ヨシュア坊ちゃんの将来設計

 魔法剣は得たものの、22歳の今までユキレラはろくに魔力も剣も使ってこなかった人生を送ってきている。


 そもそも、平和など田舎村では、どちらも必要ないものの筆頭。


 訓練は一から行うことになった。

 リースト伯爵家で、後継ぎのヨシュア坊ちゃんと一緒に魔法剣士としての修行を行うことに。


 むしろ、ルシウスやその兄カイルの指導では厳しすぎて付いていけなかったので、ヨシュア坊ちゃんぐらいがちょうど良かった。



(山登って絶壁から叩き落として、そこから這い上がって来いとか無理だっぺええええ!)



 まだご主人様のルシウスが寝込んでいたとき、カイル伯爵とヨシュア坊ちゃんの修行のお出かけにお供したのだが、この親子がやっていた修行がそれだった。


 後から伯爵夫人のブリジットに確認したら、「あらーあれ見ちゃったの? 私も最初見たとき倒れるかと思いましたわ」と笑っていた。


 こわい。リースト伯爵家の修行こわい、庶民出身のユキレラにはムリ絶対。


 それにユキレラは見てしまった。


 父親のカイル伯爵に抱っこされて、嬉しそうなふくふく笑顔で頬っぺたを染めていたヨシュア坊ちゃんが、山の岩壁から“ぽいっ”とされてしまったときの顔を。

 ぽいされた瞬間、虚を突かれたようなきょとんとした顔になって、だが次の瞬間にはスイッチが入ったようにキリリと愛らしくも麗しいお顔が引き締まっていた。


 そして、絶壁からはるか下を流れる川に叩きつけられる前に、自前の魔法剣を駆使して命からがら崖の上まで上がってきたヨシュア坊ちゃんの、必死な顔を。



(あれは幼いながら一人前の男の顔だったべ)



 そんな過酷な修行しているだけあって、幼くてもヨシュア坊ちゃんからのユキレラへの指導は相当に容赦なかった。


 4歳児と侮れぬ。


「もうー! ユキレラ、こうだよ、こう!」

「こ、こうですか!?」

「ちがうよ! こう!」

「こう……?」

「こうだってば!」


 魔力を扱うのは微細な感覚の手繰り寄せだ。

 感覚を掴むまでがちょっと難しい。


 そのヨシュア坊ちゃんが出せる金剛石、つまりダイヤモンドの魔法剣の数は何と百を超える。


 近年稀に見る逸材だそうで、実際に宙に百以上の魔法剣を浮かばせ飛ばしている光景を見たときは腰を抜かしかけたユキレラだ。



(ヨシュア坊ちゃん、恐ろしいお子だべ……!)



 将来が楽しみですよね。


 ちなみに本人は、幼馴染みの王弟カズンの騎士になる気満々である。


「え〜? 騎士ってそれだけですかあ〜? ほんとはもっとなりたいものがあるんじゃないですかあ〜?」


 とウザめにユキレラが絡んできたとき、最初はその湖面の水色をきょとんとさせていたヨシュア坊ちゃんだ。


「ほかになにかあるの?」


 こてん、と小首を傾げて見上げられて、悪い大人のユキレラはちゃんと親切に教えてあげた。


「ほら、恋人とか夫婦とか」


 愛人とか。


「ふうふはむりだよ。ぼくはあとつぎだから、おとこのことけっこんはむりなの」


 女性と結婚して子孫を作らねばならない。


「じゃあ、恋人」

「カズンさまはおうていでんかだから、みぶんちがいなんだ……」


 しょぼーんとしてしまったヨシュア坊ちゃんにユキレラは慌てた。

 何てこった、こんな小さな頃からもう周りの空気を読んでしまっている。


 ユキレラがこの年の頃には、鼻を垂らしてど田舎村の野っ原を駆け回っていたものだ。


「そっかあ。いろいろ障害があって大変ですねえ。でも本当に大好きな人からは離れちゃダメですよ。どうやったらずっと一緒にいられるか考えるんです」


 つん、と軽く指先でヨシュア坊ちゃんのまだ小さいながら形の良い鼻先を突っついた。


「かんがえる?」

「そうですよー。オレなんてルシウス様大好き大好きだから、捨てられないよう毎日全力です」

「ユキレラ、ルシウスおじさまがすきなの?」

「もう、大好き!」

「ぼくもおじさま、だいすきー!」


 中庭のあずまやで父親のご老公メガエリスや伯爵夫人ブリジットとお茶をしながら修行を見守っていたルシウスが、恥ずかしそうに顔を覆っている。


「もうーユキレラ、ヨシュアに変なこと吹き込んで!」


 もうちょっとちゃんと躾けなくては。


「あらー、お義父様、どうなさいまして?」

「う、うむ。ヨシュアがいつ『おじいちゃまだいすき!』と言ってくれるかなと」


 初孫なこともあり、ご老公はヨシュア坊ちゃんを大層可愛がっている。


 なお、父親のカイル伯爵は自主謹慎もそろそろ終わりで、週明けから騎士団に復帰するようだ。

 今日は執務室で仕事を片付けているらしい。

 だが中庭の側の窓を開けていて、たまにこちらを見下ろしているのがわかる。




 生まれたときから魔法剣を操っていたというヨシュア坊ちゃんの指導を受けること一ヶ月。


 カイル伯爵から譲り受けた魔法剣にも慣れてきた頃、ユキレラはご主人様のルシウスとともに子爵邸へと戻ることになった。


「ユキレラ、ちゃんとまいしゅう、しゅぎょうしにきて。おじさまのいえでもまいにちやりなさい!」

「はい、お師匠様!」

「うむ!」


 小さな胸を張っているヨシュア坊ちゃん。

 まだぽんぽんの柔らかなお腹のほうが出ているところも可愛い。


 仲良くなった幼いお師匠様と別れるのも寂しいし、まるで生き別れの家族のような自分とそっくりさんだらけのリースト伯爵家から離れるのも寂しい。


 後ろ髪を引かれながらも、ルシウスとともに馬車に乗り込む。


「あっ、また明日来ますんでよろしくです!」


 だって本邸と子爵邸、スープが冷めない距離ぐらいしか離れてないんですもの。


 魔法剣士のスキルアップのため、しばらくは頻繁に通っちゃうのです。


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