第6話.ショタコンの成長


 次の日、昼ご飯のバスケット片手にやって来た私を見た師匠は、眉根を寄せて私をじーっと観察し始めた。

 恐ろしく居心地が悪い。やめてほしいのだが、口を出せばその手にある杖が振られることは間違いないので口をつぐむ。


 じっと見つめられるのは苦手だ。理由は単純、私がショタコンになる原因となった爽やかイケメンペド野郎を思い出すからである。

 勿論師匠が私相手にそんな邪なことを考えるとは思っていないし、そもそも考えていたら何となく分かる。そう言う輩の考えは視線に現れるのだ。


「ふむ……そろそろ次の課題に移るとするかの」

「え? 本当ですか?!」


 思わず聞き返した私に師匠は頷く。


「魔力操作が上手くなっておる。どうやら自分で発見できたようじゃな」

「はい何となく。でも、暴走させずに外に出せるかは分かりません……」

「そうじゃな」


 私が眉尻を下げて答えると、師匠はさらりと肯定してダボダボの黒いローブの袖に手を突っ込んだ。

 何をしているんだろうか。しかし、よく見ると黒いフード付きのローブという師匠の格好はザ・魔法使いという感じである。

 ゲームで見た学園の制服はどうだっただろうか……全く記憶にございません。


 そして師匠が袖から取り出したのは、握り拳大の黒っぽい石だった。


「何です、これ?」

「さての。中身はお主の魂によって変わるものじゃ」


 私は両手を皿の様にしてそれを受け取った。意外に重たい。それにしても中身が変わるとは……? あまり詳しくないけれど宝石の原石みたいな感じだろうか。


「それに魔力を注ぐのじゃ。力と技が足りれば石は割れ、中の物が出てくる。その中の物はいずれお主を助けるじゃろう」

「中の物は決まっているんじゃないんですか? だって、もう石に包まれて……」


 シュレディンガーの猫でもあるまいし。


「変わるのじゃよ、アイリーン」

「……私が、変えるんですか?」

「その通り。さて、わしは昼寝でもする。励めよ」

「え?! 私一人で?! アドバイスとかは無いんですか?!」


 すでにくるりと背を向けて、家目掛けて歩き出していた師匠は「無い」とそのまま答えて行ってしまった。


 何てこった。

 少しくらいアドバイスなり何なりくれればいいのに……私は途方に暮れて、いつも師匠が腰掛けている切り株に座った。


 水汲みダッシュにはきちんとした意味があり、結果として私は体内魔力の操作が上手くなった。

 多分今回の課題も、何らかの意図があるに違いない。石に魔力を込めると言うことは、必然的に身体の外へ魔力を放出することになる。今度はそれを鍛えるということだろうか?


 考えたら駄目だ……アホになってとにかく打ち込むしかない。


 私は溜め息を吐くと、両手で包み込んだ石を睨んだ。


「絶対に、割ってやるからな!」


 ピシッ!!


「え……えぇ?!」


 気合いを込めて宣言したら、石に縦に真っ直ぐ亀裂が入った。水汲みダッシュをしている内に私の握力は石を素手で割れるくらいになったんだろうか。


 私はゴリラになったのかい、マイケル。教えてくれよ。

 いやいや、誰よマイケル。


 私は首をぶんぶん横に振った。そして恐る恐る、肉まんを半分に割るみたいにそっと両手を離していく。


 ああ、これは確実に真っ二つだ。


 黒っぽい石は、見事にパッカーンと割れていた。その断面の綺麗なこと。引くわ、私まさか本当にゴリラなわけ?

 その中から、コロリと何かが転がり落ちて足元の芝生に落下した。私は割れた石を取り敢えず膝の上に置き、落ちたものを拾い上げる。


「……綺麗」


 ごつごつした石の中にあったとは思えないほど表面がつるりとした水晶の結晶柱である。

 水晶の名の通り、水をそのまま固めてしまった様な透明な結晶だ。その中に金の針が何本も閉じ込められている。


 何て言うんだっけ、こう言う水晶……えーと、ル、ル……あ!


 金紅石入り水晶、つまりルチルクォーツである。

 私の手の中にあるこの水晶はそれほど金の針状の物が多いわけではなく、多分本物のルチルクォーツではないんだろうと思われた。


 こんなに早く割れるなんて……いや、そもそも何で割れたの?


