エピソード8

戻ってきた蓮さんに、ケンさんはかなりの勢いで怒られていた。


「てめぇ、美桜に何を話した?」と凄む蓮さんにケンさんは、両手で口を押さえて話すことを拒んでいたが、「葵にさっきのこと全部言うぞ」と脅された。

最大の弱点を突かれて、ケンさんは私に話した内容の全てを吐かされていた。

話の内容を知った蓮さんは閻魔大王の様な顔になり「てめぇは、誰の許可を得て美桜にそんな話してんだ?コラァ!!」と低く恐ろしい声で言い放った。

いつのまにか座椅子を降りて、正座をしていたケンさんは、「……いや……その……さっき美桜ちんにビールをかけたお詫びに……面白い話をしてあげようと……」とまた焦りモードに突入した。

「お前の話のどこがおもしれぇーんだ?あぁ?」とツッコまれたケンさんは、「しまった!!」って顔して私の方を見てきたけど、私は勢いよく視線をを逸らしてしまった。

……ケンさん、助けてあげられなくてごめんなさい……。

……だって、私も怖いんだもん……。

私から目を逸らされたケンさんは「……すみませんでした……」と蓮さんに謝った。

そんなケンさんに、蓮さんは「調子のんなよ?このサルが!!」と暴言を吐いた……。

「美桜」

突然、私の方を向いた蓮さんに驚いた私は、また怒られると思って固まった。

そんな私の頭を撫でながら顔を覗き込んで「聞きたいことがあるなら俺に聞け。お前が知りたいなら何でも教えてやるから」と言った。

その瞳は優しくて穏やかだった。

私が頷くと、優しく笑った。

「美桜ちんには優しいのに……」と不貞腐れるお猿なケンさんに「あ?」とまたしても低い声を出した蓮さん。


「……すみません……なんでもありません……」とケンさんが言ったのはいうまでもない……。


◆◆◆◆◆


「……で、何を聞きたいんだ?美桜」

蓮さんが私を見つめる。

「ケンさんはヤクザじゃないって本当?」

私は、蓮さんの漆黒の瞳を見つめた。

ケンさんも、テーブルに頬杖をついて私を見ている。

「あぁ、違う」

「じゃあチームって何?暴走族?」

「族じゃない。“ストギャン”だ」

「“ストギャン”?」

それは、初めて聞く言葉だった。

首を傾げる私を見て、蓮さんとケンさんは楽しそうに顔を見合わせた。

「ストリートギャングだよ」

ケンさんが教えてくれた。

「ストリートギャング?」

その言葉を聞いてもいまいち分からない。

とぼけた顔をする私の頭を蓮さんが優しく撫でた。

「あのね、美桜ちん少し長くなるけど聞いてくれる?」

ケンさんが微笑みながら言った。

私は小さく頷いた。

「今から、7年前、俺達は仲のいい奴ばっかでチームを作ったんだ。全員が同じ高校でいつもバカな事ばっかしている5人で……。元々、ケンカばっかして目立っていた俺達は、いろんなとこからスカウトされていたんだ。でも俺らの仲間内で頭的な存在だった奴が言ったんだ。『俺らは、誰の下にもつかねぇ。』って……」

「……」

「だから、そいつをトップにして俺達はストリートギャングのチームを作った。たった5人の小さなチームだった」

ケンさんは、懐かしそうに宙を見た。

まるで、その頃を思い出すかのように……。

私の隣にいる蓮さんは、手に持ったタバコから出る煙を見つめている。

私の視線に気付いた蓮さんは私の手を握った。

「当時、この繁華街には、たくさんの多種多様なチームが100近くあった。チーム同士の縄張り争いが激しくて毎日、昼夜を問わずその辺で当たり前の様に抗争があっていた。でも、どんなに大きなチームだってすべてのチームを統一する事は出来なかったんだ。統一するのは不可能だって誰もが思っていた。でも、俺らのチームは結成から三ヶ月で、全てのチームを潰し、吸収して統一したんだ」

「三ヶ月!?たったの?」

驚いた私の顔を見てケンさんは、得意気に笑った。

「すごいのは俺らじゃない。まぁ、俺らもかなり頑張ったけど……。統一できたのは殆どが当時のトップのおかげだ」

「トップの?」

「あぁ。そいつは、めちゃくちゃケンカが強い上に頭もキレる……。しかも、俺よりモテやが……うぷっ!……」

またしても蓮さんが投げたおしぼりがケンさんの顔に命中した。

「美桜の前で余計な事言ってんじゃねぇーよ」

……。

……も……もしかして……。

「……ねぇ……蓮さん……」

「ん?」

「……もしかして、ケンさんのチームの前のトップって……」

「……」

「……」

私の言葉に意味深な笑みを浮かべる2人。

「蓮さんのこと?」

私は恐る恐る聞いてみた。

「あぁ」

「美桜ちん大正解!!」

「……!!!」

平然と言う蓮さんと相変わらず私を驚かせて喜ぶケンさんに私は絶句した。


「統一してすぐはメンバーが1500人ぐらいだったんだ。それを蓮が3年で倍にした。もちろんこの繁華街だけじゃない。近隣の県まで勢力を伸ばしてね。だから、今でもそれは受け継がれているし伝説にもなっている。チームで“命令”が出せるのはトップだけ。だから、今、“命令”が出せるのは、先代のトップの蓮と現トップの俺だけだよ」

