第15話
緊張が抜けた悠はばたっと後ろ手に倒れ込む。イオはそれを見て包み込むように受け止めた。
ばふっと効果音が出そうなほど柔らかいなにかに包まれる。鼻腔にうっすらと甘い紅茶の香りが漂う。見た目が全然違う“分体”だったがやはりこれは彼女なんだなと改めてそう思った。
『お疲れ様でした。ユウ』
「うん。イオもおつかれ~」
軽くお互いに労いの言葉を掛け合う。そこに気まずい空気は一切ない。いろいろとあった先の戦いはこの二人にはよい影響を与えたらしかった。
「イオ…。その…おこってる?」
『いいえ。なぜそう思われたのですか?』
「いや…それならいいんだけどさ。その…あなたのたいせつな人をわるくいったから…」
『変人なのはわたくしも承知の事実ですが』
「あっやっぱり?? ていうか、むしろ昔からそうだったの…」
『そうですね。あの方との暮らしにはいろいろとありました。“刻印”を授かったということは、実際にお会いになったということでしょう?』
「あ~…えっと。その…。うん。そうだね」
眼を泳がせ、どうしたものかと考えたが結果的には白状する。どうせここまできて隠し通せるとは思えないし、第一…彼女に嘘をつくことを避けたかった。これからも一緒に過ごしていくのだから、やましいことはしたくない。
『やはり…そうなのですね…』
イオはそういって少し沈黙する。“大切な人”が居なくなるのはそれだけで心の傷になる程に辛いことだ。それを身に染みて分かっている悠は彼女を簡単には慰められない。その傷はどれだけたっても完治することはせず、時間だけが舐めるように過ぎていく。悠がなにを言っても気休めにしかならない。
彼女がたとえ作られた人格だとしても…今までイオと付き合ってきた悠は、人と何一つ変わらないものだと既に気づいているから。
『“
「あ…あれ? まだそこまでいってないのに…」
『あの方の“最後”はわたくしが見届けました。生きている筈がないことはこのわたくし自身が証明しております。ならば、取れる選択肢は一つだけでしょう』
イオははっきりと言う。過去との決別。それはなかなかできるものではない。大切な思い出なら尚更…。しかし、彼女は言う。
『感傷に浸るのはこれくらいにしておきましょう。わたくしはまた大切なものを見つけたのですから』
その声にはもういつもの落ち着きが戻っていた。
・・・・・・・・
『あの方とお会いしてユウはどう思いました?』
「ええぇ?あのサイサリスのこと…だよね?」
はい。とイオは頷く。まさかあの“魔女”ことを自ら振られるとは思ってなかった彼女は少し悩んでから返答する。
「ヘンタイナルシスト」
『ああ。やはり』
「なっとくしてるじゃんっ!!?」
『会った時からそうでしたから予想はしておりました。その…もしや…ですが───貞操を奪われたりはしませんでしたか…?』
彼女が恐る恐る訊いてくる。って、なんつー質問だ。
「てっ、ていそうっ!? やってない!!おれはなにもやってないよ!!?」
『ああ…よかった。その様子だとまだのようですね』
イオがほっとした声を漏らす。
『あの方はなにも知らないわたくしをベッドに連れ込み性行為を行おうとしたので。もしやユウも奪われてしまったのかと…。ですが、安心いたしました』
(いや、ファーストキスは奪われたんだけど…って───)
「えっ!?なに!?イオとも致そうとしたの!?まじでみさかいがないな!!あのヘンタイっ!!」
ただのナルシストではなかったらしい。レズの毛があるヘンタイナルシスト“魔女”。そんな奴に悠はファーストキスを奪われたらしい…あのまま続行されていたら結構ヤバかったのかもしれない。いや…もしかしたら“魔女”にはこんな変な奴しかいないのだろうか。先が思いやられる悠であった。
「────というか…ほんとにふたりはそんな仲だったの…? 仲はいいん…だよね?」
『さぁ、どうでしょう。昔のことなので忘れてしまいましたね』
「いや、ぜったいわすれてないでしょっ!」
突然はぐらかす彼女。それだと余計にやってしまった可能性が高くなるんだが…イオは構わず楽しそうな声をあげている。
『ふふっ…。またそれは次の機会にいたしましょう。ご興味がおありなら実演させてもらっても構いませんし。それに────彼女が来られましたよ』
なんかものすげぇ爆弾発言をしたイオは悠の返答を待たずに来客を知らせる。
