仏師素空 天安寺編(下)
晴海 芳洋
第1章 四神建立 その1
「悠才様、気に病んではいけません。御仏の手入れも、墓参も、僧としての勤めの1つです。いずれも喜びを持って務めることが肝要ですよ」
悠才は、自分の心模様まで見通す素空の心に背くことになると思い、過去を振り向くことを止めた。時折、このような思いに囚われることが、仏の
素空と悠才が墓所に立った時、既に
素空と
「悠才、お仲間に入りなさい。もはや、あなたは皆の意識の外にあるのです。今の私のように…。皆の関心は今素空様にあり、やがてそこから離れ、話題があなたや私に向くこともあるのです。どうか、仲間から離れないで下さい。また、皆は何時も素空様と共に修行をしている悠才が、羨ましいことでしょう。そして、ここに集う誰よりもあなたが幸せだと思っていることでしょう」
明智の言葉は、悠才の心に深く届いた。悠才が言った。「素空様に1番近くありながら、不心得をしてしまいました。踏ん切りを付けたつもりが、すぐに頭をもたげて来るのです。…改めまする」そう言うと、合掌して
良円の墓を下る時、
明智が答えて言った。「栄雪、それはご
素空が、栄雪に優しく語った。「私が御本山を下る前に、皆様と彫り物をする機会が訪れるかも知れません。その時は、皆様方のお力をお借りすることもあろうかと存じます」皆は素空が、栄雪を慰めるために言ったのではないことを知っていた。素空が口にしたことはすべて実現したからだった。
墓所を下り掛けたところで、素空が皆に別れを告げた。
皆は素空と別れたが、明智だけはその場に残った。素空が、良円の
素空が太一の墓参を終えると、墓所を下りながら、明智が尋ねた。
「素空様、
「来春には正倉の御仏を最後に、東院の手直しに移りたいと思っています。しかしながら、
「そうでしたか。その折には、私も何かお役に立たせて頂きたいですね。ああ申しましたが、心は栄雪と同じでした。あの頃を
素空は、明智の切ない気持ちをありがたく受け止めた。「まことに、その折にはお力添えを頂きたいと思います。実を申せば、
素空と悠才は雪解けの頃に、西院のお堂をすべて手入れし、
「素空様、このお蔵にはいかほどの
「御仏像と経典ですか?…」悠才は途端にがっかりして、呆けた顔をした。素空は、悠才を見て笑った。悠才も、素空の笑い声に 釣られて笑った。この頃になると、素空と悠才の間に冗談や、おどけた表情が飛び交うようになっていた。白虎堂で
正倉は
悠才は、揺らぎを見た後から、自分に対して何かしら砕けた応対をするようになったと気付いていた。考え過ぎなのか、その通りなのか分からないが、常々気に掛かっていたことだった。
素空はハッとして悠才の顔を見た後、噛み締めるようにゆっくり答えた。「いいえ、悠才様とはまったく関りのないことです。正倉から忍仁堂を眺めていましたら、我が師玄空大師への思いが膨らんだのです。正倉のお手入れがすむと、いよいよ東院のお手入れが始まるのだと思うと、その日が来るのを待ち切れぬ思いで、つい、ぼうっとしてしまいました。ご心配をお掛けいたしましたが、もう大丈夫です」悠才は納得したようだったが、悠才の勘の鋭さを知り迂闊な姿は見せられないと思った。
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