王太女様より、殺っちまいなとの仰せです

「って感じで、うちの一族に舐めた真似してくれた奴がいるのです。ちょっと痛めにお仕置きしてやろうって思ってて」


 依頼されていた仕事の報告書を持って、子爵ルシウスは王宮の上司の執務室を訪れていた。

 上司、即ちこの国の王太女グレイシアの。


 このアケロニア王国の王族は、黒髪黒目が特徴だ。

 グレイシア王太女も豊かな黒髪の持ち主で、豪快な印象の端正な顔立ちの美女である。


 その王太女様の眉間に、どんどん皺が寄り始める。


「仮にも義兄だった男を男娼館に売り飛ばす。そうその女は言ったのか?」

「はい、報告ではそのように」


 グレイシア王太女が持っていたペンを折った。


「生温い。お仕置きなどと言わず徹底的に潰せ!」

「えええ。相手は平民ですよ? 制裁なんて言ったってたかが知れてます」

「……私のカレイド王国の友人はな、婚約者の男に同じように『娼館に売り飛ばしてやろう』と笑いながら言われたことがあるのだ。現地に視察に行ったとき、私もその発言をこの耳で聞いた」

「はあ」


 その話ならもう十年以上前に、飽きるほど聞いた。


 同い年で親友の他国の女王様が学生時代、クズ男の婚約者にふざけて言われた場面に、現地に短期留学していたグレイシアが偶然居合わせたことがあると。


 怒り狂ったグレイシアは「そんなクズ男は屑籠に捨ててしまえ!」と親友に迫ったのだが、次期女王だった相手は何を考えたものか、そのまま卒業後にクズ男と結婚してしまったという。


 以来、現在までグレイシア王太女とカレイド王国の女王は不仲のままだ。

 国交も微妙になってしまっていた。

 ただし、つい先日までの話だ。


「何の罪もない者を私欲で娼館に沈めて笑う者など、我が国の民には要らん。構わん、ルシウス。わたくしが許可する。徹底的にやるがよい!」

「うわー。頼んでもないのに許可出して来たー」


 まあやりますけどね、とルシウスは小さく呟いた。

 リースト一族は身内を害する者に容赦しないのだ。




 その後、ルシウスはグレイシア王太女の執務室を辞した後、頼まれて彼女の一人息子のユーグレン王子と軽く遊んでから子爵邸に帰ることにした。


 ユーグレン王子はアケロニア王族だけあって、母親のグレイシア王太女そっくりな端正な顔立ちと黒髪黒目の4歳児だ。


 あの血の気の多いグレイシア王太女の息子とは思えないくらい、優しくおとなしくお行儀も良く、勉強が大好きという出来の良さ。

 アケロニア王国の次の次の国王になる王子だ。この国の未来は明るいだろう。


「ルシウスさま、いらっしゃい! ぼうけんしゃじだいのおはなし、またきかせてくださいませんか!」

「はあい、喜んで!」


 ルシウスは5年ほど前、多感な14歳のとき、一年弱の期間、他国で冒険者活動をしていたことがある。


 以前、そのときの話をしてみたら、ユーグレン王子がとても喜んでくれて、顔を見せたときに繰り返し話をせがまれるようになったのだ。


 真っ黒な瞳をキラキラ輝かせて見上げてくる王子をよいせっと抱き上げて、王子の私室のソファに腰掛ける。


「さあ、どこまで話しましたっけ?」

「おさかなさん! おさかなさんモンスターがおしよせてきたときのおはなし!」

「ああ、それは……」


 そうして、ユーグレン王子と軽くのつもりが、思いっきりおしゃべりして遊んでから帰宅した。


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