もう恋人や伴侶といっても過言ではない(※ただし妄想です)

 レストラン、バーやクラブなどにも連れて行かれて、ユキレラはルシウスにグラス一杯で小銀貨(一枚約千円)何枚もするワインやウイスキー、カクテルなどたくさん飲ませてもらった。


 故郷のど田舎村では絶対に飲めなかったぐらい、良い酒ばっかりを。


 ユキレラは酒に強かったが、ルシウスはそうでもない。

 ワインなら半瓶、カクテルなら三杯飲めるかどうか。

 ビールはエールもラガーもどちらも好き。


 最近流行りのライスワインなどは、キリッと辛口を冷やしたものが大好き。


 ただ、酒を飲み始めたのは実家から独立して数年経ったほんのつい最近らしいから、慣れたらもっと飲めるようになるかもしれない。


「僕は成長が遅いから、成人してるって言っても大人のお店に行くと入店を断られちゃうんだよねえ」


 トマトのブルスケッタを肴に、スパークリングの白を飲み飲み、目元や頬をアルコールでうっすら染めてルシウスが嘆息している。


 だから、こうして見た目も成人男性のユキレラが一緒だと飲みに行けて嬉しいのだという。

 見るからに二人はそっくりな外見だし、何も知らなければ兄のユキレラが弟のルシウスを連れて、食事目当てで酒場に来ているように見える。


「今、19歳で十代半ばぐらいの外見ですもんね。成人したての去年なら、中等部の学生ぐらいだったんじゃないですか?」

「『ここはネンネちゃんの来る店じゃねえんだよ、早く帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな!』って感じのこと、何回言われたと思う?」


 現役の子爵様に何とも不遜な物言いをする者たちがいたものだ。


「うーん、庶民向けのお店行ったら大体そんな感じのこと言って、若い子を揶揄うオッサンいますよね」

「……ど田舎村出身者なのに、王都の酒場のことよく知ってるじゃん」


「オレの行動範囲はど田舎村だけじゃありません。ど田舎町もテリトリーでしたから!」


 徒歩二時間ぐらいかかる、隣町である。

 ど田舎村はあまり出会いがないので、いろいろ発散したいときにはど田舎町までよく出たものだ。


 ……婚約者ができるまでは、だったけれども。

 ユキレラは惚れた相手には一途なので、地元のど田舎村で恋人ができて結婚の約束をする頃には、その手のお遊びはピタッと止めていた。




 ドヤァと胸を張るユキレラに、大口開けてルシウスが爆笑している。


 そう、ルシウスは庶民向けの手頃な店もよく知っていた。


 聞けば、彼が通っていた王都の学園は貴族だけでなく庶民も通学していて、友人は貴族、平民分け隔てなくいたようだ。

 それで彼らと付き合う中で覚えたのだという。




 彼のお世話をするのも、一緒に振り回されて遊び回るのも、もう何もかも毎日が楽しくて仕方がない。


 職場環境最高。


 上司の人柄も最高。


 もうユキレラはすっかりこの若き子爵様に参ってしまった。




 あるときなど、リースト伯爵家が経営している王都のサーモン料理専門店へ連れて行ってくれた。


 そこで食べさせてもらった、赤ワインソース添えのサーモンパイの美味さには泣いた。


 バターたっぷりのパイ生地の中に、味の濃い鮭の身が詰まっていて、揚げた温野菜やポテトなどと一緒に食すご馳走パイだ。


「人は美味いもん食うと泣けるんですね、ルシウス様」

「うちの家の名物料理なんだ。ここのサーモンパイは父様と僕の監修だよ」


 何と驚いたことに、お貴族様なのにルシウスも、彼の父の前伯爵も料理上手とのこと。


「お前もサーモンパイの作り方、覚えてみる?」


 などと聞かれたら、もちろんです以外の返事はない。




 翌日、子爵邸の厨房で二人で仲良く並んで作り方を教わることに。



(仲良くクッキング。これはもう結婚してると言っても過言ではねえべな!?)



 もちろんそんなわけはない。

 ユキレラの妄想だ。


 だが、婚約者を義妹に寝取られて泣きながら王都に出てきたブロークンハートのユキレラだ。

 誰にも迷惑をかけていない、口に出すこともない、そんな空想ぐらいは許されたかった。


 ついでにいえば、ルシウスはそれとなくユキレラが誘いをかけても、まったく乗ってこない。


 というより、そっち方面、恋愛系の経験がないようで反応が鈍い。




 そうしてユキレラがルシウスとの擬似新婚生活に浮かれているうちに、すっかり忘れていた厄災が王都へやってくるのである。



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