四体の霊 その3
玄空大師は天安寺に上がるまでの7年間、
玄空大師の父は寺の
寺に上がった時10才だったが、もっと幼い頃から出家することが定められていて、折に触れて、小坊主になり学問を修め、徳の高い僧を目指すことを望まれた玄空は、何の疑問も感じることなく仏門に入ったのだった。
清源寺に入ってからは、素空が小坊主の時に過ごしたとほぼ同じ毎日だった。違ったところはただ1つ、仏師となるのに師の手ほどきがなかったことだった。
玄空大師は清源寺の本堂にある多くの仏像を目にした時、その素晴らしさに圧倒された。すべての仏像が師の手になるものとも知らず、自分の部屋に入って就寝までの間、
虚空は極めて忙しい住職だった。檀家回りや托鉢を日課にし、年に数回10日ほどの旅回りもした。尤も、旅回りの目的は天安寺での仏像の手入れや、京や近隣の街で寺巡りをするためだと、檀家衆には言っていた。
その当時、希念は寺以外での師の行動をまったく知らなかった。そもそも、そのことに何の疑問も興味も持たなかったのだった。師の前では教えを乞うことに貪欲であり、師が留守の時は仏像を彫ることに没頭した。手本は本堂にあった。そのすべてを師が彫り上げたことを知らずに真似た。自然に虚空の手を受け継ぎ、形を彫り上げた。玄空大師は、希念と呼ばれたこの頃に真贋を見極める力と、真の姿を彫り上げる仏師の本懐を得たのだが、悟りを得るに至るのはまだまだ先のことだった。
若い頃の玄空大師は積極性に富んでいて、師が不在の時にはその本領を存分に発揮した。弟弟子の面倒を見ながら、食事の支度や寺の仕事をした。虚空は畑仕事とは無縁だったが、希念は早くから野菜園を作り旬の物を食卓に供した。主食は虚空の托鉢や、近くの檀家達から寄進されたが、すべてを揃えることは難しかったからだ。
畑仕事を身に付けたことで、後にどこへ行っても食うに困ることがなくなった。玄空大師の今日を支える
玄空大師はフッと空を見た。西院と東院の分かれ道を過ぎた時だった。陽の光が眩しく、雲の流れが止まったような秋空に
【カーツ!】
玄空大師が眉根を寄せて、西院の通りを旋風が吹き抜けるのを見届た。
「お大師様?如何なさいましたか?」通り合わせた僧が、何事かと問い掛けた。
僧の声で我に返った玄空大師が、その僧に言った。「この通りを風となって霊が通り抜けたのじゃ。如何なる霊かは分からなかったが、咄嗟のことで万一に備えてしもうたのだよ。だが、案ずることはなさそうだった。…つまり、悪霊ではなかったようじゃ」そう言うとニッコリ笑って見せた。
説明されても現実味のないことだったので、ポカンと開けた口を戻して、おずおずと質問した。「お大師様、天安寺に霊が現れるのでしょうか?今のは悪霊ではないとは、天安寺にも悪霊が現れることがあるとお思いなのでしょうか?」
玄空大師はいつもの優しい表情で語り始めた。
「天安寺は都の鬼門を鎮護する寺ではあるが、現世と来世の
玄空大師は、その場を去ると、その夜に自分の部屋で霊のことばかり考えた。『あの霊は西院のいずれかのお堂に入ったのだろうか?僧の霊には間違いないようだ』しかし、いくら考えてもそれ以上先に進むことはなかった。
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