私は、口を開く事もできなかった。

そんなに、すごい人が私の横にいるなんて……。

私なんかの手を握っているし……。

しかも、彼氏だなんて……!!

私は、頭の中が真っ白になった。

とりあえず落ち着かないと……。

私は、目の前のグラスを自分でもビックリするくらいの速さで掴み取ると飲み干した。

「美桜!!」

「美桜ちん!!」

二人の焦った声が聞こえる。

「な……なに?」

「……それ、ビールって分かってるよな?」

蓮さんが飲み干されて空になったグラスを指差している。

はっ?」

なに言ってんの?

私が飲んだのはウーロン茶だし。

それにビールなんて一気に飲める訳ないじゃん!!

ちゃんと、ビールのグラスだって目の前に……。

……。

あれ?

……。

……間違った……。

私の目の前にあるのは、確かにウーロン茶のグラスだ。

中には殆ど手をつけていないウーロン茶が入っている。

……っていう事は、私が持ってるグラスは……。

あまりにすごい話を聞いて頭の中が真っ白だったから味が分からなかった。

そう言えば、なんか頭がクラクラする……。


「まさか、また間違ったとか言わねぇーよな?」

「蓮、さすがにそれはねぇーよ。いくら、美桜ちんでもビール飲み干して間違ったとか言うはずねぇーだろ?」

……言えない。

言える筈がない。

この状況で私が『間違った。』なんて言ったら、蓮さんには呆れられて、ケンさんにはバカにされてまた大笑いされてしまう……。

それはどうしても避けたい!

いや、避けなきゃいけない!!

「ま……間違う訳ないじゃん!……わ……私はビールが飲みたかったのっ!!」

……冷静に言うつもりだったのに、噛んでしまった挙句に焦ってんのバレバレじゃん……。

「……」

「……」

無言で私にウーロン茶を差し出す蓮さんと俯いて必死に笑いを堪えてるケンさん。

無駄に頑張らなければ良かった。

……最悪……。

早く、この状況をなんとかしないと……。


突然流れ出した音楽。

最近テレビやショップなどでよく耳にする曲。

甘すぎる歌詞のLove Song。

音の発信元はケンさんのポケットの中のケイタイだった。

「あっ!葵からだ!!」

ケンさんはケイタイの液晶を見なくても誰からの着信か分かるらしい。

嬉しそうに立ち上がり足早に部屋を出て行くケンさん。

「……分かりやすい……」

私は思わず呟いた。

私の横で笑っている蓮さん。

「葵からの電話に助けられたな」

「……」

……やっぱりバレてんじゃん……。

優しく穏やかな笑顔の蓮さん。

この顔を見ると胸が苦しくなるのはなんでだろう?

なんで、蓮さんはこんな顔で私を見つめるんだろう?

誰もが不可能だと思っていた“統一”をたった三ヶ月で成し遂げたらしい蓮さん。

三年でチームを倍にしたらしい蓮さん。

伝説にもなっているらしい蓮さん。

ケンカがめちゃめちゃ強いらしい蓮さん。

頭がキレるらしい蓮さん。

そんな人がなんで私にこんなに優しいんだろう?

昔からモテるらしい蓮さん。

いっぱい女が寄ってくるのに特定の彼女を作らなかったらしい蓮さん。

そんな、蓮さんがどうして私を選んだんだろう?

なんで私なの?

他の女の子でもいいんじゃない?

他の女の子がいいんじゃない?

私は生まれてきたことさえも罪なのに……。


「美桜」

「……」

「美桜?」

「……えっ?」

「何を考えてる?」

聞きたい事は沢山ある。

知りたい事は山のようにある。

でも、何から聞けばいいの?

どんな言葉で聞けばいいの?

蓮さんの言葉を聞いて私はそれを受け入れることが出来るのだろうか?

