第2話 週末TSロリおじさんと夜釣りの日

 日が落ちれば、それなりに過ごしやすくなってきた初秋のある土曜日。簡単な夕食を終えた柴田は、ソファにもたれかかりながら酒でも飲もうかどうか思慮していた。


 飲むべきか飲まざるべきか。

 それとも、放置している作曲活動を少しでも進めるべきか。彼は部屋の隅、パソコンやエレキギター、ベースが置かれた一角を眺める。


 しかし、どうにも意欲が湧かない。ウンウンと唸りながらあまりの手持ち無沙汰に、右手に持ったスマートフォンの画面をつけたり消したりしていると、ヴヴッと短いバイブレーションが何かしらのメッセージを受信したことを伝える。


『今暇かい?』


 画面を確認してみれば、そこにはおなじみの名前と、簡潔すぎるメッセージの全文が表示されていた。


「お、ミズミズか」


 柴田は一人の時しか使わないあだ名を呟くと、早速メッセージに返信した。


『暇やね』


 果たして、他人との会話で使わない呼び名を「あだ名」と言っていいのかは疑問であるが。


 すると、一瞬でメッセージに既読マークが付き、瞬時に返事が届く。


『釣り行かね?』


 土曜日の夜に釣りのお誘いである。しかも前段階で「今」とあるから、これから出かけるつもりなのだろう。


『行くか』


 柴田が返信するとすぐに、手に持ったスマートフォンがムームーと震えだした。画面には毎度おなじみのアイコンが表示されている。柴田は迷うことなく通話ボタンをタップした。


「もしもし、おつー」

『おつかれー。どこで何釣る?』


 まさかの釣りに誘ってくる側が何も考えていないとは。


「あーどうすっぺ。今からだし、岸壁から適当に投げでハゼとかアナゴ狙う?」


 しかし柴田も慣れたもので、テンションや季節感を天秤にかけターゲットを提案する。


『じゃあそれで』

「うい。あ、どれくらいでウチくる?」

『十五分! 待ってて!』

「さすが素早い」

『今いく! 走っていく!』

「はいー、そんじゃ、お待ちしてますー」


 柴田は電話を切り、「いやあ相変わらず急だこと」と独り言ちながら釣竿などの準備を始めた。

 とはいっても、物置代わりのクローゼットから、ひとまとめにした道具を引っ張り出すだけである。竿はケースに入っているし、細かい道具は全てショルダーバッグにまとめている。あとは折りたたみ式のクーラーバッグを棚から取り出し、保冷剤と水道水を入れ凍らせたペットボトルを仕舞えば準備万端だ。


「あ、ランタン忘れった。あとチェアとバーナーも持ってくか」


 一通り準備を終えた柴田が、玄関ドア前へ広げた荷物を前にして頷く。正直何時間やるかわからないので、多少荷物が増えても快適性を取るべきだろう。いそいそと収納スペースへ引き返し、ランタンとヘッドライトに組み立て式のアウトドアチェア、野外料理用の道具をひとまとめにした袋を引っ張り出す。これで今度こそ万事オーケーである。


 最後に忘れ物や服装のチェックをしていると、アパートの前の道路に車が停車する音が聞こえた。柴田がカーテンの隙間から外を伺うと、予想の通り一台のコンパクトカーが停車している。どうやら瑞稀が到着したようだ。彼は薄手のシェルパーカーを羽織ると、まとめた荷物を抱え部屋を出た。




 白いトヨタのコンパクトカーのリアゲートを開けると、運転席から首だけ振り向いた瑞稀が片手を上げる。


「ん。おつかれー」

「ういー。適当に積んでいい?」

「あいよ。どーんと積んじゃって」

「ほいほい」


 柴田は慣れ親しんだ構造のラゲッジへ荷物を放り込むと、そのまま助手席に収まった。


 側から見れば子供——頑張れば中学生くらいに見えなくはない——の女の子に車を運転させているヤバイおっさんだなと、どこか他人事な感想が柴田の脳裏をかすめる。柴田は伸ばしっぱなしの顎髭を撫でると、車の主である瑞稀に許可を取りながら煙草を一本咥えた。


