第5話.ショタコンの修行開始


 暴走で倒れ、家族と修行と体質について少し話し合った翌日。


「行ってらっしゃい」

「行ってきまーす!」


 母さんと私の天使リオに見送られ、私は昼ご飯のサンドイッチを入れたバスケット片手に家を飛び出した。


 母さんは私に昼ご飯を持たせてサラジュード師匠と食べるように、と言った。どうやら修行の対価について私が眠っている間に師匠と話し合っていたらしい。

 お金は受け取らないと師匠が言い張ったので仕方無く修行に行く日は昼ご飯を、と言うことになったそう。


 母さんのご飯は美味しい。私もこれがあれば修行がきつくても頑張れそうだ。



 師匠の家に着くと、師匠は家の前の切り株に腰かけて何か棒を削っていた。


「しーしょーー!」

「アイリーン、来たか」


 私は駆け寄って師匠の手元を覗き込む。大きな枝であったろう木の棒だ。まさかひのきの棒と言うわけでもあるまい、何だろうか。


「なんですか、これ?」

「わしの新しい杖じゃよ。この間、お主の頭を叩いたら折れての」


 どれだけ石頭なんじゃ、と師匠は言って木削りを続ける。杖なら魔法の杖だと思ったのに違うみたい。この世界の魔法は杖を使わないんだろうか。


「あっそうだ。今日から修行、よろしくお願いします!!」

「よし、では最初の課題じゃ」

「はい!」

「この森の奥に泉があるのは知っておるな? そこの水をあの木のバケツ十杯分汲んでこい」

「えーと、えっ?!」

「走るのじゃよ」

「あ、えー、それが修行?」

「わしにまた杖を折らせたいか?」

「ひえっ」


 行ってきまーす、と私は木のバケツを引っ付かんで駆け出した。泉の位置は知っているけれど、これが本当に修行になるの?

 歩いて戻ってきたら叱られて、日が暮れるまでに十杯分を汲むことと言われてしまったので走るしかなかった。



 時間制限ギリギリ、空が茜色になった頃に十杯目を運んできて師匠が指し示した大きな水瓶に水を入れた私は、全身の疲労でぶっ倒れた。

 走りにくい森の道の往復、重たい木のバケツの水運び、あちこちギシギシと油の切れた機械みたいになっている。


「ししょ……これ、何の、しゅぎょ……」

「これで倒れなくなるまでじゃな」

「ひぃ……」


 私は師匠が残しておいてくれたサンドイッチをぐにゃぐにゃになって椅子に座りながら食べ、ふらふらと帰宅した。

 私、何の修行してるんだっけ。水運びの選手になるんだっけ?



 翌日も、その次の日も……つまり毎日私は水運びをさせられた。師匠は杖を完成させて、私がひぃひぃ言って戻ってきては駆けていくのを見守り、にこにことサンドイッチを食んでいた。

 そんな師匠を最初は見る余裕もなかったのに、一週間続けさせられていたらいつの間にか睨むくらいはできるようになって自分の成長の驚いた。


「はぁ、はぁ……師匠、残しておいてくださいよ……」

「分かっておる。ほれ、あと三杯追加」

「ぐっ!!」


 糞じじい、と言いたくなるのを堪え(言えばおニューのアカシアに似た木の杖で頭をやられる。アカシアに似ているだけあって恐ろしく固い)私は駆け出す。


 一週間走って水を汲んでを繰り返しているうちに、気づいたこともある。


 まず体内の魔力を操作して、身体がなるべく楽な様にする方法を身に付けた。これのお陰で、走るのが大分楽になったし息切れも減った。

 それから少し、ほんの少しだけど体内魔力が増えたように感じる。増えたのに、先述の操作技術のお陰で暴れることもなく、むしろ感覚は鋭敏になっていた。


 多分、師匠がこの水汲みダッシュを私に課したのは、体内魔力の操作を自力で身に付けさせ、魔力の操作に慣れさせるためだと思う。

 最初からそう言ってくれればいいのに、とも思ったが「魔力の操作」云々と言われていたら、多分私はそれを意識しすぎて上手くいかなかっただろうなと考えた。


 ……師匠って、実はすごい人じゃない?


 それから更に一週間経つ頃には、私は少し息が上がるくらいで十杯の水を汲んで戻ってこられるようになった。



―――――………



 何だかちょっとあちこち逞しくなったなぁと自分の身体を見回して、私はほっと息を吐いた。

 世界での役割であるヒロインには相応しくないだろうけど、全く問題ない。どんどん逞しくなろう。

 ただ、あまり筋肉が付いたようには見えないんだよね。うーん、ヒロイン補正ってやつかな……微妙な気持ち。


「おねえちゃん、はいってもいい?」

「どうぞー」


 ベッドに腰かけて疲れた足を揉んでいたところにリオがやって来た。

 リオは、ちょこちょことひよこの様に近づいてきて私の隣に腰掛ける。そしてはにかみながら私を見上げた。


「しゅぎょーは、たいへん?」

「うーん、まあ大変だね。今までにないくらい沢山走ったから」

「まほうのしゅぎょー、だよね?」


 こてんと首を傾げるリオに私は内心悶絶しながら苦笑した。確かにどんな角度から眺めても魔法の修行には見えまい。

 私は重いバケツを運びすぎてマメが出来た手を眺める。リオは隣からそれを覗き込んで顔をしかめた。


「それでもね、色々、自分の身体について気づいたこともあるんだよ」

「いたそう……だいじょうぶ?」

「うん」


 修行の間に受ける小さな痛みは、修行をしなかった未来に受けるかもしれない大きな喪失の痛みの先取りなのだ。

 大切なものを失う痛みを小さく小さくして少しずつ先に受けることで、未来に大きな痛みを負わずに済むかもしれないから。


「これはね、とっても大事な痛みなんだよ」


 私はマメの出来た手でリオの頭をそっと撫でる。この手はヒロインの綺麗で可愛い手ではないけれど、リオを守る強い手になるんだ。

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