子爵様は恋煩い?(※ユキレラの想像です)

 ユキレラが仕えることになったご主人様のリースト子爵ルシウス様は、夜中によく自宅のレンガ造りの建物の屋上に上がって瞑想している。


 いや、瞑想というのは正確でないかもしれない。


 けれど、いつも手摺りに両腕をついて、ボーッと、『スープの冷めない距離』にある実家のリースト伯爵家の方向を見つめているのだ。


 ルシウスの実家の本邸は、この小さな子爵邸の隣の区画だが、ギリギリ、深いスープマグになみなみ注いだ保温性に優れたポタージュスープが冷めきらない距離にある。

 間にある建物の隙間から、本邸の屋根あたりなら辛うじて見えた。


「おうち、帰りたいんですか? ルシウス様」

「ううん。あの家はもう兄さんに代替わりしたし、跡継ぎのヨシュアもいるから、帰れないよ」


 確かに、成人した未婚の貴族が実家にいつまでもいると、あまり評判が良くないと聞く。


 だが、ルシウスは兄伯爵の仕事を手伝っているし、父親の前伯爵も老いていて、あの様子だといつ儚くなるかわからない。

 本邸は広いし使用人たちも多いのだから、まだ実家の世話になっていても良いだろうにとユキレラは思う。


 甥っ子のヨシュアとも、とても仲が良いのに。

 あんなに可愛い甥っ子がいたら、自分だったら毎日構って構って構い尽くすのに!

 一緒にごはん食べて、おやつ食べて、お風呂も入って、夜だって添い寝して、喜んで絵本を読んじゃう。

 それで寝付くまでずーっと、お腹を優しくぽんぽんしてあげるのだ。

 考えるだけで至福ではないか。


 とルシウスに訴えると、「そんなのとっくにやってるさ」とのお返事だった。

 何てこった、とっくに負けていた。




「コーヒー、飲みます?」

「飲む!」


 水筒に入れてきた熱々のちょっとだけ甘いコーヒーを、じゃん、と取り出した。

 カップは不要だ。ご主人様は、魔法樹脂という魔力で物体を創ることができる素晴らしいスキルの持ち主なので。


 案の定、ルシウスは即座にグラス型のカップを2つ創ってくれた。

 手に持ってくれた透明なカップに、とくとくとくとコーヒーを注いでいく。


 自分の分のカップを受け取り、ふーふー冷ましながらふたりして、無言で啜った。




 先にコーヒーを飲み終わったユキレラは、まだ飲んでいる途中のルシウスを、不躾にならない程度に見つめていた。



(誰がこのお人を悩ましてんだろ? オレなら絶対こんな顔さ、させねえのに)



 いつも機嫌が良くて楽しそうなルシウスは、こうして夜中に屋上にいるときだけ、どこか苦しそうな顔をしている。


 故郷のど田舎村で何人もと恋に落ちてきたユキレラにはわかる。

 片想いで苦しむ人の表情だ。

 自分もよく、こんな顔をして好きになった人を遠くから見つめていたときがあった。


 もし想うことが許されるなら、ユキレラだったらこの遠い親戚の子爵様を蜂蜜より甘く甘く蕩かして、羽毛のように優しく優しく包み込んで慰めてあげるのに。


 しかし、そのようにして愛してきた恋人とはこれまで全員別れていて、最後にできた婚約者は義妹と浮気していた。


 つらい。ほんとつらい、泣く。


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