第13話
《残酷描写注意》
◇◇◇──────────────────◇◇◇
気づいた時にはすでにそこにはいなかった――――
あるのは自身の胸に残ったこの“右手”だけ。それ以外は全て…消し飛んだ。
目の前に残っているのは黒炭となり果てた“残骸”だけ。人のだった時に外形すらそこには残ってはいない。
灼熱の光に包まれ、身体が焼け、瞬時に水分が蒸発し、炭化した身体───ボロボロとこぼれ落ち地面に横たわる頃には原型すらなかった。
僅かに、ほんの僅かに範囲外に出ていた“右手”だけがそこから溢れ落ち、干からびた地面に落ち延びた。
それを…胸の中に抱く。
まだ“温かい”。一瞬前には一緒にいたはずの大切な…大切な人。これは、その…残骸。
呻き声すら出ない。幼い彼女にはなにが起きたのかすら理解できない。
視界が滲む。座り込んだ足は自分のものではなくなったかのように微動だにしなかった。
───なにかが近づく音がした。
彼女は動かない。
次の瞬間、その残酷な光景は視界と共に奪われた。
・・・・・・・・・
次に見た光景はよく分からないものだった――――
眩しい光に照らされ、眼が眩む。
手で庇おうとしたが、そこで身体が動かないことに気づいた。
『被験体4号。意識覚醒確認』
『精神安定…鎮静剤注入停止』
『魔力数値正常…他数値全てオールグリーン───』
そんな抑揚のない無機質な機械音声が鼓膜を叩いた。
それらは妙な仮面を被り、表情が見えない。その上声にも感情が乗らないためそれらは“人形”だと言われても信じてしまいそうな者たちだった。
なにが起こっているのか。ここはなんなのか。この人たちはなんなのか。なぜ動けないのか。不安が募る。
「ママ…っ───」
咄嗟に出た言葉はもう既にいない大切な人。
あの“残骸”が脳裏をフラッシュバックする。
見たくないと思っても網膜に焼き付いたかのように消えてくれない残像が彼女を恐怖に陥れる。抑えられない感情が目から溢れて漏れて止まらない。
『精神不安定化。再度鎮静剤投与───』
周りにいる仮面を被った人たちがなにやら慌てだす。ややあって…
『───精神安定せず。記憶処理、実行』
ぐちゅ…とおぞましい音が耳元から鳴った。
「ママぁ…っ。ママ…っ…! ママぁ…ぁ…───う″っ! ああっ…ぁぁぁあぁ…────」
頭が痛い。思考が鈍る。視界が真っ白になり、五感が掻き乱される。今自分がなにをしているのかも。なにを言っているのかも。なにも。なにも…ワカラナイ――――
(ぁぁぁ…○○…。あ…れ…。なに…してたんだっけ…)
ふっと落ち着きを取り戻す。しかし、それは明らかに不自然な動きだった。その呆然と目の前を見ている様は端から見れば生気のない人形のよう。あとに残っていたのは頬に伝った涙の跡だけだった。
『精神安定化に成功。実験段階移行────』
機械のように動く仮面人形たちは対象が静かになったことで落ち着きを取り戻し、また行動を開始する。
『フェイズ3へ移行。被験体4号の身体修正後、
狂気的な言葉をつらつらと並べる。それに今の彼女は気が付かない。いや、気が付けない。そして――――――
『四肢切除、開始───』
“ドスッ”
なんの躊躇いもなく“それ”は行われた。
「…………ぇ……?」
口から溢れる困惑の声。しかし、それはすぐに変化する。
肘から無くなったそれを見て。
膝から失ったそれを見て。
無造作に机に置かれるそれを見て。
どろどろと溢れるそれを見て。
────耳をつんざくような声を上げた。
自身から出ているものとは思えないほどの狂気染みた叫び声。
勢いよく溢れ出る液体は身体に顔に、椅子に拘束具に仮面人形にすらべっとりとへばりつき、取り乱す彼女をなんの感情も示さず奴らは見ている。
『四肢切除完了。“
栓を抜かれた間欠泉のように吹き出る赤色の四肢に黒い“なにか”があてがわれる。すると───水を得た魚のようように黒い“なにか”は動き出した。
ぐしゃ…ぐしゃ…ぐしゃ…ぐしゃ…
四肢に突き刺さるような感覚。幸いにもそれで流血は止まる。しかし、それは不幸の始まりでもあった。
