四体の霊 その4
天安寺が雪景色になったのは
「悠才様、よくぞ彫り上げましたね。私の彫ったものと寸分の狂いもないのは見ての通りですが、悠才様の御仏にも御心が込められて本当の御姿を表しています。心で経を唱えながら御覧なさいませ。きっとハッキリとご覧になれることでしょう」素空が、悠才を優しく労った。
悠才は言われた通り心の中で経を唱えると、自然に目を閉じ彫り始めてからこれまでのことを次々に思い出した。やがて、目をあけると金色の光の中に仏の姿が現れた。それは、悠才が彫った木彫りの薬師如来像ではなかった。肌色の顔や手足と絹の風合いを持つ極彩色の衣、まさしく本当の姿だった。
悠才は言った。「素空様、これは
素空は、悠才をじっと見詰めて答えた。
「悠才様の前に
年が変わり、天安寺の
京からの50人は殆んどが商家の主で、京や近隣の檀家代表だった。岩倉屋惣左衛門は昨年、
角松屋の主人、
角松屋久兵衛は病が次第に重くなる中でも、
「角松屋さん、この如来様は天安寺のお大師様がお若い頃に彫って下さったものですが、本当の
角松屋久兵衛は枕元に祀った薬師如来像と海童和尚を交互に見ながら礼を言った。和尚が帰ると、枕元に置いた薬師如来像を懐に納めて再び床に就いた。と、その時胸奥にドンと重さを感じて懐の薬師如来像を取り出した。すると、薬師如来像から金色の光が湧きだして布団の中を金色に染め、光は布団を突き抜け、部屋全体が金色に輝いた。角松屋久兵衛は狼狽し思わず声を出す寸前で思いとどまった。
『何んと言うことだ。本当の如来様でいらっしゃる…。ああこれで病が癒されるのだろうか?勿体ないことだ』角松屋久兵衛は驚きながら喜び安堵した。
しかし、この日を境に
次の日も、また次の日も起きている時は経を唱えたが、この本当の如来像は聞き入れてくれなかった。
角松屋久兵衛は既に起き上がることができないほど弱っていた。『本当の如来様には間違いないのだ。何故癒して下さらないのだろうか?』色々考えた末に1つの答えに到達した。『わしは死ぬのだ。如来様はそんなわしの願いを聞き入れることがないのは当然のことであった…』角松屋久兵衛は自分の死を理解した時、薬師如来像への願いが変わった。
「如来様、私が召された後、家族や奉公人が信心を絶やさないように見守って下さい。皆が
角松屋久兵衛は心の平安を感じ、願いが聞き入れられたと確信した。懐から出して感謝の気持ちを表そうとした時、言葉も出ないほど驚いた。木彫りの薬師如来像は皮膚が肌色で、衣は極彩色に輝いていた。我が手から離れ、盆の上に収まった時、仏の明らかな存在と確かな意思を感じた。
角松屋久兵衛はその日から家族のため、奉公人のため、やがて、これまで自分に関わったあらゆる人々のために祈った。次第に弱って行く我が身を省みることなくひたすら祈り、7日後に薄れ行く意識の中で家族に感謝の言葉を残して身罷った。
角松屋久兵衛が息を引き取る寸前、部屋の明かりが消え、暗闇の中で木彫りの薬師如来像が金色に染まった。家人達は驚き如来像に平伏した。もとより信心深い家人達は、主が極楽往生を果たすだろうことを確信した。
角松屋久兵衛は揚善寺の檀家の世話人を永く務め、町内の檀家達から信頼と尊敬を集めていた。だが、病を得てからは毎年欠かさず参加していた『釈迦講』に参加できなかったことを
角松屋久兵衛が心に天安寺の初詣への思いを残して身罷った時、彼の魂はそのまま浄土に行くことはなかった。従って、仏の降臨は浄土への
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