王弟殿下と甥っ子さん
「ルシウス様、そちらはもしや……お子様ですか?」
休日のその日、前日ちょっと飲み過ぎて昼前まで寝過ごして一階の食堂に降りていくと、ルシウスが幼児ふたりと遊んでいた。
片腕に、ルシウスと同じ、青みがかった銀髪と湖面の水色の瞳の利発そうな幼児、もう片方には目も髪も真っ黒な、同じくらいの年のやんちゃそうな幼児を抱えていた。
どちらも男児で、2歳半から3歳ぐらいだろうか。
目鼻立ちのはっきりした、とても可愛いらしいお子さんだ。
そのぐらいの年齢なら、今19歳のルシウスの子供でもギリギリ、おかしくはない。
(となると、もしや嫁っ子がおるんけ?)
一緒に住んでいないということは、別居婚か、あるいは婚外子か。
もやもや〜としたものがユキレラの胸の中に広がってくる。
だが、そんな憂いはすぐにルシウスが払ってくれた。
「違う違う。こっちは兄さんの子供。甥っ子だよ。こちらはカズン様。ヴァシレウス大王陛下の末のお子様で王弟殿下だよ。失礼のないようにね」
「ゔぁっ、ヴァシレウス大王様って!??」
もちろん、ど田舎村出身のユキレラでも知っている。
偉大なる先王陛下のヴァシレウス大王は、五年前に自分の孫より若い他国の令嬢を後添えに迎えて、翌年末のお子様がお生まれになったのだ。
六十以上のものすごい年の差婚だったが、ロマンティックな純愛物語がそこにはあって、新聞では連日特集が組まれていたものである。
あのクソビッチの義妹アデラですら、うっとりしながら新聞記事を切り取ってノートにスクラップしていたほど。
「ヨシュアです。よんさいです。ユキレラさま、よろしくおねがいします」
「カズンだよ! ぼくもよんさい!!!」
「えっ、4歳!?」
それにしては随分と……。
(ちんまいなあ……)
「この子たちはとても魔力値が高くてね。そういう場合、身体の成長はゆっくりめになることが多いんだ」
言われてみれば、ルシウスも19歳というが見た目だけなら十代半ばよりちょっと過ぎたぐらいにしか見えない。
特にカズンのほうは、今日が初めてのお出かけだそうで、母親が近所の貴族の邸宅でお茶会の間だけルシウスが預かることになったのだそうだ。
「ふふ。初めてのお出かけが僕の小さな家がいいだなんて。カズン様ったら、もっといいところがたくさんあるのに」
「ルシウスさまのおしろ、いきたかったんだもん!」
「そっかあ」
お城というより、普通のおうちですけどね。
それで、食堂にお茶やジュース、お菓子などを揃えておしゃべりしながら、いろいろカズンの事情を教えてもらった。
王弟とはいえ、先日までカズンは先王陛下の庶子に過ぎなかったし、王子の身分もなかった。
ずっと王宮の離宮にいて、一度も外に出ていなかったし、現国王や王太女など父親の先王以外の王族との面通しもさせてもらえなかったそうな。
ところが他国の公爵令嬢だった母御が、この国の次期女王グレイシア王太女と、不仲だった他国の女王との仲を取り持ち、国交回復に貢献した。
そう、先日グレイシア王太女が『娼館に売り飛ばす』ネタで切れていた、カレイド王国の女王様との仲をだ。
その功績をもって、母御は先王陛下の正式な伴侶として、息子カズンもようやく王族として認められた。
また、それまで閉じ込められていた離宮からこうして外出することができるようになったという。
それでも今回、ルシウスの小さな子爵邸に護衛騎士が数名。
建物の外にも騎士団が出動しているそうな。
その後、かんたんにお昼ごはんを食べた後でルシウスの部屋で少しお昼寝して、起きた後は身体を動かして遊ぶことにした。
何をして遊んだかって?
まずルシウスは、中庭に出て、子爵邸の建物の外壁を駆け上がり、そして駆け降りてきた。
「「ルシウスさま、すごーい!」」
子供たちに尊敬の眼差しで見つめられ讃えられて、ルシウスは嬉しそうだ。
「足の裏に魔力を集めてね、壁にくっついたり、離れたりのイメージを作るんだよ」
それで何回か見本を見せた後で、カズンはすぐにコツを掴んだようで、ルシウスと一緒にきゃーきゃー言いながら壁の登り降りを繰り返した。
「魔力使いしゅごい……」
思わず舌を噛んでしまったユキレラだ。
いやほんとしゅごい。
重力なにそれ食えるの? レベルですいすい壁を駆け上がっている。
思わずユキレラが、カズンの護衛騎士たちを見ると、彼らも必死で首を否定的に振っていた。
「あのー」
「無理です。あんな真似、誰でも簡単にできると思ってもらっては困ります!」
「ですよねー」
良かった。ユキレラの感覚のほうが普通だった。
とてもじゃないが壁走りなどできないユキレラは、ヨシュアと一緒に地上でお留守番だ。
そのヨシュアは悔しそうに、ルシウスとカズンが登っていった子爵邸の屋上辺りを、ぐぬぬ……と唸りながら睨んでいる。
見た目がまんま、ミニチュア版ルシウスなヨシュア坊ちゃんは、不機嫌丸出しでもとても麗しく可愛らしい。
思わず、その青みがかった柔らかな銀髪の頭を撫で撫でしてしまったユキレラだ。
「オレだって、すぐできるようになりますもん!」
「うんうん」
同い年のカズンができるのに、自分ができないのは悔しいよねーとユキレラが頷いていると。
「おじさまばっかり、カズンさまといっしょでずるい」
「え、そっちですかヨシュア様!?」
すごい。もうこの年で最愛を見つけている。
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