 そう、私には石が割れた理由が全く分からなかった。ただ両手で包み込んで、気合いを込めて「割ってやる」と宣言しただけである。

 私は考えに考えたが(この間二十秒)答えは出ず、早々に諦めた私は割れた石と、出てきたルチルクォーツもどきを手に、師匠の元へ向かった。



―――――………



 最愛の姉であるアイリーンが元気良く出掛けていってしまい、リオは窓辺にくっついてずっと外を眺めていた。


(おねえちゃん、はやくかえってこないかな)


 姉は家族を守るために強くなりたいと言って、こっそり修行を始めようとしていたらしい。四歳でも、しっかり男の子であるリオにとって、それはとても悔しい話であった。


(ぼくだって、まりょくもちなのに。まだちいさいからって、しゅぎょーをやらせてもらえないんだ……)


 リオは唇を噛む。姉だって子供だ。自分よりかは年上だけど十三歳で、しかも女の子なのに。


(……なんだっけ、ししょーさんがいってたの。おねえちゃんは、とくべつなんだ。だからつよくならなきゃいけないのかな)


 リオは聡明な子であった。

 長いまつ毛に縁取られた菫色の目を瞬いて窓の外を眺める。その瞳には、年相応の幼い騒がしさがなかった。


(おねえちゃんがとくべつなら……おねえちゃんはやくそくしてくれたけど、もしかしたら……わるいおとながおねえちゃんをつれていっちゃうかも)


 リオの目がうる、と震える。しかし彼はふるふると頭を振って目を押さえた。


(ぼくはなかないぞ。みんなをまもろうとするおねえちゃんを、ぼくがまもるんだ。だから、ぼくもつよくなるんだ)


 そうは言っても涙を堪えるのは幼い子供には難しいことだ。リオは唇を引き結んで目をこする。

 その時、窓の外に見慣れないものが映った。人と馬。日光にきらきらと光っているのは銀の鎧だ。


(なに、あれ……)


 リオは何とも言えない不安に襲われ、窓を離れる。そのまま部屋を後にし、一階の食卓で繕い物をしている母にバレないようにそっと外へ出た。



―――――………



 私の手の中のルチルクォーツもどきを観察して、師匠は唸った。


「……『割る』と言ったら割れたのか?」

「はい……気合いを込める意味もあって、割ってやると宣言したんです」

「……中身は、一応完成されておる。つまりお主は正しく石を割ったのじゃ。だが……」


 私に背を向けた師匠は、ぶつぶつと何やら呟きながら歩き回っている。私は手持ち無沙汰にルチルクォーツもどきを手の中で転がした。

 適当にしているのになかなか落ちない。私に良く馴染んでいる、と感じた。やはり間違いなく私の魔力から生まれた、ということだろうか。


「これはまさか……いや……じゃが……失われたはず……しかし……」

「師匠……?」

「だとしたら……それは……」

「師匠!」

「っ!! ……すまぬ、何じゃ?」


 やっと返事がもらえた私は、震える指で窓の外を示した。そこには人を乗せた三頭の馬と、その周りを囲む数人の鎧姿。それが日光を反射して眩しく光っている。


「あ、あれは……」


 私の顔はきっと蒼白になっていることだろう。真ん中の馬上の人を見て、私は吐きそうになった。


 いやぁぁぁぁぁ、なんで、まだ、学園から入学許可書も届いてないよ! まだ、十三歳なんだよ! いぎゃぁぁぁぁぁっ!


 白に金の縁取りがなされた上質な服を纏った、さらりとした金髪に煌めく翠玉エメラルドの瞳をした美少年。


「まさか……レオン――……」

「ひぎゃっ、言わないで師匠! やめて、聞きたくない!!」

「ア、アイリーン? どうしたのじゃ?」

「駄目だ、師匠! 本当に駄目、アウトです!!」


 落ち着かせようとしてくる師匠に、私は鋭く呼び掛けた。

 駄目なのだ、まだ、まだ攻略対象と関わりを持つわけにはいかない。

 少しの接触が将来にどんな影響を及ぼすか分からないのだ。蝶の羽ばたきの様に、小さな出来事が嵐の様な大事件を起こすときがある。


「隠れてていいですか?!」

「あ、ああ……そうじゃな。わしもはなからそのつもりじゃ」


 その返答に「ありがとうございます」と礼を言って、私はクローゼットに飛び込んだ。私がクローゼットを内側から閉じると同時に、師匠の家の扉がノックされた。

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