青空の下で

藍崎乃那華

第1話


「ねぇ、こんなところで何してるの?」

 木の下で本を読んでた時、声をかけられた。

「こんな青空が広がってるのに、本読むの?」

「バカにするだけなら、帰って。」

 いきなり話しかけてきたと思ったら……なんなのこいつ。

「いや、違うんだよ。変わってるなー、って。」

「それってバカにしてるってことじゃん、つまり。」

「だから違うって!ごめんって!あの、とりあえず、昼飯できたからお前を呼んで来いってお前の母からの伝言があってだな……。」

「それを先に言え!」

 いつもこんな感じ。航平とは幼なじみで、生まれた時からずっと一緒で兄弟みたいに思ってるけれど。インドアな私と違って航平は圧倒的アウトドアで。部活も陸上部に入り、県でも優勝するほどの実力者でもある。

 私と違って航平は……勉強を除けば完璧で。女の子からよく告白されるという話を聞く。それ故、航平を好きな女の子からの嫉妬でよくいじめられたこともある。今は、その心配もなくなったのだけれど。

「早く来いって!昼飯冷めちゃうよ?」

「あんたが歩くの速いんだわ!」

私は必死に航平の背中を追いかけた。この日々が続けばいいなと思いながら。


「お前はいつまで寝てるんだよ!あと30分で家でないと遅刻するっての!」

「朝からうるさいなぁ……。30分あるならいいでしょ!」

「朝飯食う時間も考えろ!」

「うぅ……。」

 毎朝私を起こしに来てくれるのも航平。とても助かっているのだけれど、寝起きの私には鬱陶しく感じてしまう。けれど寝起き最悪の私にとって本当にありがたい。

「朝飯、今日はお前の好きな味噌汁の具だぞ。」

「え、もしかしてワカメ?!」

「そうだ。早く起きないと食えなくなるぞ?」

 航平は私を手懐けるのが本当に上手だ。朝私を起こすのだって、毎回言う言葉は違うけれど必ず私が起きようと思える言葉ばかりで。本当の兄弟以上に私のことを知ってくれている気がする。

「あー、やっと起きた。毎回航平くんに起こされてー。いい加減自分で起きられるようになりなさいよ。」

「だって……。」

「言い訳しないの!時間も限られてるんだし、早く食べちゃいな。」

「はぁい……。」

 私は寝ぼけながらも朝ごはんを食べる。航平のお父様は私たちが幼い時にに病気で亡くなっており、お母様も夜もお仕事で忙しく朝寝ているため、ほぼ毎日航平と朝ごはんを食べている。

「ごちそうさんでした」

「航平はやっ!」

「お前が遅いんだよ。早くしないと置いてくぞ?」

「待ってよ!今急いで食べるから……。」

 ご飯を口にかきこみ、航平に置いてかれないように精一杯急ぐ。

「「いってきまーす」」

なんとか間に合った……。

「よかったな、間に合って」

「うるさいわ!……でも、ありがとう」

航平の前では上手く素直になることが出来ない。本当はもっと素直に話せたらいいのだけれど。今も顔が熱い気がするのは、珍しく素直にありがとうを言うことが出来たからだろうか。いや、でも……違う、

「おい、鈴音?鈴音?しっかりしろ!」

私の記憶はそこで途絶えた。


「……ね、鈴音!」

「航平……?ここは?」

「病院だよ!学校に行く途中に急に倒れて、救急搬送されたんだ!さっき、お前の母さんから全部聞いた。お前、余命宣告される程深刻な状況だったらしいな。なんで教えてくれなかったんだよ!」

 そっか、あの時私倒れたんだ。それでお母さんも全部航平に話したんだ……。航平には知られたくなかったんだけどな。

「ごめん。航平に言ったら、航平はきっと今まで違う感じで接するかと思って……それが嫌で。」

「お前の母さんの話は、全部ほんとだったんだな……。お前と走ることも、出来なくなるんだな……。」

 航平の言葉が引っかかった。元々私は航平より走るのは遅いのだけれど。

「走る……?」

「お前、覚えてねぇの?4歳ぐらいのとき、お前はずっと外で走り回ってて。俺に向かって「こんな青空なのになんで中にいるんだ!」ってデカい声で叫んできて。それがきっかけで俺は走るようになったし、陸上部に入ったんだけど。」

