エピソード2
翌日、私は施設内に鳴り響く正午を知らせるベルの音で目を覚ました。
結局、朝の8時までベッドに入る事が出来なかった。
夜、1人になるのが怖い。
眠る事が怖い。
それは、最近に始まった事ではない。
ずっと前から。
私の中にある記憶の一番古い頃から……。
私は、フラフラとベッドから出ると床に腰を下ろし、テーブルの上にあるタバコに手を伸ばした。
寝不足のせいで、気分は最悪。
だけど、今日は“あれ”を見なかっただけ、まだマシだ。
タバコのお陰でゆっくりと頭が動き始める。
私のすぐ傍にあったバッグ。
そのバッグに入っている缶ジュースが目に付いた。
蘇る昨日の記憶。
……蓮さんと約束したよね?
ふと視線を時計に移す。
「……やばっ!!」
私はタバコを揉み消し、部屋にあるバスルームに駆け込んだ。
◆◆◆◆◆
私が待ち合わせの駅に着いたのは、約束の時間の3分前だった。
施設を出るとき運悪く施設長に捕まってしまった。
帰る時間が遅い事を長々と説教された。
……あれさえ無かったらもっと余裕で着けたのに……。
改札を抜けると、昨日蓮さんと別れた所に白い車が停まっていた。
フルスモークのそれは、車に疎い私にもすぐに車種が浮かんだ。
車のボンネットの上にあるエンブレムが陽の光を受けて輝きを放っている。
“ベンツ”
その車が高級車だと言う事もなんとなく分かる。
その車に寄り掛かるように立ってタバコを吸っている人。
「……蓮さん?」
そこにいたのは、紛れも無く蓮さんだった。
蓮さんだと分かっても私は近付く事が出来なかった。
それは、車のせいかもしれないけど……多分、それだけじゃない。
よく分からないけど、雰囲気の所為かもしれない。
昨日の蓮さんとは、全然違う。
宙を見ているその眼は鋭く冷たい。
全身からは人を寄せ付けない威圧的な雰囲気が出ている。
現にこんなに人がいるのに、蓮さんの周りには不自然な空間が出来ていた。
行き交う人達は、暗黙の了解のようにその空間に近付こうとはしない。
そんな蓮さんを見た私の足は地面に縛り付けられているように動かす事が出来ない。
不自然な空間の中心にいる人が、ふと私に視線を向けた。
視線がぶつかり絡み合う。
次の瞬間、蓮さんの眼が変わった。
昨日と同じように優しくて、力強く自信に満ち溢れた瞳に……。
その瞬間、私は見えない何かから解放されたように、蓮さんの元へ駆け寄っていた。
「よう」
「おはようございます」
「もう昼過ぎだぞ」
蓮さんが呆れたように笑った。
「あっ!!そうか……じゃあ、こんにちは」
「はい、はい。なんか適当だな、お前」
「そうかな?」
「まぁ、いいけどな」
蓮さんが助手席のドアを開けてくれる。
私が座った事を確認すると、ドアが閉まった。
車内には、高級感が漂っていた。
……私なんかが乗っていいのかな……。
不安感に襲われながらキョロキョロと車内を見渡していると、蓮さんが運転席に座った。
「どこか行きたいところあるか?」
「う~ん」
こんな時、どこに行きたいって言えばいいんだろう?
他の女の子だったら、何て言うんだろう?
何かを決めたり、自分の意見を言う事はものすごく苦手。
何かを決めようとしても優柔不断過ぎて、考えが纏まる前に疲れてしまう。
人に自分を主張なんてしたくないから意見なんてないし。
「なぁ、美桜」
「うん?」
「お前って優柔不断だろ?」
「……!!」
……なんで?
そんな事が分かるの?
……実は、蓮さんは人の心の中が読めるとか?