 彼が煙草に火をつけるのを見届けると、ギアをドライブに入れるのに合わせて瑞稀が口を開く。

「それじゃあ行きますか」

「イクイク行っちゃうー」

 それに対し柴田は適当な合いの手を入れて。

「んじゃあまずは釣具屋?」

「上州屋でいいべ」

「はいー」


 二人を乗せた車は片道約五十分の港へ向けて走り出した。


「ん、今日はスッピン?」

 ふと、通り過ぎる街灯によって浮かび上がる瑞稀の横顔に、化粧っ気が無いことを認めた柴田が問いかける。

「あー、兄貴と朝まで飲んでて、起きたら夕方だったからねー」

 どうやら、日中を寝て過ごした腹いせに誘われたのだなと納得した彼は、小さく笑うと携帯灰皿に煙草の吸い殻を仕舞う。

「ほーん。お兄さん帰ってきてたんだ」

「荷物取りにね」


 

 ****



 道中、大型釣具チェーン店にて。二人は陳列棚の間にしゃがみ込んで、既製品の仕掛けを物色していた。


「餌どうする?」

 ビニールのパッケージに包まれた仕掛けを眺める瑞稀が、柴田に問いかければ「イソメちゃんだな」と彼は即答した。


 ここで言うイソメちゃんとは、一般的に「アオイソメ」と呼ばれる海釣りの定番餌である。他にも様々な種類があるが、万能な上に安くて量も入っているのでコスパに優れているのだ。


「あ、家から鯖の切り身持ってきたよ」

「マジ? こりゃ本格的にアナゴさん狙うしかないな。仕掛け買っとくべ」

 瑞稀の申し出に、柴田が嬉々としてアナゴ専用の仕掛けをいくつか買い物かごに投入した。

「じゃあ俺ブラクリ買おうかな」

「ブラクリ?」

「……いらないか?」

「季節的にどうだろうなあ。もしやりたかったら俺持ってるからあげる」

「お、ありがとー」



 そうして買い物を済ませた二人は、更にコンビニでカップ麺や飲料水などを調達すると、街灯だけが煌々と輝く港に到着した。この港は周辺で最も大規模な商業港だ。釣りスポットとしても有名で、週末になれば家族連れの釣り客で賑わう。しかし商業港なので、日中はタンカーやフェリーなどの大型船の入出港も多く、釣りができる場所が限られるため混雑しやすい。だが、夜になればその広大な岸壁も静かなのもで、今では数組の釣り人の明かりが並ぶだけである。


「ここらでいいんでねすか?」


 柴田が丁度良いスペースを見つけた箇所を指し示すと、瑞稀はグイッとハンドルを切り、勢いよくギアをリバースへ叩き込んだ。


「はいドーン!」


 ちょうどリア側が海に向くように、後ろ向きで車を止める。しかし、柴田の脳内に「瑞稀くん酒飲んでないよな」と疑問が浮かぶほどの勢いで。


「海に落ちたらどうすんの……?」

「死ぬときは、一緒だよ!」


 呆れて運転席を見やれば、彼女はいわゆるブリっ子的なポーズを取り、ビシバシとウインクを繰り出していた。


「おめこの!」

 ふざけるのも大概にしろと、柴田が瑞樹の肩をはたく。

「ワハハごめんごめん!」

 それから逃げる様にシートベルトを外した瑞稀がドアを開ければ、少し湿った潮風が狭い車内を満たした。


 夜釣りの始まりである。




「ぬあー潮くせえー」

「ベタ凪だね!」

 道具の準備より先に海の様子を窺うのは釣り人の性なのだろう。二人してぬめぬめと真っ黒な水面を覗き込むと、それぞれに感想を言い合った。港の対岸では、いくつかの工場が稼働中だ。その雑多な明かりが水面に反射して、光の筋がこちらの岸まで伸びている。


 波も風も全くない、静かな夜だ。


「ちなみに潮はあんま動いてないってさ」

 家を出る前に潮汐表を確認してきた柴田が、我先にと準備を始めている瑞稀へ言う。彼女は振り出し式の釣り竿を伸ばしながら「なんか釣れるっしょ!」と切り捨てた。


「それ、先にリール付けてからの方がよくない?」

「……そうだね!」


 柴田はそそっかしい彼女を笑いながら充電式のアウトドア用ランタンを取り出して、開け放った車のリアゲートに吊るす。これがあれば釣り場が全体的に照らされるし、準備もしやすいだろう。瑞稀も無駄に無骨なヘッドライトをしているが、明かりが多いことに越したことはない。

