一発ぐらいヤりたかったです、ご主人様!

 ユキレラの義妹アデラによる誘拐事件も片付き、王宮でのプロポーズ事件も落ち着いた頃。


 ユキレラのご主人様ルシウスはしきりに、「大人になりたい」と言うようになった。


 それを仲の良い王族の皆さんの前で言った結果。

 何と生ける伝説の先王ヴァシレウス大王に高級娼館に送り込まれ、問答無用で筆下ろしさせられたらしい。

 そう、あの甥っ子ヨシュア坊ちゃんの幼馴染み、王弟カズンのお父上に。


 ユキレラは湖面の水色の目ん玉が飛び出るかと思うほど驚いた。


「ルシウス様、童貞だったんですか!?」

「……別に。必要なかったから、そういうことしなかっただけだし」


 ルシウスはちょっとだけ不貞腐れていた。

 もう今どきは、王族やその婚約者でもなければ、貴族でも婚前に性行為の経験があっても非難されることは少ない。

 ご主人様はとてもモテるし、絶対経験者だと思っていたのに。


 ユキレラなど、ど田舎村では相手がいれば遊んでいたので、ご主人様のストイックさにはビックリである。




 ちなみに高級娼館ではユキレラもご相伴に与って、自分だけでは一生縁がないだろうな、という極上のお姉さんに可愛がられてしまった。


「もうーもうー! これで男が抱けなくなったらどうしてくれんのすけ!?」

「あら可愛い。それがど田舎弁なの?」


 ユキレラもそれなりに経験豊富だと思っていたが、玄人には敵わなかった。


 大人のエッチに慣れたユキレラですらこうだったので、ルシウスはもうひとたまりもなかったようだ。




 それで味をしめたのか二十歳過ぎ頃まで特定の相手を作らないまま遊んでいたご主人様だったが、あるとき、


「飽きた」


 とだけ言って、それまで身体の関係があった全員を切った。


 その時点でルシウスが関係を持った相手は老若男女、多岐にわたる。

 基本的に余計なしがらみを作らないよう、国内の貴族とは関係を持たないよう気をつけていたようだ。



(残念、セフレの皆さんはルシウス様のお相手にはなれなかったみたいだっぺ〜)



 その代わりに、ルシウスの相手には何と他国の王族や要人までいた。

 さすがに国交断絶した、かつて公開プロポーズをやらかしたタイアド王国の王族以外だったけれど。


 それで、もしや勢いで押せばイケるか!? とユキレラはご主人様にチャレンジしてみたのだが。


「ルシウス様ぁ。男もイケたならオレとも是非一発」

「飼い犬とまぐわうつもりはないが? 忠犬はやめるのか? ユキレラ」

「!???」


 などという究極の選択を迫られ、ユキレラは三日三晩悩み抜いた。


 三日目の朝、憔悴してフラフラになったユキレラは、三日三晩考え抜いた結論をご主人様に伝えた。


「ルシウス様。このユキレラ、これからもお側で飼ってほしいワン」

「わ、ワンって! その芸風、まだ続けるのか!」


 ご主人様が爆笑している。


 ユキレラは自分の唯一であるルシウスを飼い主、自分自身をその飼い犬というジョーク発言を繰り返している。

 結局、そういう立ち位置がいちばん美味しいと判断したのだ。


「一発やったら捨てられそうな気がしたんですもん……。今さら、野良犬には戻りたくないです」

「ふーん」


 もうど田舎村にも帰る場所はありませんしね。


 ちなみにルシウスが関係を持った他国の王族や要人などは、大半が肉体関係がなくなっても友人で居続けたいと食い下がったそうである。


 このときの人脈が太くて有用なため、子爵ルシウスは彼らの国と外交したり、使者らを接待したりするときは、何かと上司の王太女に駆り出されることになる。




 ご主人様ルシウスの変化はそれだけではない。


 劇的に背が伸びた。

 気づくと、とっくに成人していたユキレラや、兄のカイルに並ぶほど。


 子供っぽい言動もいつの間にかなくなっていて、変わりに威厳と威圧感を纏うようになった。


 ルシウスの周囲には見本になる大人が多い。

 特にアケロニア王国の王侯貴族は、普段は気さくでも、公の場では厳然たる身分制度と社会的なランクがある。

 そういった外向きの皮を作るのに、兄のカイルや父親のメガエリス、親しい王族の皆さんなどを参考にして立ち居振る舞いを吸収していったようにユキレラには見えた。


 もっとも、プライベートでは時折、ユキレラにいつもの甘ったれた様子を見せていたけれども。



(ユキレラは飼い犬なので! ドッグセラピーどんと来いだっぺ!)



 自分にだけ甘えた姿を見せるというなら、それはとても光栄なことだとユキレラは思った。


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