「な……なんで分かるの?」
「うん?」
「実は人の心の中が読めるとか?」
私は、ドア側に寄って蓮さんと距離を取った。
「あ?そんな訳ねぇーだろうが。……てか、なんで俺から離れてんだ?」
「……心の中を読まれるかと思って……」
「って事は、お前は俺に読まれたらマズイ事を考えてんだな?」
「……!!」
「図星か」
鼻で笑う蓮さん。
「……別に読まれてマズイ事なんて考えてないもん……」
「本当か?」
ちょっと疑っている様な表情。
だけど、それは本気で疑っているんじゃなくて、私をからかっているような……。
「……からかわないで……」
その証拠に蓮さんは楽しそうに笑い出した。
「お前、面白ぇーな」
「……」
私なんて、全然面白くないし……。
そう言おうとしたけど止めた。
自分で言って、虚しくなるのが分かったから。
「俺のお薦めの場所でいいか?」
やっと笑いが収まった蓮さんが口を開いた。
「うん」
苦手な事から解放された私は笑顔で頷いた。
「分かった」
蓮さんがサイドブレーキを下ろすと、車はゆっくりと動き出した。
◆◆◆◆◆
車は繁華街を抜けてどこかに向かって走っている。
どこに行くのか気になったけど、私は聞かなかった。
昨日の事もあって蓮さんの事は信用出来ていたし、私の中の危険信号も今日は大人しかったから。
車は、人が多く高層ビルが密集する所を通り抜け郊外に向かっているようだった。
雲ひとつ無い空は青く澄みきっている。
昼間に外に出るのは久し振りだった。
外にいたら暑すぎて不快になるんだろうけど、車内にはクーラーが適度に効いている。
電車やバスにしか乗ったことのない私は車の乗り心地の良さな驚いていた。
電車やバスの気分が悪くなるほどの揺れに比べて、この車は蓮さんの運転が上手いのか、高級車だからかは分からないけど殆ど揺れを感じない。
シートも電車やバスとは比べ物にならない。
「昨日はまっすぐ帰ったのか?」
片手でハンドルを操りながら蓮さんが聞いてくる。
「うん」
私の答えに安心したような表情を浮かべた蓮さん。
その顔を見て、昨日感じた確証のない予想が確信に変わった。
……やっぱり蓮さんは私を帰らせたかったらしい……。
安全とは言えないあの場所に行こうとした私の心配をしてくれる蓮さんの気持ちはありがたい。
だけどあの場所が唯一の居場所の私は、素直に喜ぶ事が出来なかった。
「帰りたくなかったんだろ?」
またしても心の中を読まれた私は驚いて蓮さんに視線を向けた。
焦る私とは対照的に涼しい表情で前を向いている蓮さん。
右手でハンドルを握り、左手は肘置きの上に乗せられている。
その指は、車内に流れる音楽に合わせてリズムを取るように小さく動いている。
「……何で分かるの?」
「ん?顔だよ」
「顔?」
「お前の顔を見てたら何を考えているのかが分かる」
「……!!」
私は無意識のうちに両手で自分の顔を隠していた。
「なに隠してんだ?」
呆れたような蓮さんの声。
指の隙間から蓮さんを覗いてみた。
「お前、すげぇー分かりやすい」
「分かりやすい?」
「あぁ」
「……」
初めて言われた。
……っていうか、今まで私に関わった人達はみんな同じ事を言っていた。
『何を考えているのか分からない。』って……。
元々、自己主張は苦手。
しかも、口下手なのは自分でも分かっているから、自分から人に話掛けようとは絶対にしない。
『私はどうしたい。』とか『私はこう思う。』とか言った事すらない。
そんな私に人は『何を考えているのか分からない。』と言う。
……それでいい。
人に理解して欲しいとは思わない。
「そんなにショックか?」
顔は前を向いたまま、視線だけを私に向ける蓮さん。
「ショック……じゃない。ちょっとビックリしただけ」
「なんで?」
「初めて『分かりやすい。』って言われたから」
「は?初めて?」
「うん。『何を考えているのか分からない。』ってよく言われる」
私の言葉に蓮さんは不思議そうな表情を浮かべた。
でも、それは一瞬の事で……。
すぐに優しい笑みに変わった。
「そいつらは、美桜の事をちゃんと見てないから分からないだけだ。俺はお前の事をちゃんと見てるから分かる」
……蓮さんの言葉には何故か妙な説得力があった。
……あぁ、そうか……。
私は今まで人に自分の事を分かって欲しいと思った事がない。
そんな私を他人が分かろうとする訳がない。
人と関わる事を拒む私にきちんと向き合おうとする人がいないのは当たり前だ。
私がそう望んでいるんだから。
それじゃあ、蓮さんは?
私を『ちゃんと見てる。』って言った。
……って事は、私と向き合おうとしているの?
私の事を知りたいって思ってるの?
私の中の危険信号が微かな音を発した。
蓮さんはそれ以上、何も言わなかった。
私の顔を見て、そう望んでいる事に気付いたかは分からないけど……。
◆◆◆◆◆
しばらくして、車は静かに停まった。
着いた?