 一度伸ばしきってしまった釣竿のガイドに「やらかしたー」と愚痴をこぼしながら格闘する瑞稀を横目に、柴田も自分の竿を用意する。彼もコンパクトに収納された振り出し式の竿を取り出すと、それに小型のスピニングリールを取り付けた。そのままリールに巻かれた糸をガイドに通し、先に仕掛けを結んでおく。そして、適当な錘を付けた状態で竿を伸ばす。こうすることで、瑞稀のように暗闇で糸と格闘する手間が省けるのだ。


「お先失礼」

「柴田君早い!」

 柴田はクーラーバッグから餌の入った容器を取り出して、その中からアオイソメを一匹選び、釣り針に刺した。なお、今準備した仕掛けには針が二本付いているため、長すぎる一匹を途中で千切って使う。もしも本気で狙いたい魚がいるのであれば、狙う魚やその日の状況によって、餌の付け方や針に対する長さなどは様々だ。しかし本日は万事テキトーである。


 そうして準備を終えた柴田が、軽い力で竿を振り、仕掛けを海に投入した。飛距離にして、およそ二〇メートルほどだろうか。

 仕掛けが着底して、糸ふけをとると、柴田は釣竿の先端に緑色に光る道具を取り付けた。これはサイリウムと同じ様なもので、使用時に折り曲げることで発光する。これを竿に取り付けると、暗闇でも魚信が見てわかるのだ。


 一仕事終えた彼が車へ戻ると、釣り餌の前にしゃがみこんだ瑞稀が声をあげた。

「柴田君、餌ってどう付けた?」

「二等分に千切って付けた」

「俺もそうしよ」


 軽く同意した瑞稀は一切躊躇うことなく、うぞうぞと蠢く「イソメちゃん」を素手で真っ二つにした。今日の彼女は黒いワークキャップを被り、オリーブグリーンのヤッケに細身の黒いパンツという少年の様な出で立ちだ。そのせいか、妙に様になっていると柴田は思った。


「できたー」


 準備の整った彼女はいそいそと岸壁の縁まで行くと、「ていやっ」と掛け声をあげながら竿を振るう。


「やっぱこの体だとあんま飛ばないねー」

 椅子を組み立てている柴田の元へ、瑞稀がヘラヘラと笑いながら戻ってくる。横目でそれを認めた彼は、側に転がっていたウェットティッシュを彼女へ差し出した。

「これ使っていいよ」

「ありがてえ」

 地面に片膝を立て椅子の足を組み立てる柴田の視界に、真新しいスニーカーが入ってきた。スエードと普通の布地が組み合わされた、スポーティーながらもなかなかに高級感のある見た目をしている。


「そのスニーカー可愛いじゃん。どこの?」

 彼は作業を続けたまま、ティッシュで手を拭いている瑞稀へ問いかけた。

「これいいでしょ? 新古品で買ったよくわかんないブランドのだけど、結構高かったわ」

「おいくら万円?」

「二万はしてない」

「マジでか」


 子供サイズのスニーカー、しかも新古品でそれだけの値段がするとは思ってもいなかった柴田は感嘆の声をあげた。それに対し彼女は特に気に留めず車内から、広げるだけで座れるタイプのアウトドアチェアを引っ張り出した。


「つーか何時買ってんの?」

 組み立てたフレームに座る部分の布を取り付けた柴田は、彼女の隣へその椅子を置くと会話を続けた。

「仕事帰り」

 長々と組み立てていた柴田に対して、瑞稀は袋から取り出した椅子をガバッと開き、飛び乗る様に座った。そしてその隣へ柴田が座ると、彼は顎鬚を撫でながら呟く。

「……そん時君おっさんじゃん」

「そうね」

「よくおっさん状態で女児向けの服とか靴買えんな」

「もう慣れたわ!」

「精神図太すぎかー?」


 二人して笑い合うと、お互い煙草を取り出して一服を始める。

 風のない少し湿った夜。工場のノイズと、改造を施したバイクの排気音らしき音が時折聞こえるだけ。海も凪いでいるため、波音もほとんどない。重く潮くさい空気に、煙草の煙が混じる。


