ユキレラ、魔法剣士デビューしました!
誘拐事件のあと、三日ほどでルシウスは通常通りに回復したのだが、兄伯爵のカイルは弟とその忠犬が子爵邸に戻る許可をなかなか出さなかった。
「またオレの知らないところで誘拐されたらと思うと、心臓がいくつあっても足りない。ブリジットも心配しているんだ、まだしばらくは実家にいなさい」
そう言って、リースト伯爵家の本邸に留まるようにとの命令だった。
ちなみにブリジットというのがこの兄伯爵カイルの妻で、ヨシュア坊ちゃんの母御である。
「でも。兄さん、僕のこと嫌いでしょ」
だから実家にいないほうがいいんじゃないか、と遠慮するルシウスだったものの。
「別に嫌ってなんかいない。お前はオレの弟なんだからな」
「……ありがと」
カイル伯爵の妻ブリジットが、そんな兄弟のやり取りを見て、ホッとした顔で胸を撫で下ろしている。
わかる。この兄弟すごく心配ですよね。
ところで、ユキレラをリースト一族に迎え入れるにあたって。
本家筋の三人即ち前伯爵メガエリス、現伯爵カイル、その弟子爵ルシウスは話し合いをしていた。
「ユキレラ君は魔力値5か。平均値だが傍系の子孫にしては悪くない」
「知性と人間関係の数値も高めですね」
ただ、問題もある。
「ユキレラ、人間性低いんだよなあ〜」
これにはご主人様のルシウスも苦笑するしかない。
数値は3。これも他と同じで十段階評価でだ。平均値が5なのでそれを下回る。
人間性の値は主に他者など自分以外のものへの思いやり度を示す。
これが1だと完全な自分本位の自己中なので、雇われ仕事は無理だ。3ならギリギリ許容範囲といったところか。
「幸運値が高いからバランス取れてる感じか」
「7は高いのう。この数百年で一番かもしれぬ」
リースト一族は、魔力値や知力、知性値の高さで知られる一族だが、反面、幸運値の低さでも有名だった。
幸運値とはラッキーに恵まれるというよりは、外運と呼んだ方が正しい数値で、他人や環境からの助けが得られやすいかどうかを判断する指標だ。
「それに、特記事項『ルシウス様大好き!』これはこれは……」
うくくく、とご老公メガエリスとカイル伯爵が笑いを堪えきれていない。
当のルシウスは憮然とした顔になっている。
被雇用者、つまり雇われ人は雇い主に基本ステータスが筒抜けになる。
そのため、名前や出身地、学歴などの出自を隠すことはできない。
基本ステータスにはテンプレートがあって、人物鑑定スキルの持ち主からの鑑定や、鑑定用の魔導具で読み取ることが可能だ。
項目は主に、名前、所属(出自)、称号。
数値は体力、魔力、知力、人間性、人間関係、幸運が十段階評価で表示される。
そして雇い主が人物鑑定スキル持ちの場合、被雇用者のステータスはいつでも任意で鑑定可能となる。
このリースト伯爵家の本家筋は、鑑定スキルのうち魔法鑑定と物品鑑定スキルを保持する。
次男ルシウスは十代半ばのとき事情があって他国で冒険者活動をしていたことがある。
そのとき出会った他の冒険者から人物鑑定スキルの上級まで伝授を受ける幸運に恵まれた。
帰国してから兄と父親に自分からスキル伝授して、兄は適性がなかったが父親のメガエリスは初級を獲得するに至った。
で、父親のメガエリスがユキレラを人物鑑定スキルで見たところ、特記事項に『ルシウス様大好き!』とあったものだから、ふさふさのお髭が抜け落ちそうなほど驚いた。
そう、ルシウスがいなくなった! とユキレラがリースト伯爵家に駆け込んできたあの日のことだ。
こりゃあ試用期間などと言わずに、とっとと正規雇用でも問題なかろう、という判断でメガエリスはユキレラにリースト伯爵家の軍服を着せたわけだ。
リースト一族は執着する相手に忠実で誠実なことが多いし、滅多なことでは裏切ることもない。
傍系子孫でも気質までしっかり受け継いでるじゃないか、と感心したものである。
「まあ、とりあえず」
よく似た親子三人は顔を見合わせた。
「魔力値5なら、魔力使いの修行をさせるとしよう」
現伯爵で当主のカイルが決定した。
前伯爵メガエリス、弟子爵のルシウスも否やはない。
「ユキレラ、魔力を使う訓練をするよ」
リースト伯爵家の本邸にいる間、ご主人様ルシウスからそう言われた。
「えっ。オレ、魔力なんて」
そもそも、庶民は魔力値が低いことが多いし、鑑定を受けることも滅多にない。鑑定スキル持ち自体が貴重なので。
ユキレラも故郷のど田舎村にいたとき、魔力を意識することはなかった。
確かに先日受けた人物鑑定では魔力値があったものの。
「一族の誰でもいい、魔法剣を分けてもらえばすぐ魔法剣が使えるようになるよ」
「そんなお手軽なんですか!?」
これにはユキレラもビックリした。
修行ってこう、なんか滝に打たれたり焼けた炭の上を歩かされたりとかそんなんじゃないの???
と思っていたら、あれよあれよと言う間に本家の御当主様たちが中庭に集まってきた。
次期当主のヨシュア坊ちゃんも母御に抱っこされてやってきた。
「我らで話し合いの結果、お前に一族の魔法剣を授けることにした。老い先短い私からが良いだろう」
杖をついていたお髭の前当主のご老公メガエリスがトン、と軽く杖の先で地面を突くと、透明で光を乱反射する剣を次々に地面へと突き刺した。
その数、8本。
だが、そのうちの数本を引き抜こうとしたところを、息子でご当主のカイル伯爵が止めていた。
次の瞬間には、空中に大小さまざまな、やはり光を乱反射する剣が出現している。
ざっと見て50本近くある。これがカイル伯爵の魔法剣なのだろう。
息子のヨシュア坊ちゃんが、湖面の水色の瞳をキラキラさせて歓声をあげている。
わかる。ものすごく綺麗な光景ですよね。
「いや、父の魔法剣はオレが貰い受けたい。ユキレラ。お前には代わりにオレから2本授ける。……一族の同志としてこれからよろしく頼むぞ」
「は、はいっ」
あまり表情が動かず淡々とした口調のカイル伯爵だが、魔法剣を手渡してくれるときは丁重だった。
「わ、わわっ、魔法剣が!?」
受け取った2本の魔法剣は、柄を掴んだと思ったらそのままスーッとユキレラの手の中へ消えてしまった。
「自分の中の魔力を意識してみて。金剛石で光る魔法剣が目の前にあるとイメージするだけだよ」
「あ、出た」
滝行や火渡り修行のような過酷な訓練は何ひとつ必要なかった。
まさか、こんな簡単に魔法剣士になれるとは!
何度も出したり消したりを繰り返してしまった。楽しい!
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