ぶれあうぃっち
寝返りにしては大きすぎる衝撃で泉は目を覚ました。背中に感じる底冷えの地面を握り込んで実存を確かにしながら、顔を左右に振って靄がかった頭の秋晴れを図る。すると出し抜けに、目を刺す光の束を浴びた。泉は手と目蓋を使い、その光を遮りつつ隙間を縫って一瞥する。そこには、無表情に見下ろす高野の姿があり、泉は弱々しく呟く。
「やめろ……」
身を起こして高野の蛮行を止めてやりたい気持ちはやまやまだったが、身体に力が入らず、病床めいた地面を温めることしかできなかった。
「目、覚めたみたいだな」
土塊と思しきものが顔に降ってきて、泉は反射的に顔を大きく背ける。その先でちぢれた毛が無数に生える黒々とした壁に鼻をぶつけ、郷愁を感じさせる湿った地面の匂いを嗅ぐ。両腕を動かそうとすれば、まるで芋虫のように身体が蠢いて、何一つ上手く動作しないことを恨みながら目を回す。すると、掘り下げられて作られた土の壁に四方から睨まれ、泉は顔を強張らせる。
「寝心地はどうだ?」
未だボヤけて見える視界の不明瞭さに悩んではいるものの、手足に巻かれた結束バンドに四角く切り取られた地面の様子から、これが意図的に用意された状況だと理解した。
「言い残すことは?」
絶望的である。それでも泉は、どこか上の空で他人事のような気分にあった。
「……」
実直に高野の要望に答えて、世界が自分を中心に回っていると勘違いされても癪だ。そんなふうに泉は考え、口汚く罵ることも、命の尊さについて語る事もなかった。
「ここに来てだんまりか」
惜別を込めた言葉のやり取りさえ拒まれた高野の肩は落ちに、辛気臭そうにシャベルを扱う。雪崩れ込む土塊が泉の顔の半分を覆うと、含めば吐き出す生物の反射を無視して、ぶつぶつと口は何かを唱える。植木鉢のように土を受け止めながら口が埋まり、語るものがない片目がシャベルの最後の一振りを見た。
耳を当てれば息遣いが聴こえてきそうな荒い地面を、高野は踏みならす。
「口惜しいが、泉の言う通り俺には才能がないから、どんな葉をつけて大きく育つのか。まるで検討がつかないよ。だけど、わかる気がする。きっとこの地に安らぎを与えるってね」
高野は、墓標に供えるように呟いた。背中に迫るものがない身軽さは獣道を苦としない。斜面を滑るようにして下れば、件の広場に出る。車の横で落ち着かない様子で右往左往する自転車乗りの姿が目に入った。荒い呼吸と熱を帯びる身体がここに着いて間もない事を物語る。
「やぁ、タイミングが良いな。君は」
高野は満面の笑顔で自転車乗りを迎えた。相反する自転車乗りの形相とぶつかり合い、荒々しい言葉を呼び水に敵対の雰囲気が醸成される。
「泉さんをどこへやった」
つぶさに話さずとも状況を飲み込んでいる自転車乗りの器量に高野は大いに喜んだ。
「いやぁ、やっぱり君は素晴らしいな。偶さか居合わせたとは思えない」
「高野。僕はそんなこと聞いたんじゃない」
自転車乗りは胸ぐらを掴む勢いで高野に詰め寄って忌々しそうに睥睨する。だが高野は、怯んで態度を軟化させるなどの狼狽を見せず、屹立した怒気を前に胸を張った。そして、土を掘った名残りを口端に残すスコップを、自転車乗りの目の前に差し出す。
「作戦名、ブレアウィッチ。続行か否か。決めるのは君だ」
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