メロディ
鈴音
失えないもの
「えーっと、えーっと…あっ、お客様?ごめんなさい!今準備中で…えと、そこの椅子にかけてお待ちください!!」
親と喧嘩し、近所の廃墟に逃げ込んだ私、そこにいたのは、いわゆるゴシックロリータの服を着た女の子だった。身長はかなり低め、147cmくらいだろうか、その小さな体の全部を包む、フリフリの大きなドレスが印象的だ。
「はい!準備が出来ました!お客様は過去に当店をご利用なされたことは?」
首を横に振る。そもそも、ここは廃墟で、こんな時間に人がいるなんて思えなかった。
「かしこまりました!それでは、ご説明致します!当店は、求める人に、求められた歌をお届けするお店になっています!!」
歌?君が歌うの?
「はい!失恋した時、喧嘩した時、そして明日を夢見るとき!そんな時に、皆様に歌をお届けするのが私の仕事です!!」
…喧嘩。
「はい!お客様も、きっとそうですよね?」
…わかるの?
「もちろん!!こう見えても、何十年も生きてるお姉さんなんですよ!!」
お姉さん…まぁ、いいか。
「ふふふ、それでは!何を歌いますか?」
それじゃあ、元気が出る歌…勇気が出る歌。
「わかりました!!」
女の子が、息を大きく吸い、喉を震わす。
「〜〜〜🎵」
歌詞は無い、ただ明るく、伸びやかなソプラノが建物に響き渡る。ここが廃墟ではなく、素晴らしい造形と大きさのコンサートホールと見紛う程の歌だ。
「〜〜〜🎵!!」
サビに入ったのだろうか、歌はどんどん力を増していく。ぽた、ぽたっと雫が地面にこぼれていく。
「〜?…〜〜〜🎵」
女の子がチラッとこちらを見て、笑った。
気付けば私は涙をこぼしていた。荒んだ心が、また暖かな気持ちで溢れていく。
「ふふふ、一緒に、歌いますか?」
手を差し伸べられる、私は立ち上がり、女の子に合わせて歌い出す。初めて聞く歌なのに、メロディは溢れ、いつしか二人で、踊り出す
「―これなら、もう大丈夫ですね」
最後まで歌いきったその時、女の子は手を離し、私の背中を押す。そのまま私はふわふわと建物から出て、振り向くことも出来ず、家に向かっていた
―そのあと、親と仲直りして、次の日の朝に、廃墟に向かった。でも、そこには昨日の女の子はいなかった。夢だったのだろうか?…私は、それでもいいやと、踵を返し、家に帰った
廃墟の中には、ボロボロの椅子と譜面台、そして一冊の楽譜がきらきらと胸を張っていた
メロディ 鈴音 @mesolem
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