第7章 天安寺龍門 その1
素空、明智、栄覚大師は久し振りに歓談した。場所は明智の部屋だったが、そこには憲仁大師から渡された近在の天聖宗の仏閣が記された名簿があった。国ごとに寺名と、所在、住職、本尊、檀家代表者などが記載されていたが、
「明智様、国ごとに取りまとめを行う寺がありますね」名簿を
「明智様、既に使者の
明智は、栄覚大師に苦笑いを見せながらおどける仕草を見せた。3人は顔を見合わせて笑ったが、既に年の差を越えて、共に大切な友となっていた。
「人選の前に、どこに何人遣わすかです」明智が言うと、素空がすかさず言った。
「飛脚問屋への支払いをせねばなりませんから、1人2人ではよろしくないかと思いますが…」
栄覚大師が、素空の言葉を受けて言った。「
明智が答えて言った。「私もそれが良いと思います。西は4人を差し向けて
「しからば、ひと言申し上げまする」栄覚大師は、少々おどけたように言って笑顔を見せた。そして、素空も明智も顔を見合わせて噴きだして笑った。
栄覚大師がまじめな顔に戻って語った。「京には灯明番の遣いで何度か出向いたことがある者がいます。また、
「さすがですね。後は東院の名簿を調えられた明智様が、良きお方をお選び下さるでしょう。お名前が出揃いましたらお教え下さい。宇土屋様へのお遣いもお願いしたく思います」そう言うと素空は、これで話が一通り終わったとホッとした。栄覚大師も厨子の建立を宇土屋に頼みたいから教えて欲しいと告げて、素空と共に部屋をでた。
忍仁堂をでると栄覚大師が言った。「素空様、今日は暫らく続いた重い胸のうちが軽やかに晴れ渡った思いです。お気遣い頂きありがとうございました」
素空は、栄覚大師の心の中が言葉と裏腹にまだ晴れていないだろうと思い、大切な人が身罷る時、魂が間違いなく浄土を踏んだと分かっていても、やはり寂しさはどうすることもできないものだと知った。素空は慰めの言葉を見出せず、黙して釈迦堂へと帰って行った。
素空と別れた栄覚大師は天安寺の大門を潜った。既に焼け落ちた残骸を越えて門外から眺めると、遠くに忍仁堂の角が見えた。悠才が大楠の下敷きになった、東院と西院との分かれ道だった。そこに素空の姿はすでになかったが、別れ際の寂しそうな顔をフッと思い出した。この門を造り上げると素空との別れが遣って来るのかと思うと切ない思いを禁じ得なかった。
明智はひと晩のうちに人選を終えた。
明智は人選が終わると、手紙を認め始めたが、光雲寺と無音寺には内容を変えた。
明智は書き終えると、灯明の部屋を訪れ、2人の灯明番に手紙を書き写すよう命じた。東院の名簿を写本した時と同じように、灯明の番をする間に写し取ることにしたが、その数が多く数日掛かると予想された。
灯明番の次席は栄雪が務めていた。明智にとって頼りになる存在で、数日間留守をするとなると、
灯明番の役割は、灯明を守るだけではなかった。灯明番の長は、東院の貫首の実務を代行することが多く、あらゆる用を受けていた。当然、明智が命じられた使命の多くを、灯明番の次席が行うことになるのだった。
明智がこの役目に就いたすぐは、栄雪によって随分助けられた。行信はまだ、灯明番のなすべきことをすべて知り得なかった。
『行信を育てなければいけないようだ』明智はそう思い、2人を呼び寄せて言った。「明年の法要のための書簡を諸国の寺にだすことは存じていることでしょうが、その使者を栄雪にもお願いしようと思っています。近江国、大津の日の屋で飛脚を頼み、近江13寺を2組に分かれて巡って欲しいのです。数日掛かるでしょうが、その間、行信に代行してもらいます。早速引き継ぎをして万事に支障のないよう頼みます」そう言った後、ひと言付け加えた。「栄雪、お里で2晩くらい過ごせそうですね」
栄雪は、明智の労いに感謝した。
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