サイドブレーキを上げる蓮さんを見てそう思った。
蓮さんは、窓を少しだけ開けてタバコに火を点けた。
私は、窓の外に視線を向けた。
高台に停まっている車。
可愛らしい白い建物の駐車場。
その建物の入り口の花壇にはたくさんの向日葵が太陽に向かって咲き誇っている。
「今日、起きてから何か食ったか?」
声の方に視線を向ける。
そこには、いつもの様に優しい蓮さんの笑顔。
その笑顔を見ながら、私は起きてからの行動を振り返る。
「……そう言えば、何も食べてない……」
「やっぱりな」
蓮さんが大きな溜め息を吐いた。
「飯、食うぞ」
車を降りた蓮さんが助手席のドアを開けた。
私は、シートベルトを外して車から降りた。
助手席のドアを閉めた蓮さんが左手を差し出した。
昨日の記憶が蘇る。
私は差し出された手に自分の手を重ねた。
蓮さんの手が私の手を包み込む。
大きな手。
温かい手。
この手は、私に安心感を与えてくれる。
視線を上げると、そこには私を見つめる優しい瞳。
胸が高鳴り、息が苦しい。
なんだろう?
この感じ……。
「行くぞ」
蓮さんの声に私は頷いた。
◆◆◆◆◆
蓮さんが入り口のドアを開けてくれる。
「いらっしゃいませ!!」
店内にいた店員さんが笑顔で迎えてくれる。
店員さんが、窓際の席に案内してくれた。
中途半端な時間のせいか店内は空いていた。
メニューとグラスを私達の前に置いた店員さんは『お決まりの頃にお伺いいたします。』と言って席を離れた。
私は目の前のメニューを見て、やっぱり悩んでしまう。
そんな私を見て、蓮さんは笑いを押し殺していた。
「なんで笑うの?」
「いや、相変わらず悩んでるなと思って」
そう言いながらまだ笑っている。
私は、頬を膨らませた。
「で、何を食うんだ?」
「何にしようかな・」
「肉食え、肉」
「……お肉……」
「嫌いか?」
私は首を横に振った。
「なんか、食えねぇーもんあるか?」
「……にんじん……」
「にんじん!?」
「うん」
私が頷くと、瞳を丸くした蓮さんが声を上げて笑い出した。「……?」
なんで笑われてんの?
「やっぱりガキだな」
その言葉にショックを受けたり、ムカついたりするより、蓮さんの笑顔に釘付けになってしまった。
私は、自分の顔が熱くなるのを感じて思わず俯いてしまった。
グラスをテーブルに置く音が聞こえた後に、店員さんが近付いて来る足音が聞こえた。
店員さんと蓮さんが言葉を交わしている声を聞きながら、私は顔が赤くなっていない事を祈った。
店員さんがオーダーを取り終えて席を離れる頃には、顔の熱さも引いた。
だから、私は少しだけ顔を上げた。
視線の先には、やっぱり優しい表情の蓮さんが私を見つめている。
こんな表情の蓮さんを見ていると、さっき待ち合わせ場所で見た蓮さんは、私の見間違いだったんじゃないかと思ってしまう。
私は、目の前のグラスに口を付けた。
それから、何気なく窓の外に視線を向けた。
そこには、海と砂浜が広がっている。
海水浴を楽しむたくさんの人達。
その中で、私の視線は一組の家族に留まった。
若いお父さんとお母さん。
そして、ヨチヨチと頼りない足取りで、砂浜を楽しそうに歩く幼い子供。
お父さんが、波打ち際で両手を広げ子供を呼んでいる。
頼りない足取りの子供の後ろで、手を伸ばして心配そうに歩くお母さん。
子供は、お父さんの胸に辿り着くと嬉しそうに笑った。
そして、お父さんも笑顔で子供を抱きしめた。
その横で、笑顔のお母さんが赤ちゃんの背中を撫でている。
……幸せそう……。
私は、その家族から目が離せなかった。
「海、行きてぇーのか?」
突然、口を開いた蓮さん。
「え?」
「海に入ってみるか?」
私は首を横に振った。
「ん?嫌いなのか?」
「ううん」
「じゃあ、なんで?」
その質問に私は小さな声で答えた。
「……海には入った事がないから……」
一瞬、蓮さんが悲しそうな目をしたような気がした。
「したことがねぇーなら、してみようぜ」
優しい口調の蓮さん。
「で……でも、何にも準備してきてないし……」
