ていでん
「高野が何を企んでいるか聞いていないんだけど、一体何をしようとしてるの」
あの場にいながら、一切の説明が為されていないことを鑑みるに、二人の関係は恋人以下、知人に毛が生えた程度の薄い繋がりのように思えた。それでも、高野は彼女を呼び出した。僕の個人的な判断ではあったが、大まかな粗筋をそのまま説くことにした。
一通り話し終えると、彼女はティーカップの縁を指でなぞり出す。神妙な顔をした彼女の丸い輪郭と相まってなかなか掴み所がない。片膝をつき、上目遣いで彼女の心模様を覗き見るような殊勝な心構えでなければ、決して主情を落とされることはない。そんな気がした。僕は当たり障りのない世間話を投げることにする。
「最近、また物騒ですよね。このあたり」
「そうなんだ」
「ニュース見てないですか? 通り魔の」
彼女は前屈み気味だった上体を背もたれに預けた。
「あー、なんとなく。知ってる」
「僕らがこの前行った、未解決事件の犯人だったりして」
短絡的な連想ゲームのつもりで言った。
「どうしてそう思う?」
思いの外食いつかれてしまい、僕は言葉を窮した。
「勘ですよ、勘。深い理由はないです……」
低俗な話題の振り方をした所為で、推測にしても曖昧模糊な直感を述懐してしまった。しかし彼女は、真に迫った顔で聴き取り、座った目をする。
「留意しとくよ」
時間を目付ける待ち人は、往々にして相手の第一声を大事にし、そぐわなければ悪即斬を掲げて首を長くする。人を待たせる真っ当な事情を拵えなければ、甘んじて頭を下げてもらいたい所だ。僕は睨みを利かせて、高野の第一声を待った。
「揃いも揃って、全く君たちは社会人の鑑だ!」
高野は悪びれず彼女の隣を陣取った。甲斐性がない上司に傅く部下の気分を味わうとは凡そ思わず、僕は顎を落とした。
「で、なんで私を呼び出したわけ?」
僕と立場を同じくする彼女は、そばだてた肩の横から覗くようにして高野に尋ねた。
「そりゃあ、後始末を考えたときに必要だと思ったからさ」
彼女が尻拭いに駆り出される状況に陥る想定は全くもって理解できない。当事者でありながら、全容を掴み切れないのは立案者である高野の手心によるもので、脇を締め直す必要がありそうだ。
「それで、だ。君が色々考えてくれるのは有難いんだけど、鉄は熱いうちに打たないと、冷めちゃうんだよ。わかる?」
彼女に向けられた矢印が僕へ向き、高野から掛けられる圧力に下っ腹に力が入った。
「わかってます」
高野は深く息を吐く。空々しい返事がバレたのだろう。
「踏み出す勇気が必要か」
テーブルの上に正方形の白い紙らしきものが置かれた。高野は何も言わず、僕の目を見て、暗に語るのだ。「手に取ってみろ」そんな言葉が耳を介さず腑に落ちて、まじまじと機嫌を伺うように注視する。
「……」
それを見てしまえば、二度と引き返せない。足の着かない泥濘に腰まで浸かってしまいそうな危機感があり、おいそれと紙に触れることすら、忌避した。これ以上、沈黙が続けば毒になりかねない。そんな気運をヒリヒリと肌に感じ始め、卒倒もやむを得ないと首が落ちかけたその瞬間、海洋の鯨飲に遭った。
「ちょっと」
「停電?」
蛍光灯の微睡みに人々の困惑が跳躍する。そんな中でも、光を含んだ高野と彼女の輪郭を仄かに捉えられ、テーブルの上に置かれているであろう紙も、指先で簡単に触れられた。そして僕は何故か、ポケットにそれを忍ばせて、闇夜に紛れながらソファーを離れる。
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