何故に彼等はこうなったか

駄犬

庭師の仕事

ぶらんにゅーでい

 死んだ人間の魂は霊樹となり、その地に根付く。ほとんどは毒にも薬にもならずに慎ましく枯れてしまう所を、どういうわけか養分を吸って成長し、現世に干渉するほどの霊樹に育つものも存在する。とある地に於いて、繁栄の象徴として霊樹を祀る浮世離れした話も音に聞く。だからといって、成長した霊樹が良いことばかりを呼び込むものではない。やはり、厄災をもたらす霊樹も同等に存在し、それを切り倒す庭師がいる。初めの頃は、墓石を蹴り倒すような疾しさに苛まれていたが、今では鎮魂の意を込めて切り倒す気持ちに即した。


 私の仕事に付き纏う、酸鼻な事件の数々は、風化を恐れたメディアの目配せにより、物語として或いは緊急特番という枠組みで仔細に記録に残す。ただ、過去を振り返った際、地層の如く事件は様々な色を持ち、歳かさに応じて事件に対する印象は食い違った。


 私に回ってくる依頼の尽くは、膝を突き合わせて聞く駆け込み寺とはまこと離れた、一枚壁を隔てて聴く告解に近く、事の顛末は聞くに堪えないものが多い。それは即ち、事件や事故、人が悪い意味で命を落とした場所にまつわり、人並みにニュースに触れていれば、連れられただけでピンと来るもので溢れている。私は依頼主に事情を問う事はしないが、しばしばそれが裏目にでることもある。今回はその最たる例であり、昔取った杵柄になるだろう。


 マンションの管理人ではなく、居住者が自ら頼む珍しさと、表札を埋める名前の数に驚いた。ここは健全に人が生活を送るのに何不自由のない場所だ。とても霊樹が悪さを働いてるような気配はなかった。整然と並ぶ表札の中から今回の依頼者である「八木」の苗字を見つけた。呼び鈴を鳴らし、ドアが開くまでの間、決まり事となった動作がある。それはネクタイの結び目に触れることだ。意識下にない気の緩みをこれで正す。


「泉さん、ですよね?」


 少しだけ開いたドアから隙間風のように声が聞こえてきた。


「はい」


 警戒を喚起する開閉の遅さと釣り合わない依頼主のガタイと強面が傲然さのかけらも無くぬるりと挨拶代りに腰を曲げた。


「どうも」


 その頭髪に黒いスーツで身を固めれば、社会との接点を威嚇から始めそうな悪性さが偏見ながら頭に浮かんだ。つまり、およそ堅気のそれとは縁遠いナリなのである。肝が据わっているように見えても、私にかかるほどの軽微ならざる精神的苦痛を負っている依頼主だ。しかし、疑問は残る。居住者であるならば、出ていけばいいだけの話なのだ。叩けばいくらでも埃が出て来そうな案件でも、詮索を示唆するような目配せに注意しなければならない。興味を惹かれるような部屋模様であっても、決して振り向かず、シゴトを全うする仕事人の皮を被るべし。


「本当に、どうにかできるんだよな?」


 懐疑的な依頼主が欲しているのはささやかな指標。私を防波堤に見立てて、推し量ろうとしている。


「勿論ですよ。私の評判を聴いて、電話を掛けて下さったんですよね? なら、心配する必要はありません」


 もしそれが欺瞞であったとしても、胸を張って堂々とすれば、更なる詰問を遠ざける正道へ成り代わる。玄関の扉を閉めると、足下に暗闇が這う。三和土との距離感が上手く掴めず、靴を脱ぐのもままならない。


「すみません、明かりをくれますか」


 依頼主の壁を突く音を聞くと、咳き込むように蛍光灯が何度か明滅したあと、ようやく足下が明らかになった。


「ありがとうございます」


 仕事柄、男女問わず赤の他人の家に上がることが多い。行儀を踏まえて粗相を減らす心がけは依頼主との円満な関係を築く手助けになっている。


「俺の周りにいる連中はズカズカと無作法に入ってくる奴しかいないから、新鮮だよ」


 きっとそう思ってくれるはずだ。足を割って下品に股座が開かぬように身持ち硬く膝を揃えたまま靴を脱ぐ。お尻を向けることはせず身体を斜めに構えて、人差し指と中指、親指の三本の指で靴を揃えれば、物珍しそうに私の所作を依頼主が見ていた。

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