大人になったご主人様

 そして21歳頃になると、子爵ルシウスに、愛らしい少年らしさはもうどこにもなかった。


 まず、劇的に背が伸びた。

 リースト伯爵家の兄伯爵カイルや兄弟の父親も長身だが、彼らに並ぶほどだ。


 体格も、大人の男に相応しい鍛えられた筋肉を纏い、Sランク騎士にして冒険者の魔法剣士の名に恥じない貫禄を身につけていた。



(もおー! 逆三角形の上半身! 細腰! 引き締まった尻に長い脚! 一口、一口だけでいいから齧りたいっぺ!)



 なお、この頃になるとインスタント魔法騎士として魔力使いや武術の訓練を義務化されていたユキレラも、似たような体格になっているのである。




 そして、童顔で幼い印象だったものが、年相応のキリリと引き締まった顔つきになった。


 ただでさえ麗しの美丈夫なのに、威圧感まで漂わせているルシウスは、元からの有能さと併せてあっという間に貴族社会で頭角を現していくことになる。


 見るからに『只者ではない』ルシウスを誘拐したり舐めた態度を取ろうなどと思うものは、少なくとも国内ではもう二度と出てこないだろう。


 そうあってほしい。




「大人になりましたよね、ルシウス様。立ち居振る舞いもご立派になられて」


 子爵邸での執務の休憩時間にお茶をしていて、ふとそんな話題になった。


 今日のお茶請けは、先日甥っ子のヨシュア坊ちゃんが差し入れに持ってきてくれた、母御の伯爵夫人お手製、木の葉のシュガーパイである。

 サクッと軽い食感とバターのコクがとても美味しい。


 あの天真爛漫なルシウス様も可愛らしくて大変良かったが、今のご主人様の大人の男の色気もとても良い。

 ぶっちゃけると、ユキレラはルシウスなら何でも良い。


「ふふ。こういう言動や立ち居振る舞いは、実の姉をトレースしたのだ。なかなかの威厳と貫禄だろう?」

「あ、ハイヒューマンのですか? お父上やお兄様を参考にしたのかなって思ってましたけど、そっちだったんですね


 ルシウスの一番の秘密は、既に滅んだ人類の古代種、ハイヒューマンの生き残りということだ。

 彼はもう何千年も前に、魔法樹脂に封入されて現代に甦った希少種なのだ。




「見てごらん、ユキレラ。これが私の実の家族たちだ」


 ルシウスは腰の辺り、ポケットからだろうか?

 指でひとつまみできるぐらいの、透明な楕円形ぽい小物を取り出した。

 よくよく見ると、それは魔法樹脂で作られた松ぼっくりだった。


「私が生まれた場所は松林が多いところでな。母は私を身籠もっているとき、強壮剤として松葉や松脂を食べていたんだ。松は一族を象徴する樹木だった」


 こんなふうに、と目の前に透明な松ぼっくりを翳して見せた。

 そして実務机の上に置いて、自分のネオンブルーの魔力を流し込んだ。


「これは……!?」


 空中に浮かんだのは、ルシウスによく似た青みがかった銀髪の三十代後半くらいの男女の姿だった。


「これが実の両親」


 しかも映像は動いている。

 どうやらこの魔法樹脂の松ぼっくりは、映像機能のある魔導具のようなものらしい。



(こんな高機能な魔導具があるなんて話、きいたこともねえ)



 ただ、映し出されている人物は何か喋っているのだが、円環大陸の共通語ではなく、意味が聞き取れない。


「これが、姉」


 ルシウスが松ぼっくりを指先で軽く突っつくと、映し出される映像が変わった。

 今度は同じ青銀の真っ直ぐな髪が腰より長い、ユキレラたちの瞳と同じ薄い水色のドレス姿の美少女だった。

 ちょっとだけ垂れ目の愛くるしい顔立ちの少女ではあったのだが。


「なるほどお……」


 この美少女の顔つき、口調、そして身振り手振りなどが、確かに今の大人となったルシウスにそっくりだ。

 顔立ちだけ見れば小動物的な可愛らしさなのに、眼光が鋭く、無表情になって他者を見つめるときの圧がものすごい。


「姉だって、元は無邪気で天衣無縫という言葉が似合う人だったんだ。だが一族の長に就任してからは、自分を抑制して感情を表に出すことがなくなった」


 そうして身につけたスキルや属性に、“冷徹”や“威厳”があるという。


 今のルシウスも身につけているスキルだ。

 社会的に活発に活動するようになった現在、ほぼ常時発動だそうな。




「ルシウス様、そろそろ秘密の出し惜しみは終わりました? これで全部ですよね?」

「……さてな」


 あ、これまだ隠してるやつですね。


 ちょっと目線が泳いでます。


 まあでも、生涯お側におりますので、一生かけて開示してもらおうと思うユキレラなのだった。


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