「ママ~」
と、“魔女の家”の入り口から声が聞こえた。
「うおっぷ!」
時を掛けずして高らかにダイブしてくる影。まあそれは声を聞いた時点で予想はできていたが。
「ママっ。まぁま~♪︎」
「ちょ…っ。あ、あまりくっつかないで…」
くっついてきたのは眠っていた筈の黒髪の女の子。彼女はまるで子犬のようにすり寄っては身体を擦り付けてくる。その様子はまるで自分のものだとマーキングでもしているかのよう。
「あっ!ママケガしてる!」
「ああ…だいしょうぶだよ。かすりキズだし…って、ちょ!?なめないでっ!?」
懐かれるのは嬉しいことだが、ここまで度が過ぎると恥ずかしいし、手におえない。というか、本当に元気になったようでその姿は出会った時のように元気一杯だった。少し抑えて欲しいところだが…この年頃の子はこれぐらいがちょうど良いのだろう。たぶん…。
「ほんとに…げんきになったね」
「うん!ずっといっしょにいれるよ!」
「そ、そうか~…」
天真爛漫。無垢なる笑顔が眩しい。まあ嫌な顔をされるよりも何倍もよいので目を逸らすだけで止めておく。さすがに見つめ合えるほど度胸はない。悲しいかな。悠はコミュ障なのである。
『ずるいです』
「え?」
なにやら不貞腐れた声が聞こえた。
そして今まで寝ていた巨大な蝶々は形を崩し、変わりに出てきたのはドレス姿の…イオそのもの。
悠がなにかを言う前に彼女は素早く二人の身体をがしっと捕まえその豊満な胸へ抱く。
「えっ! ちょっ!? なにやってんの!?」
「埋め合わせです」
「え″」
ここでそのワードが出てくるとは思っておらず口角がひきつる。
女の子はよく分かっておらずそのまま巻き込まれるようにして一緒に抱かれていた。
「これからはわたくしも出てきてお世話をさせていただきます。常に“収束”させるには効率が悪いので家の中でのみに限定いたしますが、頻度はかなり高くなるでしょう。覚えておいてくださいね。ユウ」
「いや、おせわって…そこまでしなくても…」
「それに、ユウはわたくしのことを少し誤解しております」
「え?」
「わたくしは確かに“あの方”のことを忘れられません。しかし…今の貴女様のこともわたくしは好いています。寧ろ愛らしさで言うなら貴女様の方が勝っていますのです」
「す…? え?…う…ぇぇぇぇえ???」
唐突なる告白に頭が真っ白になる。
「ですので、そう邪険にしないでください。これはわたくし自身がやりたいことなのです。避けられてしまってはわたくしも悲しいです。ユウは…わたくしのことがお嫌いですか?」
「うっ。うぐぐ…そのしつもんずるいぃ…」
不安そうに投げ掛けられるイオの眼差し。抱き寄せられているため逃げることも叶わず。その美貌の餌食となる。悠の顔はこれでもかと赤面していた。これでは赤眼ではなく赤面の魔女である(笑)。
「わかった…。わかったからっ。もうはなしてぇ…」
耐えられずそう言う悠だが、まあそう簡単には離してもらえない。にこにこと微笑むイオは大切なものに触れるかのように頭を撫でる。
「ふふっ。わたくしは幸せ者ですね。こんなにも思ってくれる御方がいるのですから」
「なんかごへいをまねくいいかたしてない…?」
「そんなことはございません。ユウはわたくしを使ってくれると仰いました。ということはつまり…わたくしと添い遂げてくださるということでしょう?」
「え?なんて?」
悠の表情が固まる。
「そのお覚悟。わたくしはとても心を打たれました。実際にその手で使ってくださる日をわたくしは楽しみにしておりますよ♪︎」
「まって!? おわらせないでっ!? いまなんかヤバいこといったよねっ!?」
ころころと微笑む彼女は一層腕に力を入れて抱き寄せる。それはもう離さないと行動で体現しているかのようだった。
男性としては本来嬉し…けしからん状況であるはずだが、悠としては嬉しいを通り越して恥ずかしい。そしてそれをさらに通り越して限界に近かった。小心者なのです。
この状況から早く抜け出したい悠だったが、視界の角になにやら浮いているものを発見してしまう。
「げ! スティアがみてるぅ!!??」
それはふよふよと浮かぶ“魔杖”。因みにその中にはあの“魔女”の領域もある。と、いうことは?
(あいつに全部見られてんじゃん!!!!! うわー!!! やめろーっ!!! 見てんじゃね――――ぇっ!!!!!)
