第11話 八月七日 3

 夜まで時間は十分にあったが、ナツに「明日に備えるべき」と逆に説得されてしまい、ナツの身体を探す時間は持ち越しになった。

「ごめん、明日もナツの身体を探せそうにない」

「いいんです。私もシロさんたちに上手く行ってほしいです。それに街に行けば何か私の手がかりが見つかるかもしれません」

 ナツから前向きな発言が出るとは意外だった。ユキは思わずナツを見る。

「?」

「なんでもない。そうだな、確かに何か転がっているかも」

 本人に自覚はなさそうだが、ナツは変わってきている。

「だけど、私の身体を探す時間が少なくなればなるほど、それだけユキ君に憑く時間は長くなるってことですよね……」

 申し訳なさそうな上目遣いにユキは噴き出した。

「気にすんなって。俺の都合も多分に含まれているんだから。それに俺はむしろ光栄さ。美少女と寝起きを共にできるんだから」

 本音を含ませたユキの冗談にナツは顔を真っ赤にさせて黙り込んだ。気まずい沈黙がユキにも恥ずかしさを感染させる。

「えっと、冗談だから……」

「別に嫌ってわけじゃなくて……」

 むずがゆい空気がしばらく部屋を占領していたが、文庫本を開いたユキが一声、「本を読もう!」と力技で終わらせた。

床に寝転がっての読書が心地良いのに加え、やはり消耗も激しかったのかもしれない。ナツが本を読みながらうとうとと舟を漕ぐ場面が何度かあった。それでも昼寝を拒んだのは一種の意地だろうか。夜の食卓で流れるテレビの気象情報では、明日の天気は全国的に猛暑が続き、気象予報士が熱中症に注意と何度も呼びかけていた。

 就寝前、ユキたちは簡単に明日のシロとシズクの行動予定をおさらいした。設定はベタだが、『街で偶然出会ったふたり』だ。ユキがシロと、イノがシズクとそれぞれ映画を観に行く約束を取り付けてある。シロたちが出会う前にユキとイノはねつ造した占いをあらかじめ吹き込み、(シズクには『今日は素敵な出会いがあるかも』、シロには『意中の子への告白に絶好の日』、だ)そして映画館の前でばったり……というスタートだった。

「出来過ぎでバレちゃうでしょうね」

「いいんだよ。荒療治だけどそうでもしなきゃ夏休みに進展はありえない」

「優しいですね」

 ベッドの上からナツが微笑む声が床で寝るユキの耳に落ちてくる。

「たった一度の高一の夏休みだよ? 後悔させたくない」

「なら、ユキ君は?」

「俺? 俺はモテないから」

「……優しいのに」

「優しいってズルい言葉だよ」

 ユキはひらひらと手を振り、嬉しくない褒め言葉を受け流した。

 ナツは何がズルいのか理解できていない様子だったが、特別気に留めることもなく、ベッドから身を乗り出し、髪を揺らしてユキを覗き込んだ。

「明日ですけどっ、私やってみたいことがあるんです」

「試したいことの次はやってみたいこと?」

「はい、――」

 ナツの提案に、ユキはにやりと笑う。

「いいね、それ」

「そこまでたどり着けばの話ではあるんですけど」

「たどり着いてみせるさ。そうでなきゃ明日の意味がない」

 ユキは天井へぐっと手を伸ばし、開いた五指を拳に変えた。

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