい夢を見させていただき、本当に有り難うございました。こんな素晴らしい仲間とは、これからも、できたらお付き合いさせていただきたいです。叶えていただけるなら嬉しいです」
関口が応じた。
「大丈夫さ、一班の年間活動スケジュールを作るからさ。そうすれば、これから定期的に逢えますからね」
「そうですか、それなら皆さんと逢えますものね」と、山中が安堵する表情を浮かべた。
すると、惚け顔の佐竹が、「俺、卒業したら群馬の方へ行かなきゃならねえ。八十過ぎの兄貴の菜園を手伝うことになった。少々遠いいが、皆が集まる時は必ず寄させてもらうからよ」と、言っていた。
それから何日が経っただろう。四月になってから、誰ともなく連絡網で連絡を取り合ううち、花見をしようと持ち上がり、予定するも当日雨で中止となって、皆悔しがることしきりであった。それもそうである。卒業してからほぼ一か月ほどだが、なんとなく随分逢っていないような錯覚に陥っていたせいからだ。
それでも、年間計画で決めていた六月の昼食会で再開することができ、懐かしさといってはニュアンスが少々異なるが、嬉しさで皆の顔がほころんでいた。
関口は、予定の集合時間より早めに、いつものように佐々木と的場駅で待ち合わせ、川越駅東口の「光太夫」へと向かった。すでに戸田が来ていた。
「久し振りじゃないですか」と、会うと同時に関口が声をかけた。
「ええ、私の方は変わりありません。毎日仕事に行っていますよ」
戸田の元気そうな返事に、うらやましげに関口が応じた。
「相変わらず働きますね」
「まあ、家に居ても暇ですから」
そんな雑談をしていると、そこへ瀬川、坂下が到着した。笑顔で挨拶を交わす。続いて石田や海原、猪倉、小倉が揃った。けれど、都合で山中と佐竹が欠席となった。
それでも昼食会が始まると、皆の目が川越学園で学んでいた当時と同じ輝きになっていた。そんななか、瀬川が嘆いた。
「あれから私、体調を崩しちゃったの」
すると、海原が心配そうに様子を覗った。
「瀬川さん大丈夫?」
「ううん、今は大分回復してきて、この通り元気になったわ。だって今日の昼食会に出られなければ、皆さんに逢えないですから」
「それならいいんだけれど。やはり、こうして皆さんと逢えて嬉しいです。この前の卒業旅行の時は迷惑をかけました」と、きまり悪そうに海原が詫びるが、表情は爽やかだった。
二人の会話や皆の顔を覗い、関口はついと思った。
卒業してから、たった二か月弱しか経っていないのに、随分逢わずにいたような気持ちと、この前逢ったばかりじゃないかと思う気持ちが入り交じり、なんとも複雑な面持ちになっていた。
食事会も皆の笑い声と笑顔に包まれ、あっという間に時間が過ぎた。光太夫を出て、一緒に川越駅へ向かう途中で、瀬川が告げた。
「今日は楽しかった。皆さんといると、学園にいた頃を思い出すわ。それに、関口さんは相変わらず面白いのね」
「そうかい、それは有り難う。というか、俺は別に皆を喜ばしているわけではないがな」
「そうかしら、やっぱり班長さんは偉い。結構気を遣っていらっしゃるんですものね」
「そんなことないさ、皆を喜ばせようと考えて喋っちゃいないよ。まあ、俺の場合は芸能人だから、本格的に笑わせるにはお金を払ってもらわにゃ、芸はしないがな」
「なに言ってんの、まったく」
瀬川と関口の掛け合いはそこで終わった。駅に近づいた。真面目顔に戻って田畑が、別れの言葉と共に告げた。
「それじゃな。それと、次回は小倉さんと坂下さんが幹事だよね。楽しみにしているから、よろしく頼むよ」
「わかったわ、期待していてね。指扇のハルディンに予約入れてあるから。但し、呑み助の田畑さんには申し訳ないけど、お酒抜きの昼食会ですから」と、小倉が念押しした。
「ああ、大いに結構さ。楽しみにしているよ」と、ちょっと物足りなげだが笑顔で返した。
そこに、佐々木が割り込む。
「次はいつだったっけ?」
呆れ顔で瀬川が告げた。
「あら、忘れちゃったの。お別れ会の時に決めたでしょ。今度は偶数月の六月二十一日だから、手帳に書いておきなさいよ。まったくしょうがないんだから」
「すまん、昔、頭の血管が切れて、それから物覚えが悪くなっちゃってよ。ところで、どこでやるんだったっけな」
「また、そんなこと言って。それじゃ言うからメモして。六月二十一日指扇のハルディンで、集合場所はJR川越駅ホーム、集合時間は午前十一時二十五分。川越三十分発の大宮方面行きの電車に乗ってゆくから、わかった?」
佐々木が「うんうん」と頷き、「手帳に書いておこう」と漏らし、当日欄に記入していた。
すると、関口が佐々木を誘う。
「佐々木さん、また一緒に行こう。前の日に連絡してやるから、的場駅で待ち合わせて行こうよ」