 あとは、魚が竿先を揺らすのを待つばかりだ。たまに糸を少し巻いたり、餌の確認のため引き上げたりするが、釣れるかどうかは魚の気分任せ。


 ——つまり、全然アタリも魚影もない。


 それから、竿を増やしたり、柴田がルアーと呼ばれる疑似餌を気分転換にブン投げたりしたが、全く魚の気配がない時間が続いた。



「釣れないねえ」

「んだな」



 生命反応の一つも感じられないまま、時計の針が頂点を回った。さすがにこの時間になると、周囲の釣り人も片手で数えられるくらいにまで減る。椅子の中で膝を抱えてスマートフォンを操作する瑞稀と、大きなあくびをして背伸びをする柴田。二人とも、すっかり集中力を失っているようだ。

 そして柴田が「よっしゃ」と膝を叩き立ち上がると、ラゲッジの中から調理器具が入った袋を取り出した。


「カップ麺でも食うべや」

「そうしますかー」


 周囲に人気ひとけがないことをいいことに、若干深夜テンション気味の柴田が歌を口ずさみながらアウトドア用のガスコンロとコッヘルを用意する。よくあるカセットコンロ用とは趣の異なる、潰れた円柱型のガズボンベに一口だけのコンロを接続して、ペットボトルから水を注いだコッヘルを火にかけた。にわかにテンションの上がった二人は、即興の歌を歌いながらカップ麺を開封していく。


 ほとんど風のない夜だ。アウトドア用の強力な火力によって、コッヘルの中身はすぐに沸騰を始める。


「瑞稀君先にお湯入れていいよ」

 柴田の使っているコッヘルでは、同時に二人分のお湯を沸かすことはできないので、順番を瑞稀に譲った。

「えーいいのー?」

「どうぞどうぞ」

「ではお言葉に甘えて」


 瑞稀は伸ばしたヤッケの裾ごとコッヘルのハンドルを握り、自分のカップ麺に熱湯を注ぎいれた。彼女からコッヘルを受け取った柴田は、自分で使う分の水を継ぎ足し再び火にかける。この様子なら、すぐにでも沸くだろう。ぼんやりと、コッヘルの中で立ち上る細かい泡を眺める。


 しかし、どうしても先にお湯を注いだ瑞稀の方が食べごろになる。


「んじゃあ、おっさきー」

「たんとお食べ」


 瑞稀が勢いよく蓋を剥がしワシワシと麺をかき混ぜれば、あたりに醤油ラーメンの香りが漂う。彼女は小さく「いただきます」と唱えると、今の体格に見合う量の麺を箸で持ち上げ、小さな口へ運んだ。


「んーうまーい!」


 歓声をあげながら麺を啜る彼女を少しだけ羨みながら、柴田も自分の容器に熱湯を注いだ。彼は蓋をテープで閉じると、チェアの背もたれに身を委ねた。だんまりを続けるさを先を眺めながら、時折、隣の瑞稀と言葉を交わす。


「外で食うカップ麺って、正義の味だよなあ」


 口の中をペットボトルのお茶でリセットした瑞稀がしみじみと呟く。


「ほんとそれ。格別ですわ」

「うめー!」

「俺もぼちぼち食えるかな」


 まだ規定の調理時間には届かないが、少しくらい硬めでも構わないと判断した柴田が、そそくさと割り箸で容器の中身をかき混ぜる。もう十分食べられそうだ。麺を持ち上げると、念入りに息を吹きかけ、一思いに啜った。柴田の口内に、定番かつ想像通りの醤油味が、環境による相乗効果を得て広がる。


「うんま——」


 その時。今までうんともすんとも言わなかった彼の竿が大きく反応を示した。三メートルほどの長さのある竿の先端が大きく海へ引き込まれ、念のため緩めておいたドラグ(設定した以上の力で引っ張られた時、糸が切れないように糸巻きが空転する機能)の音がジジジ! と鳴り響く。


