えんぎり

 今は会社の面接でもなければ、商材を売り付ける為に阿る訳でもない。普段から心掛けている礼節の一環であることを、柔和な目つきでもって証明する。すると依頼主は、おっかなびっくりに身体を翻し、居間とおぼしき引き戸に忙しく手を掛けた。


 言っておく。私はどれだけ埃を吸っても咳き込まない自信がある。度重なる劣悪な環境を経験してきており、足の踏み場もないゴミ屋敷であろうと、口鼻をとっさに押さえる狭小な度量とは既に別れを告げている。


「どうぞ。って、座るところなんてテーブルの前しかないんだけど……」


 そう言って依頼主が導く先に、手の届く範囲で行動を完結させたいと考える典型的な居間のテーブルが四つ足で踏ん張っていた。生活の残骸がひしめき合う、衒いのない光景は、赤の他人を呼び寄せる人間の気概とやらが伺えない。


「あんまり見るな。片付けが間に合わなかったんだよ」


 まるで親交のある友人への言い訳だ。敷居は一段と下がり、適当な愛想笑いがよく似合うようになった。


「で、その、どうなんだ。いる……んだろ?」


 もごもごと婉曲な言い回しだが、私をこの場に召喚した意図を考えれば、長物な質問を繰り返して事情を詳らかにする必要はなかった。


「そうですねぇ」


 壁の軋む音や窓を叩く雨に鋭敏に反応してみせる依頼主の見てくれは形無しだ。私は肩に掛けていた鞄を床へ下ろし、仕事道具一式を取り出し始める。


 人との繋がりを縁と呼んで円環状の巡り合わせだとするならば、死者との繋がりは人知れずそこへ横たわる土着的なもので、忌避することはなかなかに難しい。庭師はそんな死者との縁を切る為に存在する。鞄から臓物を引きずり出すようにしめ縄を取り出すと、皮だけになった鞄がよだれた。


「それ、神社で見るやつ」


「えぇ。これから行うのは、縁切りと呼ばれるものです」


 座る場所だと案内されたテーブルの前に、しめ縄の輪っかを作った。


「……」


 神妙な依頼主の座視を受けながら、鞄の口を再び開き、探った右手で刃渡り七寸の牛刀を掴み上げる。職務質問を受ければ銃刀法違反によって両手に手錠を掛けられるだろう。リスクに見合わぬ庭師の仕事は、形而上の存在を相手にしていることから、座持ちは悪く、説明を求められたところで公共性はない。しめ縄に牛刀という組み合わせは、私を頼ったはずの依頼主でさえ、神妙な面差しをした。


「いやぁ、警察と鉢合わせなくて良かったですよ」


 軽口を叩いて依頼主との関係を揉みほぐす。時には、理容室さながらに世間話を投げかけることもある。好感な関係を築くことにより、首尾よく終わらせた仕事に対して、余計な猜疑心を和らげるのだ。黙々とこなして満足してもらうには、目に見えた結果が必要となる。生業の性質上、それは土台無理なことであり、少しでも解せぬ思いをさせないように、所作から言葉遣いにかけて、注意を払う必要があった。

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