 全然覚えてなかった……。私が覚えてる時はずっと本読んでた記憶があるのだけど。そう言えば、走り回ってた時期が私にもあったんだ。最近は走らなくなってしまったけれど、あの時は走るの好きだったな……。

「それでそんときお前約束してくれたじゃねぇか。「航平が全国で1番になったら、私も大会にでる!」って。そのために俺頑張ってたみたいなところあったんだけど……ほんとに覚えてねぇの?」

 航平に言われるまで忘れていたけど、薄ら思い出してきたかもしれない……。たしかにあの時の私は走ることが好きだった気がする。それで……。私もあの時は無邪気だったな。

「そうだったかもしれない。」

「なんだよ、ほんとに覚えてないやつじゃん!俺頑張ってたんだけどなぁ。」

 ガッカリした様子をみせる航平。それを見て私は吹き出した。私との約束を果たすために走ってくれていた、なんて今まで知らなかったけれど。本当に嬉しかった。

「ねぇ鈴音、」

 いきなり深刻そうな顔で航平が私に話しかける。

「なに?」

「こんな状況で言うことでは無いけどさ、俺、お前のこと好きなんだわ。」

 突然の航平からの告白に、私は一瞬フリーズする。

「……え?」

「今回お前が倒れた時、めっちゃ俺必死になって。何でだろって思ってさ。お前のことが好きだからだと思って……。だから、」

「ありがとう。ここで告るのもなんか、航平らしいわ笑」

 とても嬉しかった。航平に告白されたことが。私のことを好きでいてくれたことが。けど、こんな状況で告白しようと思うのもなんか航平らしいと思ってしまった。

「一言余計だっつーの!」

「ふふふっ。航平から告白してもらえて、私は幸せだー!」

そう言い終えた途端、私は目を閉じた。


その後私の目は、二度と開くことはなかった。


***


「航平くん、ありがとうね。最後、鈴音を助けようとしてくれて。」

「え?」

「鈴音から言われてたんだ。「もし私が倒れた時、航平が助けようとしたら私の病気のことを言って欲しい。ただ、それまでは絶対に言わないで。今まで通りに接して欲しいから。」って。鈴音はきっと航平のことが好きだったんだ。けれど、もう自分は長く生きられないことをわかってたから、できる限り航平くんといれる時間は今までと同じように楽しい時間にしようって決めてたんだと思う。」

 鈴音が亡くなった翌日。鈴音の母さんからそう告げられた。

 鈴音をこんな早く亡くすなんて、夢にも思っていなかった。しかし、目の前にあるのは鈴音の遺影。未だに鈴音が死んだ事実を受け入れることは出来ないけれど、遺影の鈴音は満面の笑みでこちらを見ている。

「それとね、鈴音はいつか航平くんと走りたかったと思うよ。」

「そうなんですか?最近はずっと本ばっか読んでましたけど……。」

「運動規制をされていたのよ。けれど運動を規制されるとわかった時も、いつか病気が治ったら航平くんと走るって意気込んでいたわ。」

 そうだったんだ……。本当は、鈴音も走りたかったということを初めて知った。もっと早くそれを知っていれば……後悔してももう遅い。もう鈴音はこの世にいないのだから。

「きっと鈴音は、今頃天国で走っているだろうね。航平くんに負けないように。」

 俺の中で、鈴音はずっと目標だった。ずっと鈴音を追いかけてた。俺が陸上部に入ろうと思えたのも、鈴音の走る姿に憧れていたからだった。それに鈴音は、気づいていたのだろうか?

 

 『今度は、俺が鈴音の目標になってやる。』


 俺は、心の中でそう誓った。

 その時窓の外には、鈴音の笑顔のように綺麗な青空が広がっていた。

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青空の下で 藍崎乃那華 @Nonaka_1212

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