アケロニア王国は公私の区別が厳しい

 このルシウスなる麗しの若き子爵様、とにかくお世話のし甲斐があるのなんの。

 じっと一ヶ所で落ち着いていられない性質のようで、思い立ったが吉日を地で行く性格だ。


 それで話好きだから、とにかく喋る喋る。


 けれど一方的に自分が喋るだけでなく、同じくらいユキレラの話も楽しそうに聞いてくれるのだ。


 ユキレラのことは「お前はもう身内だから」と言って、何かと気にかけてくれている。

 遠縁で一族に認められたとはいえ、平民に過ぎないユキレラをだ。


 時間的な余裕の多い彼には、あちこち連れ回された。

 王都のお貴族様御用達のテーラーや百貨店は、ど田舎者のユキレラにはまさに別世界だった。

 あんなにたくさんの物があるところを、見たことがなかった。


「本当なら外商っていって、家まで担当者に商品を持ってきてもらう貴族が多いんだけど。僕の今の家は小さいから、お店に行ったほうが便利なんだよ」



(ほうほう。外商ちゅうのは商店の移動販売みたいなもんなのけ?)



 何やらお貴族様には買い物にもルールがあるらしい。




 貴族の秘書、付き添い人としての立ち居振る舞いはルシウス直々にレクチャーを受けた。


 このアケロニア王国に限らず、王族や貴族のいる国でのマナーはほぼ共通化されている。

 一度基本を覚えてしまえば、あとは自分の属する場所に合わせて微調整していけばいい。


 基本的なマナーは、どの領地出身でも学校の中等部を卒業していれば基本科目として学ぶようになっているのが、ここアケロニア王国だ。


 ユキレラも、ど田舎村で通っていた学校で月に一度、ど田舎領のお貴族様のおじいちゃん先生から言葉遣いや食事、会話のマナー講座を授業として受けてきている。




「アケロニア王国は王侯貴族と、それ以外の庶民の仲が良いんだ。だけどそれはプライベートだけ。日常が緩い分、公のフォーマルな場はものすごく厳しいんだよね」


 この国では、国王と平民でも親しく挨拶して言葉を交わし名前を呼び合うが、公の場で同じことをやると、一昔前だったらその場で平民は国王の護衛騎士に首を落とされても文句は言えない。


 そんなことを聞かされてユキレラは震え上がった。

 馴れ合ってたらいきなり首切られるとかこわい。


「き、貴族様や王族様らしき方がいたら、全力でへりくだりますっ」

「あはは。そんなに難しく考えることないよ。王族相手なら王宮内や公式行事の場、貴族相手なら相手の本宅やパーティー、お茶会の会場内でだけ気をつけてれば八割以上カバーできるからね」

「の、残りの二割に地雷が埋まってるでしょ、それ!?」

「あははは」

「笑って誤魔化してるしー!?」


 大丈夫だ、とルシウスはその麗しのユキレラとよく似た顔で微笑んだ。


「お前はもうリースト伯爵家の一族だからね。うちが懇意にしてる方々に面通しするまでは、必ず僕が側にいる。ちょっとぐらい粗相したって平気さ、そのぐらいの“顔”はきくつもりだよ」

「おおおお。お頼もしいです、ルシウス様っ」


 この上司様が頼もしすぎる。


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