ユキレラ、スキルアップ!(そしてアキレア母ちゃんの思い出)

 誘拐事件のあと。


 既に成人して、実家の伯爵家から子爵位を譲り受け独立していたルシウスだが、身体から薬物が抜けるまでは実家の世話になることにしたようだ。


 最低、数日はベッドの中で安静にとのこと。


「おじさま、だいじょぶ? いたいいたい?」

「大丈夫だよ、ヨシュア。すぐに元気になるからね。そしたらまた遊ぼ」

「はいっ」


 甥っ子の可愛いヨシュア坊ちゃんが毎日、母御の伯爵夫人と一緒にルシウスの部屋までお見舞いに来てくれた。


 もう少し元気になったら、一緒に王弟カズンにお手紙を書こうと約束している。


 そして朝か晩、一日一回は兄伯爵のカイルもルシウスを見舞ってくれている。


 大して言葉は交わさないんですけどね。


 不器用な兄弟だとユキレラは思った。




 ルシウスが実家にいる間、ユキレラも側使えの世話役として滞在させてもらうことにした。


 ついでだから、侍従としての指導を“心の生き別れの兄ちゃん2号”の執事長から受けることにした。

 どうせずっと秘書として側にいるのだ。侍従スキルや秘書スキルもあって損はない。


 というわけで、ユキレラには従僕スキル以外に、ばっちり侍従スキル(従者スキル)、執事スキル、秘書スキルが生えた。

 どれも初級なので、あとは実務経験を積んでいけばランクアップしていくとのこと。


「それと、知識面の補強ね。ユキレラ君、故郷じゃ学校の高等部まで卒業してるそうじゃないか。何で商店の雇われ店員なんかで満足してたんだい」


 とは、どんっと大量のテキストを積み重ねてくれたリースト伯爵家の執事長様のお言葉だ。


 この執事長様もリースト一族の出身だそうで、いま五十代の彼も青みがかった銀髪を後ろに撫でつけ、銀縁のスクエア眼鏡をかけた、イケジジになりかけのイケオジ。


 王都の王侯貴族や裕福な庶民の通うエリート様の王立学園ほどでなくても、国内で高等学校まで出ていれば、庶民の最高学歴だ。


 しかも、リースト伯爵家に提出された労働者ギルド経由での履歴書では、次席つまりナンバー2の成績で卒業したとある。

 この優秀な成績なら、民間就職ではなく、役人を目指すのが妥当だ。


 それに、王立学園の学園長エルフィン氏に鑑定してもらったステータス鑑定でも、ユキレラの知性値はかなり高めの8だった。10段階評価の8はかなり高い。


「あー……。うちの父ちゃん母ちゃん……いえ、父と母が立て続けに亡くなった頃と卒業時期が重なってしまって。気づいたら役人の登用試験の申し込み日、過ぎてました」


 てへぺろっと笑うユキレラに、執事長様が微笑む。


「ご両親とは仲が良かったのだね」

「ええ。まあ、母親の方は継母だったんですけどね。大好きだったんです」


 ユキレラが最初に大好きになった人だ。


 アデラと同じ赤みの強いストロベリーブロンドと青銅色の瞳の愛らしい人だった。


 ただし、縦にも横にも大きな、いわゆる肝っ玉母ちゃんだったけれど。


 初めて出会った日が父親との再婚の日で、休日の朝、遊びに行こうとしたところを捕まって村の公民館に連れて行かれたと思ったら再婚同士の結婚式の宴会場だったものだから、本当にたまげた。

 ユキレラは14歳、義妹となるアデラは10歳のときだった。


 当時、多感な年頃で、村の中の人気の少ないところを探しては独りで読書したり、何もせずボーっとしていたユキレラだ。

 それを、いつも不思議と探し出しては「ユキレラちゃん、腹減ってねが? 芋あるで蒸かしたの!」などと口に芋を突っ込んでくるのがアキレアという継母だった。


 それで、もぐもぐし終わった後のユキレラを満足そうな顔で眺めて、両手で両頬をむにむにっと揉んで、最後にパシっと軽くはたいてくる。


 後は、ユキレラの派手で目立つ青みがかった銀髪頭をちょっと痛いぐらいの力で撫で撫でして、一緒におうちまで帰るのだ。


 そう、亡くなった実母にも、当時まだ健在だった父親にも似ていない、この青銀の髪を。


 幸い、薄い水色の瞳は父親と一緒だったので亡き母親の不貞を疑う者はいなかったのだが(そもそもど田舎村では浮気などしようものなら秒速で人々に伝わる。娯楽として)、両親どちらにも似ていないこの髪色は長いことユキレラのコンプレックスだった。


 それからは、継母と義妹も含めた家族団欒にも積極的に参加するようになった。


 継母アキレアにとっては、良い息子であるように。

 義妹アデラにとっても、良い兄であるように。




 思えば、ユキレラが男女問わず遊びまくるようになったのは、父親の後妻、継母のアキレア母ちゃんまで亡くなってしまった後からだ。


 それまでは、母ちゃんに褒めてもらえる品行方正な息子だったのになー。


 あとは、義妹アデラの嫁入りに備えて早く金を稼がねばならなかった。


 役人を目指す場合、下積み数年間は給与が雀の涙。

 商店の雇われ従業員のほうがマシなほど。


 ど田舎村の女性は二十歳までに結婚して家を出ることが多いので、役人になるための勉強はアデラが結婚してからと考えていた。


 結婚相手に男を選んだのは、男なら子供ができないし、その分だけ生活費が浮くと打算的に考えたためだ。


 元婚約者は地元の豪農の三男坊で、ユキレラに嫁入りしてくる側だった。

 その持参金も魅力的だったわけで。




「そこまで家族として君に大事にされていたのに。義妹は本当に馬鹿なことをやったね」


 執事長が嘆息している。


「あいつ、どうなるんでしょう? 何か保釈金とか積まないと駄目なんでしょうか?」

「その辺りは被害者のルシウス様次第だね。もう少し元気を取り戻された後で、事情聴取のようだから」


 ここ、アケロニア王国は理不尽な身分差別の少ない国と言われているが、それでも平民のアデラたちが貴族のルシウスを誘拐したことは大事件だ。


 義妹アデラに対して、それなりに元家族としての情はあったが、かといって今のユキレラにしてやれることは何もなかった。


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