あらぬこと
「随分、綱渡りなことをしますね」
わざわざ警察官が居る方へ歩いていけとは言わない。それでも、視線の動きやしぐさで目を付けられて、手荷物検査などの厄介な出来事に巻き込まれないようにするには、警察の存在を常に留意し、出し抜けに目の前へ現れようが、決して動じない度量が求められる。
「警察の目を掻い潜るコツは、胸を張って顎を下げないことですよ。視線を一定の高さに保ち、なるべく警察を視界に入れないようにすれば、万事問題ありません」
こんな助言、依頼主にしてどうする。親しげであることを心掛けるあまり、不必要に講釈を垂れてしまった。
「なるほど。勉強になります」
この淀みない返答を不安に思うのは、手前勝手な私の自制心だろうか。拙速であろうと仕事を終わらせて、依頼主と心の接近を図るのはやめよう。
「それでは、そのしめ縄を首に掛けてくれませんか?」
「おいおい、脅かしているだけだろ?」
しめ縄に牛刀。これから起きようとしている事態を依頼主は暗に理解したようだ。眉毛が不自然に釣り上がって、左目蓋が僅かに痙攣している。
「脅かす? そんな子どもじみたことはしませんよ。真っ当な手順を踏んで誠心誠意、問題の解決に当たっています」
「……」
依頼主が真一文字に口を結んで唇を内側へ仕舞い込む。理解し難い工程を踏んでいることへの不満があけすけになった。しかし、十分承知している。現実離れした解決方法を提示した際に起こり得る庭師としての尊厳は、ただひたすら、預かり知らぬ自信を胸に仁王立つことである。それは、前述した警察官との付き合い方とも似ていて、一見、冗談に思われることでも、真実味をもたらす。
「どうするんですか。それで」
脇を締めて目付きが鋭くなった人間の警戒心は、聞く耳を持たずに徹頭徹尾、閉口を崩さずに接されても仕方なかったが、依頼主の自ら歩み寄る姿勢に感謝する。
「このしめ縄を首に掛けてもらえますか?」
ギョロリと目玉が動いて、しめ縄と牛刀を交互に見やった。私の提案の一切を受け入れずに突き返す排斥の動きに出てもおかしくない、挙動の不審さである。だが、依頼主は粛々と私の言葉を受け止めて、強張る手がしめ縄を掴む。打ち首を覚悟したかのような諦観をやおら瞑る目蓋の重さから察する。
喉仏が不快感から何度も上下する。白刃の呼吸を感じ取った喉が縦に伸び、縄で縛られているかのような全身の硬直加減に、居た堪れない気持ちを催す。
「直ぐに終わらせるから」
謝りこそすれ、口元が斜めに反り上がる。不謹慎ながら、牛刀を片手に委ねられた身体の自由には、間抜けな悪戯が似合いそうだ。しめ縄を切り落とすために牛刀をノコギリに見立てて、押し引きを忙しなく繰り返すと、依頼主の顔が見る間に紅潮した。
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