美味しいものは心を救う(メロンクリームソーダ)

 


 


 楽しみすぎて落ち着かない。だってずっと来たかった、クリームソーダが名物の喫茶店に来たのだ。何色もあるカラフルなクリームソーダが有名だけど、私が注文したのは昔からある緑色のベーシックなメロンクリームソーダだった。

 とりあえずはやる気持ちを抑えるために、私は店内を見回す。レトロな雰囲気の店内は満席で、楽しそうな声しか響き渡っている。

 そんな中で、仲良しの三十代ぐらいと思われる女性たちの話が聞こえてくる。声は抑えているけれど、隣の隣の席に座っていた私には内容が筒抜けだった。どうやらイケメンの定義を話し始めている。イケメンってなんだろうなぁ、と思う。人それぞれ感じ方なんて違うから、イケメンの話を振られても答えようがない。よくよく聞いていると、婚活の話のようだった。彼氏が欲しいとか結婚したいとか、そんな話題。

 私も彼女たちと同年代で、恋愛関係の話はとんと疎遠になっている。というのもこの系統の話は、結婚した女性はあまりしないほうがいいのだ。マウントをとっていると思われかねなくて、そもそも私の生活は旦那ありきなので、普段の話題を話すだけでマウントと受け取られかねない。どうしても結婚したことで、多少なりとも生活が様変わりしてしまう。意識していなくても生活の話が出てしまうのは、仕方のないことなんだけど、一部の女性には全く通用しない光景もあるのだ。

 いけないいけない、嫌な思い出を引っ張ってこなくてもいいよね。

 せっかく念願の店に来られたのに、鬱々とするのは勿体ない。

 もう一度店内を見回して、あちこちのテーブルに置かれたクリームソーダを眺める。緑だけではなくて、赤とか黄色とか青とか、目で楽しめるデザートっていいよね。

 

 こうして気持ちを落ちつかせることに失敗した私の目の前に、ようやくメロンクリームソーダが運ばれてきた。店のロゴが入っている紙のコースターの上に、緑色のソーダが注がれたグラスが着地した。ガラスには水滴が浮かんでいて、緑の透明なソーダが見える。そしてその上に乗せられた、バニラアイスとさくらんぼ。もう完璧すぎる、理想的であり想像した通りのメロンクリームソーダだ。パフェ専用の長いスプーンも用意されている、これでアイスをすくうしかない。

 まず私は刺さったストローに口をつけて、少し強く吸い込んだ。すると炭酸特有のシュワシュワとした泡が口の中を支配して、そのまま喉へと流れ込んでいく。心地よい清涼感に目を細めつつ、私は甘ったるい味に浸った。メロンという名がついているのに、メロンの味とも違う味わい、そういえばメロンパンもメロンの味がするわけではないとか、余計なことを考え始めてしまう。いけない、まずは目の前のメロンクリームソーダに集中しなければ、メロンクリームソーダに失礼である。

 喉を炭酸で潤すと、私はスプーンで少し溶けかけたバニラを慎重にすくいとった。欲張ってたくさん取ると、アイスの塊ごと取れてしまうのよね。……経験があるから、二度と過ちは繰り返さない。

 そしてスプーンでアイスをすくいとるのに成功して、どうしても笑みを隠すことはできなかった。うまくいったのがとても嬉しい。

 店内だけど上品に食べることなんてしない、ぱくっと口に入れると炭酸とはまた違う、甘い甘いバニラアイスの味が広がっていった。冷たくて一瞬身震いするけれど、それは本当に一瞬だった。濃厚で舌先で溶かすように食べると、味が薄まっていく。その過程も美味しくてたまらない。

 それからまたストローでソーダを飲んで、アイスを食べてを繰り返す。何という至福の時間だろうか。この味はなかなか再現できないんだよね、グラスとかどこに売ってるのかな、探せばあるかもしれないけれど、使用頻度を考えたら購入するのに躊躇してしまう。店の雰囲気も重要だ。

 ああ、もうさっきの嫌な話が幸せで流されていく。美味しいものは偉大だと思う、嫌なことも忘れてしまうほど、美味しい食べ物に身も心も支配されてしまうから。

 だんだん少なくなってしまうソーダ、氷は溶けたバニラで白く染まっていて、途中で引っかかっているさくらんぼをスプーンで救出する。

 手が汚れるとかは気にしていない、手で取れる位置まで運んで、茎をつまんでソーダに浸って柔らかくなったさくらんぼを、まるごとそのまま口に入れた。うん、あまり味がない。ほんのりさくらんぼの味がするけど、そのまま食べるのとは味が違う。でも、これがクリームソーダに沈んださくらんぼの味だと思う。

 あとは種を口から出して、茎と一緒に紙ナプキンで包み込んで……グラスの底にわずかに残ったアイスが混ざったソーダをストローで吸った。氷で味は薄まっているけれど、これはこれで美味しい。でも名残惜しい。

 もう一杯飲みたい衝動に駆られるけれど、お腹が冷え切ってしまうのでここは我慢だ。


 ああ、美味しかった、ご馳走様でした。今度旦那を連れてきてあげよう、お洒落で気後れするとか言ってたけど問答無用で連れてくる。お洒落な雑誌に掲載されていた喫茶店のクリームソーダだったから、女性が多いと勘違いしただけっぽいし。だってよくよく店内を眺めると、男女問わずいろんな人がいたから。

 イケメンの話をしていた人たちも、気づいたらおいしいデザート話に花を咲かせている。楽しそうな声は聞いていて楽しい。

 ……あ、クリームソーダの写真撮り忘れた。これは旦那が落ち込みそう、店には行きづらくてもクリームソーダは飲みたかったらしい、写真見たいって言ってたなぁ。

 けど今度は連れて行くと決意したから、その時二つのグラスを並べて写真を撮ればいいんだ。

 そう思いながら、私はいそいそと「美味しかったよ」と旦那にメールを来るのだった。

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喫茶のワンシーン ~One scene of cafe~ うめおかか @umeokaka4110

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