四神建立 その2
「悠才様、この
正倉に
素空と悠才が入ると、十人を超え、窮屈になったが、僧達は、悠才の宿泊を喜んだ。悠才は、素空の下で働くせいで受ける様々な計らいに感謝した。
樫仁は、薬師堂の守護神を建立した素空に心からの敬愛を示した。この宿坊では1番の若輩だったが、何と言っても西院で最高位の
素空は、悠才を伴ない宿坊に入ることを、許してもらったことに感謝した。
「樫仁様、皆様、正倉のお手入れが終わるまでお世話になりますので、よろしくお願いいたします」悠才も深く
初日の夜は就寝前の経を残すのみとなった。釈迦堂の僧達はどの部屋でも同じように、素空が経を唱えるのをジッと待った。素空の声を聴くのは随分久しいので、今や遅しと待ちかねていた。
樫仁の部屋から、素空の声が漂うように流れだした時、3つの宿坊から
素空の声は目の上3寸(9cm)から発し、聴く者の胸膜を震わせた。素空は嘗て、守護神建立を目指して
興仁大師は、素空が悟りを得た僧となったことを既に知っていたが、久し振りの声に思わず『天上の声、斯くありき』と呟いた。
素空は経を3本唱えると、この日のでき事を回想し、仏の慈悲に感謝して床に就いた。他の僧も倣ったが、
「素空様、1つ2つお伺いしてもよろしいですか?」
素空は、樫仁の密やかな声にただならぬ思いを感じ取った。
「私は
素空は床の上に座し、樫仁を見詰めて、暫らく間を置いて静かに答えた。この時、悠才も周りの僧達も起き上がり、2人の話に耳を傾けた。
「樫仁様がご覧になったのは、まことの御姿で、それをご覧になれるのは心の清いお方と、
素空は言い終えると、樫仁に微笑んだ。
樫仁は、質問の答えが予想を超えていたこともありすぐには吞み込めなかった。
「ある者に見え、また或る者には見えないとは、幻想、幻覚と同じことなのでしょうか?最初に見たあの日から、既に3度薬師堂に赴き、確かめようとしたのですが、3度とも何の変化も見出せませんでした」
樫仁は自分が見たものの真の姿が知りたかった。
素空は、樫仁を哀れに思った。そして、優しくも厳しく樫仁を戒めた。
「その後、3度薬師堂に赴いたことは、御仏の前で深く悔い改めなければなりません。樫仁様は、ただ1度の降臨でその存在を深く受け入れ、
樫仁は、素空の言葉でやっとすべてを理解するに至った。その目には、自分の未熟が招いた罪を悔いる涙が1筋流れていた。樫仁が照れ笑いしながら言った。「お恥ずかしい限りです」
素空は書棚から
夜が明けた。僧達はいつも通りに起き、朝の勤めを始めたが、
樫仁は昨夜のことをすべて語った。興仁大師は聴き終えると、フーッと
「樫仁や、素空に感謝せねばならぬのう。そのままでは
この時を境に、樫仁の物腰が落ち着き、持ち前の明るさがなくなったものの、興仁大師は、樫仁の信仰が深く揺るぎのないものになったのを認め、大いに満足した。やがて、年が過ぎて、興仁大師が貫首の座を退く頃に、樫仁は西院の大師に認可されたのだが、それは誰が見ても当然のこととして受け入れられた。
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