「ウッソだろオマエ!?」

「おお!? なんかきた!?」


 柴田は慌てふためいて、食べかけのカップ麺を地面に置くと釣竿に駆け寄った。

 千載一遇のチャンスである。

 予期せぬタイミングのアタリのせいで柴田の心拍数は今日一で跳ね上がり、その焦りはドラグを締めるためのネジを回すのも手こずる程だ。完全に油断した状態で大物級の反応があればそうなるのもしょうがないと胸中で言い訳をして、彼は思いっきり竿を起こした。


「どう、デカい!?」

「結構デカいわ! よっしゃあああ!!」


 柴田は大きく竿をしならせながら、ガシガシとリールのハンドルを回していく。時たま体を使って魚の引きをいなし、確実に岸へ引き寄せていく。


「柴田君タモいる!?」

「あるの? 欲しい!」

 彼の後ろで飛び跳ねながら、魚をすくい上げるための網は必要かと瑞稀が問う。

「ちょっと待ってて! ……ごめん無えわ!!」

「ウッソだろ……!」


 ワイワイギャーギャーやっている間に、随分と魚が近くまで寄ってきた。


「しゃあないこのまま引っこ抜くわ!」

「いけー! やれー!」


 そう、男らしく覚悟を決めた時、竿の握り方を変えた瞬間。柴田の持つ竿から重さがフッと消え去った。


「あっ」


 今まで弓なりにしなっていた竿先が元どおりになり、腑抜けた声が柴田の口から溢れる。


「……え?」


「おおぉぉおおぉおおお……?」

「その……えっと、ドンマイ……」


 不本意な形で緊張から解放された柴田が、情けなく悲鳴になりきらない声をあげ崩れ落ちた。両手に残る感覚と高揚感が置き去りになり、酸欠の金魚の様に口をパクパクとさせる彼の肩を瑞稀が叩いて慰める。


 そして彼らの背後では、勢いよく置いたせいで倒れた柴田のカップ麺が地面にシミを作っていた。

 正に泣きっ面に蜂である。



 ****



 それからまた何時間かが経過した。魚は小型のハゼや小さなメバルが何匹か釣れただけで、満足いく様な結果は得られていない。そして一度大きな魚を逃したためか、二人とも意固地になって釣りを続けていた。


 しかし、手持ちの餌も残りわずか。更には東の空は青みがかり、夜明けが近づいていることを告げる。


 瑞稀は体力が尽きたのか、椅子に収まったまま船を漕いでいる。それを横目で眺めた柴田が、ぼちぼち撤収の頃合いかと思った時、彼女が「くちゅん」とくしゃみをした。


「流石にちょっとさびいね」


 瑞稀が照れ臭そうに鼻をすすり、自身の二の腕を抱き寄せた。


「んー」


 背中を丸める彼女へ、柴田は「これでも羽織っとけ」と着ていたパーカーをかけてやる。それに驚いたのか、瑞稀は大きな瞳を瞬いて彼を見上げた。


「確かに、ずっと外にいると冷えるな」


 柴田は、彼女が何か口にする前に言葉を重ねた。言外に遠慮は無用といった思いを込め、凝り固まった体をほぐす。


「……今日、残念だったな」


 かなりサイズの大きいパーカーの前をかき合わせ、椅子の上で膝を抱えた瑞稀が柴田へ語りかける。その声音には、感謝と若干の申し訳なさが滲んでいるようだ。


「いやあアレはキツかったわぁ。……また次だな。もっと涼しくなったらロックフィッシュも始まるし」


 柴田は笑いながら次の釣行を提案する。


「それにしても、ひっさしぶりにがっつり釣りしたわ。結構リフレッシュ出来たし」


 彼は朗らかにそう言うと、手のひらの臭いを嗅いで「イソメくっさ」と顔をしかめた。


「そうだな。また今度行こうぜ」


 白み始めた空の下、二人は自然と帰り支度を始めた。

 椅子や広げたままの釣具を片付け、徹夜明けの気だるさと、名残惜しさを覚えつつリールを巻き取る。結果こそ芳しくなかったが、一晩に渡る釣行は終わりを告げた。



「なんか付いてる!」

「お、なんぞなんぞ」


「「ヒトデかぁ……」」

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