「大丈夫だ。タオルは車にある。服が汚れたら帰りに買ってやるよ」
もう、断る理由は何もない。
海に入ってみたい。
そう思った私は、頷いていた。
それを見た蓮さんはなんだかとても嬉しそうだった。
「飯、食ったら行こうぜ」
子供の様に瞳を輝かせている蓮さんを見ていたら私まで楽しい気分になって笑顔になる。
「うん!!」
私は大きく頷いた。
◆◆◆◆◆
テーブルの上に並べられているお料理からは香ばしい香りが漂っている。
鉄板に乗ったステーキ。
サラダ。
スープ。
ライス。
その半端じゃない量に目を丸くする私。
いつもの私の食事の一食分じゃなくて一日分はある。
それだけでも驚いているのに……。
「お飲み物とデザートは食後にお持ちいたします」
笑顔でそう言い残して、テーブルを離れる店員さんの背中を呆然と見つめてしまった……。
そんな私に、蓮さんは涼しい顔で言った。
「いっぱい食えよ。成長期なんだから食わないと大きくなれねぇーぞ」
「……」
とりあえず私は、蓮さんの言葉を軽くスルーして両手を合わせた。
「いただきます」
「シカトかよ」
やっぱり蓮さんは楽しそうに笑っていた。
お料理はどれもが美味しかった。
……一つのモノを除いては……。
不名誉な称号を戴いてしまった可哀想なそのモノとは……。
鉄板のお肉の横に上品に佇んでいらっしゃるにんじんさん達。
その上品なにんじんさんは私に向かって有り得ない程の存在感をアピールしてくる。
主役のお肉さん以上に鮮やかな色彩で目立っている。
食べないとダメかな?
私は、蓮さんに視線を向けた。
「どうした?」
すぐに蓮さんは、私の視線に気付いてくれた。
私は無言のままにんじんに視線を向けた。
「あぁ」
蓮さんは持っていたフォークを私の鉄板に伸ばすと、にんじんをパクパクと食べ始めた。
……良かった。
私は胸を撫で下ろした。
……だけど……。
「……」
私の鉄板の上には一切れだけにんじんさんが取り残されていた。
……あの、まだいらっしゃるんですけど……。
私は、恐る恐る蓮さんの顔を見た。
すると、蓮さんは平然と言い放った。
「一切れぐらい食え。身長が伸びねぇーぞ」
「……!!」
このまま残しちゃおうかな。
……でも……。
蓮さんが、すっごい見てる。
何も言わないけど、目が『早く、食え。』って言っているような気がする。
……どうやら残す事は、許されないらしい……。
困った私は、にんじんを見つめた。
そして、ある作戦を思い付いた。
深呼吸をして、気合いを入れる。
勢い良くフォークでにんじんを刺し、口の中に放り込んだ。そのまま、にんじんが舌に付かないように気を付けながら、水で流し込んだ。
「よし!!食べれた!!」
私は勝ち誇った様に言い放った。
それを見ていた蓮さんは呆然としていたけど、すぐにハッと我に返った。
「『よし!!食べれた!!』じゃねぇーよ。ちゃんと噛めよ。喉に詰まったらどうすんだ?」
心配そうな蓮さん。
「大丈夫だよ」
笑って言う私に、蓮さんは呆れた様に笑った。
全てのお料理を何とか食べ終えた。
蓮さんがタバコに火を点けたから、私もタバコに火を点けた。
それを見た蓮さんは苦笑したけど、今回は何も言わなかった。
やっぱり食後のタバコは美味しい。
「これを吸ったら、食後の運動に行こうぜ」
「うん」
初めて誰かと過ごす事を苦痛だと思わなかった。
蓮さんはたくさんの“初めて”を私にくれる。
そんな、蓮さんに惹かれている私がいる。
……ダメ……。
関わり過ぎちゃダメ。
傷付くのは自分なんだから。
危険信号が徐々に大きく、強くなっていく。
……今日だけ……。
私は、自分にそう言い聞かせながらタバコを灰皿に押し付けた。
「行くか」
蓮さんが席を立つ。
「うん」
私も立ち上がり、バッグに手を入れた時、蓮さんが耳元で囁いた。
「財布なんか出すなよ」
私は昨日のファミレスでの事を思い出した。
バッグの中で掴んでいた財布から手を離し先を歩く蓮さんの後を追った。
◆◆◆◆◆
蓮さんが会計をしている間に、私は先に外に出た。
