野良ユキレラは飼いユキレラになったのです(※安心の忠犬です)
「煙草、いいですか?」
「ん、いいよ」
ど田舎村では涙が出るほど貴重だった紙巻き煙草が、ここ王都では簡単に手に入る。
匂いの良いものを選んで、ユキレラはたまに紫煙を燻らせていた。
煙草は貴族なら葉巻で嗜んでいる者も多い。
ルシウスは吸わないようだが、彼の父はたまに社交場で燻らせていたと聞いた。
きっと、数本でユキレラのおちんぎんが飛んでしまうぐらい良いやつだ。
「ルシウス様、どうですか?」
「じゃあ、一口だけ」
ユキレラは自分が吸っていた煙草の吸口を、ルシウスの形の良い唇に差し込んだ。
そうして彼が一呼吸分だけ煙を吸い込んだタイミングで、チュッと音を立てて頬に口付けた。
咄嗟にパッとルシウスがユキレラから身を離した。
咥えていた煙草を煙とともにプッと吐き出して、
「お前、僕のことそういう意味で好きなの?」
薄い水色、リースト伯爵家の一族は“湖面の水色”と呼んでいる、薄っすら緑がかった薄水色の瞳で、じとっとユキレラを睨んでくる。
まだ成長期の途上のルシウスは、顔はそっくりでもユキレラの肩辺りまでの背丈だ。
ちょっとだけ上目遣いで、拗ねたように睨まれるのはすごくかわいい。
「捨てられた野良ユキレラは、素敵なご主人様に拾われた嬉しさのあまり飛びついちゃいました。飼い犬だって面倒見てくれる飼い主には懐いて顔舐めるでしょ?」
「勝手に飼い主に噛みつく犬は狂犬じゃないの?」
「いいえ、オレは忠犬です。だってその証拠に」
ちょっとだけ身を屈めて、ユキレラは先ほどまで煙草を咥えていたルシウスの唇に人差し指の先をちょん、と触れさせた。
「ここには何もしなかったでしょ?」
「むううう……」
揶揄われているのがわかったのだろう。ルシウスが喉の奥で唸っている。
かーわーいーいー。
自分と同じ顔してるのに、ルシウス様はすごく可愛い。
「やっぱりキス、まだ未経験だったりします?」
「別に、初めてじゃないけど……」
不貞腐れたように、ルシウスが指折り数えながら過去のキスの相手を思い返している。
産みの母親や父親、兄弟姉妹などを挙げている。その中には先日、ユキレラの後見人になってくれた前伯爵もいた。
それを聞いて、もうユキレラは大爆笑だ。
「本命とは、まだしてませんね、ルシウス様! それじゃあ、『ネンネちゃん』て言われても仕方がない」
「ユキレラ、お前ね。唇は大切な人のために取っておくべきだよ」
「いや〜でもオレ、その大切な人に義妹と浮気されてるんで」
するとルシウスは、スッと真剣な顔になって、ユキレラを真っ直ぐ見つめてきた。
「ユキレラ。覚えておくんだよ。リースト一族は、本当に大切だと思った人は離さないし、離れない生き物だからね。お前は婚約者に浮気されたかもしれないけど、最終的に別れてこの王都まで来ている。僕から見たら、それは最初から本気じゃない相手だったと思える」
「えーっと」
鋭い。
確かに、義妹アデラと合体してた婚約者を見たとき、頭の中が一気に冷えて、もうどうでもいいやって気分になったなと思い返す。
「婚約者が本当にお前の“唯一”だったなら、お前、ここにはいないはずだよ」
まだ、ど田舎村の商店で、しみったれた雇われ店員のままだったはず。
「まあ確かに仰る通りです」
もうユキレラは捨てられた野良ユキレラには戻れない。
これまでの恋人たちや婚約者だって好きだったけど、今のご主人様のほうが、ずっとずっとずーっと、何倍も何十倍も何百倍も好き。
「ルシウス様。実はオレ、もう大事なもの見つけちゃったんです。今さら野生には戻れませんから、ちゃんと責任持ってこのユキレラを飼ってくださいね?」
「えっ……ええええっ!?」
ルシウスが驚いて目を見開き、自分を指差した。
うんうん、そうそう、それそれ、それ飼い主、とユキレラはにっこり笑って頷き肯定した。
(はああ〜こったら幸せもあるんだなや〜)
欲しいものが手に入らなくても、側にいられるだけで何という幸福感。
いやむしろ、薬でも決めちゃったかな? と勘違いするほどの多幸感。ヤバい。
これは多分、ご主人様の大好きな人ごと大好きになれる感覚だ。
「えと、その。僕と恋人になりたいとかじゃ、ない……んだよな?」
「そんな高望みしません。でもずっとお側にいたいです。これからもっともっとお役に立てるよう、スキルアップ頑張りますね!」
ふんす、と鼻息も荒く決意を固めた後日、ユキレラのステータスにはバッチリ従僕スキルが生えた。
あとは秘書スキルと執事スキルも生えたら完璧だ。
そうしたら更におちんぎんは上がるとのこと。
調理スキルや家政スキル各種まで生えてくるようなら、これはもう完璧な嫁。
(あ、オレが嫁っ子だったのけー?)
まあそんな妄想はともかくとして。
「『ルシウス様の飼い犬』って、ステータスに表示されないかなあ」
「やめて。ほんとやめて、僕の周りには鑑定スキル持ち多いんだから。僕がお前に変な調教したと思われるでしょ、もうー!」
調教、むしろ望むところですけどね。
あなた色に染めて欲しい。
などと言うまでもなく、魔法剣士だというルシウスはネオンブルーに輝く魔力の持ち主だった。
ずっと一緒にいたら、ルシウスとちょっぴりだけ同じ血を持っている(らしい)自分でも、こんな綺麗な魔力を帯びることができるかもしれない。
そんな期待に胸を膨らませつつ、日々お仕えしていくユキレラなのだった。
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