彼女は感じる。“なにか”が食い付いた四肢。そこからなにかが伸び…身体を這い上がってくるおぞましい感触。
「ぎ…っ!?あっ…!…っ!!…ぅが…っ!??───」
声にならない奇声が喉から飛び出る。
それは筆舌に尽くしがたい…生きている人間が決して感じてはいけない、とてつもなく
目を剥き、その小さな身体をこれでもかと仰け反らせ、頑丈な拘束具さえも軋ませる程の荒れよう。烏の濡れ羽のごとく艶やかな髪も毛一本一本に意志があるかのように荒れ狂う。
そんな荒れ狂う彼女は自覚できていないが、その“異物”は彼女の姿を変えていく────
耳が長くなり、口には牙ができ、尻尾が生える。皮膚が固まり黒い甲殻が生成され…。そして、瞳孔が縦に割れ“黄金”に輝く。それは人ならざるモノの証明だった。
「ぃや…あ″っ─────────…」
突然、声が止む。と同時に“それ”の進行は収まった。
今や容姿は似けれど人ではあらず、“魔”に作り替えられた“
『定着率…89.6%───良い結果…』
『良い結果…。良い…ヨイ…よい…』
『ああ…喜ばしい。極めて良い…』
『貴重な…成功例…』
奇妙な沈黙の中。仮面人形どもが嬉しそうに口々に囁く。初めてその無機質な声に感情が入り交じった瞬間だった。
『しかし、意識…覚醒せず───』
仮面人形の一人が言う。それは想定外の事態であったらしく、人形全てが彼女の周りに集まる。
『何故?ナゼ?なぜ?』
『失敗?まさか。なぜ?ナゼ?』
『手順通りのハズ。なぜ?』
『ナゼ?なぜ?なぜ?』
それらは動揺しているようにも見える。しかしながらそれは束の間のことだった。
ふっと感情を消した彼らはお互いを見やって口々に提案しだした。
『失敗例ならたくさんある。処分スベキ』
『しかし定着率はヨイ。ここまでのものは他にナイ』
『モッタイナイ。保存を提案』
『このまま研究スベキ───』
見やった人形どもは少し無言になる。そして、取った行動は研究対象として保存しておくことだった。
◇◇◇
黒く暗く、肌寒い、視界を遮る程の濃霧の中───歩き続ける。
なんの宛もなく。前も後ろも。横も上も下も。何も見えない世界。
(…なんで。あるいてるの?)
なにか大切なものがあったはず。しかし、それは思い出せない。自身の行為もよく分かっていない。しかし、歩みは止まらない。
どれだけ歩いたのだろう。途方もなく歩いたかのように思えた。思考には靄がかかり、考えようと思っても霧散する。しかし、その足は確かに…なにかに突き動かされるように歩いてきたのだ。
(つかれたよ…)
歩いても歩いてもなにも変わらない視界。ゴールすら見えてこないその光景に彼女はすでに疲弊していた。しかし───
(…? あかるい…)
突然、辺りが明るくなった。それに嫌がるかのように黒い濃霧は視界から消えていく。
天から降り注ぐ優しい光───
それに照らされ彼女はようやく瞼を開けた。
夢うつつなぼやけた視界。少しずつそれが鮮明になっていく。そして、最初に見たものは────
透き通った“赤”、美しい煌めきを放つ宝石のような赤い瞳だった。
「あ…えっと…。き、きみは…??」
その声にぴくっと自分の長い耳が反応する。耳を通る優しい声に安らぎを覚えた。
(…あれ。どこかで…みたことある…)
ずっと…ずっと…。会いたかったはずの…大切な人。
その綺麗で宝石のように輝くルビーの瞳。それをたよりに靄の中を掻き分け、好き勝手に弄られた記憶の中からようやく探り当てる。
「ま……」
「ん、…ま??」
「まま…?」
ああ…これだ…。言えなかった言葉。伝えられなかった言葉。理不尽に消されてしまった言葉。やっと、やっと…口に出せた。
「ママっ!!!!」
彼女は飛び付く。ようやく会えた大切な人に。
あの時感じた冷たい“温かさ”とは違う。身体の芯にまで染み渡る、心暖まるほどの優しい優しい…“温かさ”だった。
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