悠はパニックになる。こんな情けないところをあの性格の悪そうな“魔女”に見られるなんて。しかも、相手はイオのもと相棒である。
「ちょ…きょうのところはやめよう!? ね? ふたりともはなれて!?ね? ねぇ!?」
「やだーっ。ママといるーっ」
「ならばわたくしももう少し…」
「ダメだってばぁ!!!!」
悠は悲痛な声を上げる。バタバタともがくが体格差でどうしようもない。笑顔でくっつく彼女らはこの後も数十分もの間そうしていた。
長かった1日。それがようやく終わりを迎えた。
二人のハグから解放された後も家の中でまたもやバタバタとしたが、大変賑やかになったということで止めておこう。
こうして“小さな魔女”の物語が始まったのだ。それはまだまだ序章に過ぎないが、苦楽を共にする仲間がいるのなら一緒に乗り越えていけるだろう。
どんな結末が待っているか。どんな行く末を描くかは“魔女”となった彼次第――――そして…。
『仇なす者に。そして、わたしに。それを横取りされないよう気を付けてね。───魔女成る者よ』
そう言って観察する者は冷ややかに微笑んだ。
◆◆◆
洗礼された空間。月夜に輝くステンドグラス。
冷たい空気が立ち込め、僅かに霧が漂っている。
そこは神聖なる祭壇。世界を管理する神がおわす聖なる教会。
「報告します。“端末”の反応が消失しました。どうやら破壊されてしまったようです」
頭を下げる若い男性。綺麗に撫で付け整えられた金髪はその端正な顔立ちにとても良く映える。
対する壇上におわすは“白銀”に靡く長い髪を月あかりに煌めかせる“少女”。まさしく月下美人。その言葉が彼女にあるかの如く見目麗しい見た目だった。
「そ…。またテュフォン機関にやられた?」
小さな鈴が震えたかのように響く声はささやか。しかし、閑散とする教会ではその音色は十分だ。
「いえ。今回は少し違うようです」
その返答に表情のなかった少女の眉が微かに上がった。
「“コア”を破壊されたので詳細な事柄は分かりませんが。“端末”が破壊される少し前にこのような言葉が記されていました」
そう前置きし、彼は懐から小さな紙を出す。そこには“魔方陣”が描かれていた。
『鬲秘%譖ク縺ョ蛹ゅ>縺後☆繧』
この神聖なる場所には似つかわしくない奇声。
「“魔道書”の匂い…」
少女は呟く。
「詳細な場所は解析できませんでした。しかし、恐らくは王国内かと…」
「そ…」
小さく首肯して二人は口を閉ざす。男は主の決断を待ち、少女はどこか遠くを見つめどこか思い詰めているような様子を見せる。
「“蒼”を使う」
「よろしいのですか? まだ確証はありませんが」
「うん。責任は持つ」
「承りました。では───」
男は立ち上がり礼をすると踵を返す。
唯一の客人が暗闇に消えると少女はまた目を閉じる。それは精巧に作られた人形のようだった。
「また…会えるね」
そう言い残し、少女の意識は闇夜に沈んだ。
────────《魔女なるもの》終 ◆
◇◇◇────────────◇◇◇
《ここからは作者の後書きが入ります。めんどくさい人はバック推奨》
ここまで着いてきてくれた読者様はどれだけいらっしゃるのでしょうか。今のPV的には…数十人ほどでしょうかね。こんばんは。作者です。
まずはここまで見てくれた方々に感謝を。読んで下さり誠にありがとうございます。
とりあえずは、よい感じに幕引きできたのではないでしょうか?ちょっと急なところやカットしたところはありますが…どうですかね?面白かったですか?
さて、ここから本題なんですがっ。なぜこんな珍しく“後書き”を残したのかと言うとですね…。1ヶ月ほど休もうかと思っているからです。近況ノートを見てくださった方にはお分かりかと思うのですが…実は転職中でして。そろそろ研修も始まる頃合いでリアルがどうなることやら。ドキドキで夜も眠れません。いや、爆睡してるな言い過ぎたか。
個人的にはまだ書きたいな~的な物語やアイデアはあるので続けたいところでありますです。はい。なので、まあ朧気な物語のアイデアを固めると言った意味でも少し休もうかと思い立ちました。よい案が思い付かず泣く泣くカットしたところもありますし…。
もっとユウとイオをいちゃいちゃさせてぇ…とか、思っていたりもするので。ガールズラブは安心してください。え?いらない?
こほんっ。とりあえず、今回はここまでにしておきます。またストックができましたらまたお付き合いくださるととても嬉しいです。ここまでお付き合いくださり本当にありがとうございました。この後に簡易的なプロフィールも書いたのでよろしかったらどうぞ。では、またお会いしましょう!
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