頭が思うように動かない。

胸が痛い。

「聞きたいことがあるんだろ?」

私の考えている事が分かるらしい蓮さん。

「……」

「焦らなくていい」

「……?」

「急いで全てを知ろうとしなくていい」

「お前が、知りたいと思うことはどんな事だって答えてやる」

「……うん」

「少しずつ俺の事を知っていけばいい。時間はあるんだ」

「……え?」

「お前は、俺の傍にずっといるんだろ?」

私の瞳を見つめる漆黒の瞳。

力強く、自信に満ちている瞳。

見つめていると吸い込まれそうになる瞳。

私に向けられる優しい笑顔。


私は、蓮さんと一緒にいたいと思った。

……それは……

蓮さんが、有名だからじゃない。

繁華街を“統一”したからじゃない。

伝説を作ったからじゃない。

ケンカが強くて頭がいいからじゃない。

たくさんの肩書きを持っているからじゃない。

“蓮さんの彼女”っていう肩書きが欲しかったからじゃない。

蓮さんが蓮さんだから一緒にいたいと思ったんだ。

私に優しい笑顔を向けてくれるから……。

私を見つめてくれるから……。

私を心地良い温もりで包んでくれるから……。

どんなときも傍にいるって言ってくれたから……。

だから今、私は蓮さんの隣にいるんだ。


「……蓮さん……」

「ん?」

「私、ずっと蓮さんの傍にいる」

「あぁ」

「蓮さんのことあんまり知らないけど傍にいる」

「あぁ」

「『女の子にモテる』とか『今まで寝た女の子』の話を聞いてムカついたけど傍にいる」

「あぁ」

「私、人を好きになったことないから、“好き”ってどんな気持ちか分からないけど蓮さんと一緒にいたいって思うから傍にいる」

「あぁ」

「私が蓮さんの傍にいたいって思うから傍にいる」

私を見つめる漆黒の瞳が一瞬驚いたように見開き、そして細められた。

伸びてくる蓮さんの腕。

私を包みこむ心地いい温もりと香り。

「美桜、ずっと傍にいろ」

「俺から、離れていくな」

「俺の横でいつも堂々と笑ってろ」

耳元で囁かれる言葉。

私は、蓮さんの胸に顔を埋めた。

優しく撫でられる背中。

静かに流れる時間。

蓮さんを感じる心地いい時間。

私は、蓮さんの温もりと初めて飲んだビールの所為でフワフワとした感覚を感じていた。

「美桜」

「うん?」

蓮さんの胸に顔を埋めたまま答える。

「俺がいねぇーときは、酒を飲むなよ」

「なんで?」

「酔った顔がエロい」

エ……エロい……?

顔を上げると私を見下ろす蓮さんの瞳。

一体、私はどんな顔をしているんだろう?

もしかしたら、昨日のタヌキ顔並みに恥ずかしい顔をしているのかもしれない。

「私、変な顔してる?」

「いや、すげぇー可愛い」

近付いてくる蓮さん。

間近にきて少し傾く蓮さんの顔。

私は、瞳を閉じた。

唇に感じる柔らかくて温かい感触。

胸が高鳴る。

下唇を舐める舌。

息苦しさが私を襲う。

空気を求めるように自然と唇が開く。

その隙間から入ってくる熱く柔らかいもの。

私の口の中をゆっくりと動き回る。

何かを探すように……。

身体の力が抜けていく。

私は蓮さんの腕に身体を預けた。

口の中で動き回るそれが私の舌に触れた瞬間、身体に電気が走った。

波打つように反応する身体。

思わず私は蓮さんのシャツを掴んだ。

私を包み込む腕に力が入る。

背中を優しく往復する手。

頭の中が真っ白になる。


「こんな所でイチャつくのは止めてください」

その声に私は現実に引き戻された。

……ケンさんの存在をすっかり忘れていた……。

ケンさんの声が聞こえた筈なのに、まだ私の唇から離れようとせず舌を動かし続ける蓮さんからなんとか顔だけ逃れて声のした方に視線を向けた。

そこには、さっきと同じ席に座り、頬杖をついているケンさん。

ニコニコと楽しそうな笑顔。

「……ケンさんいつからそこにいたの?」

「さっき」

「『さっき。』ってどのくらい前?」

「ん?どのくらい前かなぁ?俺が戻ってきた時には、美桜ちんは蓮とキスしてたよ」

……!!

やっぱり!!

「なんですぐに声を掛けてくれないの!?」

「『なんで?』ってそんなの見たいからに決まってんじゃん。それにしても、美桜ちんすごいね。中学生なのにエロ……うぶっ!!……」

「見せモンじゃない!!」

思わず私は目の前のおしぼりをお猿なケンさんに投げつけてしまった……。

それを見ていた蓮さんはお腹を抱えて笑いだした。

「美桜ちん、蓮にそっくり!!」

おしぼりを投げつけられたケンさんは一瞬驚いた顔をしたけどそう言って笑い出した。


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