夏特有の強い日差しがジリジリと肌を焼く。
陽の光を浴びるのは久し振り。
私は、目を細めて空を見上げた。
『ありがとうございました!!』
店の中から声が聞こえ、ドアが開いた。
蓮さんが後ろのポケットに財布をしまいながら出てきた。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
蓮さんに頭を下げる。
「おう」
蓮さんは優しく笑っていた。
車からタオルを取り、駐車場から海に続く階段の前で、突然、蓮さんが立ち止まった。
「忘れた」
「何を忘れたの?」
私は、蓮さんの顔を見上げた。
蓮さんはタオルの入った袋を右手に持ち直し左手を私に差し出した。
その手に自分の右手を重ねながら私は言った。
「ここには、ナンパ男もキャッチ男もいないと思うよ」
「小せぇー事は気にすんな」
蓮さんが私の手を引いて歩き出す。
長い階段を降りると、レストランから見たときよりも減ってはいるものの、楽しそうに遊んでいる人達が目に付く。
砂浜に着くと、蓮さんは座り込んで履いていたスニーカーを脱ぎ始めた。
私も蓮さんの隣に座りサンダルを脱ぐ。
生まれて初めての砂浜。
そこに素足で立ってみる。
陽に照らされて、熱くなった砂の感触が足の裏から伝わってくる。
……なんか、変な感じ……。
その場で砂を踏んでみる。
……ん?
「どうした?」
蓮さんの声が後ろから私を包み込む。
「……」
何も答えずに足元を見つめる私。
「美桜?」
蓮さんが私の顔を覗き込んだ。
「……蓮さん……」
「うん?」
「砂ってくすぐったいね」
私が顔を上げると、蓮さんの表情が変わった。
心配そうな表情が消えて優しく穏やかな表情に……。
私達は、手を繋いで波打ち際まで行った。
規則正しいリズムで寄せては帰す波。
水面がキラキラと輝いている。
蓮さんの腕に両手で掴まりながら、恐る恐る海水に足を浸してみる。
ひんやりと心地いい感触。
「どうだ?冷たくねぇーか?」
「うん、気持ちいい」
それから、私達は日が暮れるまで遊んだ。
途中、トイレに行った蓮さんを1人で待っていたら、知らない男の子から『一緒に遊ぼう。』と声を掛けられた。
トイレから戻って来た蓮さんが低く不機嫌そうな声で、その男の子に『帰れ。』と言った。
その男の子は水着姿のまま大慌てで荷物を持って帰って行った。
『ここにもナンパ男がいたじゃねぇーか。』と言われた私は何も言えなかった。
それから蓮さんはずっと私の手を放そうとはしなかった。
蓮さんは、海に来ていた女の子達にものすごくモテていた。私に遠慮しているのか、直接話し掛けてはこないけど『あの人かっこいい!!』とか『一緒に遊びたい!!』とか、そんな言葉がよく聞こえてきた。
すれ違った後に、わざわざ振り返る女の子が何人もいた。
当の本人である蓮さんは全く気付いていないのか全然普通な感じだった。
……まぁ、昨日の繁華街でもすれ違う女の子達はそんな反応だったから、蓮さんは慣れているのかもしれない。
手を繋いでいるのが女の子達に申し訳なく感じたから、さり気なく放そうとしたら『なんで、放そうとしてんだ?』って怒られたから諦めた。
私は心の中で女の子達に『ごめんなさい。』って謝った。
日が傾き砂浜に人が殆どいなくなった頃、私と蓮さんは砂浜に並んで座りタバコを吸っていた。
「海、どうだった?」
「楽しかった」
「良かった」
「……ありがとう」
「あぁ」
照れた様に笑った蓮さん。
「そろそろ帰るか」
蓮さんは立ち上がった。
「うん」
私も立ち上がった。
今度は私から蓮さんの手を握った。
駐車場に続く階段を登って行く。
途中、私は立ち止まり振り返った。
茜色に染まる海。
多分、この海を私は一生忘れない。
「どうした?忘れ物か?」
蓮さんに尋ねられた私は首を横に振った。
「……とても楽しかった……」
そう呟いた私の頭を蓮さんは満足そうに笑って撫でた。
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