「本当か、それは助かる」と、安堵したのか顔をくずした。
そこで猪倉が労った。
「関口さんは面倒見がいいのね。いつも皆が集まる時は、必ず佐々木さんに声をかけてあげているんですもの。佐々木さん、感謝しなさい」
「そうなんだ、彼はいつもそうしてくれるから助かるよ。でなければ忘れてしまって、皆と逢えないもんな。班長さん、いつも有り難う」
神妙な表情で、佐々木が関口に頭を下げた。
「いいえ、どういたしまして。その代り機会があったらギター演奏の一つでも聞かせてもらいたいね。できれば次回の昼食会時にお願いしたいがな」
「いや、重たいからね。持っていくのが大変なんだよな」
かさばるギターケースを思い出してか、佐々木が渋り顔になった。すると関口が毒づく。
「そうか、また演奏を失敗すると思って、言い訳しているんだろ」
「そんなことないよ」
「わかったよ、昼食会でのギター演奏は冗談だから」
すると、石田から茶々が入った。
「私、佐々木さんのギター演奏の『ともしび』を、もう一度聞きたかったな。学園祭でのソロ演奏が素敵だったもの、残念だわ」
「私だって、聞きたかったわ」と、小倉が加わった。
そこで、関口がそそのかす。
「ほれ、皆の期待を裏切れるならギターを持ってこなくてもいいからね。佐々木さん」
「そうなんだけれど、重たいしな……」
戸惑う佐々木を、皆が見つつ微笑んでいた。
「それじゃ、皆さん。お疲れ様でした。次回の幹事さんよろしく!」
関口が声をかけた。
「はい、任せてちょうだい!」
坂下が応じ、川越駅で解散した。
二か月後にまた会えると思うと、寂しさなんか湧いてこない。むしろ期待で胸が膨らむ。こんな仲間の付き合いを、言葉一文字で表わすなら、どのように書けばいいだろうか。やはり絆か。「まさしく爽やかな仲間たち。手を繋ぎ一つの輪を作り見ると、そこに絆という人文字が現われてくる」そんな思いがした。
これからも、こんな風にしょっちゅう逢える仲間がいれば、これほど楽しいことはない。こんな愉快なシニア時代を、仲間と言う絆が掘り起こしてくれている。
ちょっとした勇気と、ほんの少しの行動で、思いもよらぬ仲間の輪ができた。これも、いきがい大学川越学園の入学募集のチラシが目に止まった時に始まった。もし見過ごしていたなら、一班の仲間とはすれ違いのまま出逢うことがなかったし、誰もがこんな素晴らしい仲間の世界など知る由もない。こんな絆の輪を作ることだって、できなかったであろう。ほんの些細なきっかけか、ろくに考えもせず入学申込書を書いたことで、まったく新しい仲間たちの楽園に入りこめたんだ。そう思うと、「申し込んでよかった」と、つくづく感謝している。それは、俺だけではない。皆だって、多少の申込動機は違っていても同じなんだろうて。
こんな風に勝手に解釈するが、別れ行く仲間たちの後姿が、そうように語っているようだった。
川越駅の北口で皆と別れ、関口は一人家路に就くが、途中でふと思いついた。
そう言えば、お題目を「いつかどこかで」と掲げたが、これでは明らかに我ら仲間の将来とそぐわないような気がする。こりゃ改めにゃならんな。何故って、そうだろ。「いつかどこかで」じゃなくて「いつもどこかで」だろう。これが今の俺たちなんだ。同級生の一班の仲間がいつもどこかで集い、築いた絆を確かめ深め合おうとしているではないか。これが真の仲間なんだよな。
歩く足を止め、「これなんだ」と笑みを浮かべ何度も頷いた。
そして、ふたたび歩き出すと、脳裡に在り日々の記憶が遡る。学園生活が終盤に差し掛かった時のことだ。授業合間の昼休みに、海原さんがいみじくも言っていた。
「私、川越学園で学べたことが幸せです。特に皆さんとの仲間にいることが夢のようだわ。卒業しても、私のことを忘れないでくださいね」さらに、山中さんが「私だって、海原さんと同じ気持ちです。せっかく築いた皆さんとの絆ですから、これからも大切にしたいです」と添えていた。
二人とも、そんなことを漏らしていたな…。その時俺は、「もちろんだよ」と返した。約束通り卒業しても、この通り集まっているじゃないか。今まで集うた光太夫やハルディンでの昼食会には、皆少々おめかしして来たし、お喋りの中にも清々しい花が咲いていた。こんな気さくで素敵な、素晴らしい仲間がいるからいいんだな。これからも、出来るだけ長い間集えるような機会を作ってあげることが、俺に与えられた役割か。と、おくがましいようだが自分に言い聞かせ、続けられる喜びを皆と分かち合いながら、決意を新たにしていた。
完
若い者には、負けんぞ 高山長治 @masa5555
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