第4話



 

 ───あれからまる1日が経過した。


 

 “赤眼の魔女”サイサリス。もとい天城悠あまぎゆうは外の空気を吸いに川縁に座って、なんのあてもなく川を眺めていた。


 外の空気は相変わらず美味しい。

 悶々としていた気分が朝の清々しい晴天よって軽くなっていくようである。現代のハイテク技術がもたらしたものは便利で効率の良いものばかりだったが、こういう自然を消してしまった要因でもある。

 都会育ちと言わざるを得ない悠はこんなにも自然が溢れ、みどり豊かで人工物がまったくない光景を見てどこか新鮮みを感じていた。


 ――彼女が『右目』を目覚めさせてから、右目から溢れる出るように伸びていた炎は気持ちを落ち着かせるのと同時に終息していった。

 突然発現した時は何事かと戸惑っていた彼女自身も時間がたつごとに落ち着きを取り戻し、これについて考える余裕も出てきた。


 仮名“ほむら”と名付けたそれは右目の瞳孔に描かれた六芒星ヘキサグラムから漏れ出ているもののようで、目蓋を閉じていてもその隙間から絶え間なく出てくるほど強力なものだった。これが何なのか結局分からずじまいだったが、魔法がある世界というのなら答えはただ一つ。これは俗に言う──“魔力”なのではないだろうかと思う。



「ほむらっ」



 相変わらず舌足らずな言葉で唱えると、右目から沸き出る熱炎。目尻から陽炎のように立ち上ぼり天へと消えていく。その様子はまるで昇竜の如く。


 水面に映った自分の赤い瞳には黄金に輝く六芒星が描かれている。

 今のところ右目に熱を感じるくらいで痛みもなければ違和感もない。

 “何も支障はない”――それは確かに良いことだ。だが――本当のはここからなのだ。



 最後に出てきたあのクソ女神の“手紙”には続きがあった。しかもかなり……かな~り重要な事だ。



『───貴方は“それ”を目覚めさせた。これからはそのと上手く生活していきなさい。わたしからの手助けはこれで終わり。分からないことがあれば“彼女”に聞くこと。もう一度言うけど、人と会う時は用心すること。自分が“魔女”だということを忘れないで。ではでは~っ。グッドラックッ!!!!



            ────ビューティフル☆メガミさま より』





 と、まあ…。いろいろと意味深な言葉が書かれていたのだが……とりあえず件の“彼女”に起きてもらうことにしよう。




「え~と…おきてる??」



『はい。おはよう御座います。“赤眼の魔女カーディナル・ストレー”』


 (うう~ん。なんて…??)


 何か意味不明な呪文のようなことを言われた気がするが……とりあえずスルーする。


 目の前に突如現れたのは――赤く揺らめく蝶。自身の右目のように陽炎のごとく揺らめいており、実態がない幽霊のような存在である。


「え~とぉ…なまえはイオでよかった……?」


『はい、間違いありません。サイサリス・ユウ』


 美しく綺麗な声だった。それは優しい音色の女性の声で、それが直接脳内に響く。それが妙に心地よくてずっとそれに耳を傾けたくなる。しかし、その誘惑を振り切って悠は真剣に彼女(蝶)を見やる。


 彼女の名前は“イオ=マギカ・マキナ”。“焔”が発現したすぐ後に突然飛び出して来たのが彼女なのだ。


「……そのよびかたやめてほしいんだけど」


『あら……? なにか間違いがありましたか? サイサリス=アマギ・ユウという名だとお聞きしましたが……』


「いや、あってはいるんだよ? なんていうか……ユウだけでいいよ、サイサリスとかはいわなくていいからね。気になるから」


『承知いたしました。ユウ』


 悠の目の前で揺らめく蝶は素直に要望を聞き入れてくれる。どこかのクソ女神とは大違いだ。

 さて、ここからが本題である。


「イオはその……。“ししょ”なんだっけ?」


『はい。“赤眼の魔女”サイサリス様が持つ“魔道書ワールドワイズ”。その管理を行うために創造された人ならざる人格です』


 (人ならざる人格ってなに…?? 回文かなにか?)


 彼女はぽかんとした表情を浮かべる。



『確かに言葉で言い表すには限界がありますね。――――では、実際に見てもらった方が早いでしょう』



「へっ??」




 そう言うや否や。突然見ていた蝶が発光し、光に吸い込まれるかのように視界がホワイトアウトする。






 気がつくとそこには……森もなく、川もなく、風もなく、鳥の囀ずりすらもない。

 そこにあるのは──視界を埋め尽くすほどの本と彼方まで続く途方もないほど高い本棚だった。それが幾重にも何重にも並んでおり、いつの間にか悠は――本の大迷宮の中に立たされていたのだ。



「ほぇ……えぇぇぇぇぇえええええっっ!???」



 気の抜けた驚きの声を上げる。本だけの世界にぽつんと小さな自分だけが取り残されたような感じがする。それほど壮大でとてつもない光景だった。


「───その驚いた表情。見るのは久しぶりですね。ふふっ…」


「っ!?」


 突然の声に飛び跳ねる悠。無意識に持っていた杖にぐっと力が入る。そうして振り返ると、彼女は目を丸くする。


「え……っ。あ、あなたが……イオ??」


「はい、その通りです。ユウ」


 それはとても美しい女性だった。

 あの女神と並んで立っても負けないほどの……美貌を持つ女性。

 紅の生地と白のフリルをあしらったドレスを着込み、優雅に椅子に腰掛けている。その様子はまるで一国のお姫様がお茶会をしているかのよう。

 髪がとても長く地に着くほどで、それは特徴的なストロベリーブロンド。その髪を掻き分けるように頭部からねじ曲がった角が姿を覗かせていた。


 人間離れしたその美貌とその双角。そして、ただの生き物では到底出せない神秘的な雰囲気――まるで目の前に天使が舞い降りたかのようであった。まあ、天使に角はなさそうだが。


 悠は恥ずかしながらその光景に目を奪われ、言葉も出ない。しかし、それは仕方がないことのようにも思えた。


「ここに誰かを呼ぶのは久しぶりですね。こちらにどうぞおかけ下さい。紅茶をお入れしました。出来立てですよ」


「え…。えっと…そのぅ…」


「戸惑うのは理解しています。ですが冷めない内にどうぞ。その方が美味しいですから」


 にっこり微笑んで促す彼女はまるで聖母のようだった。美化しすぎか。少なくとも女性経験の少ない悠にはそう見えた。

 その様子に見とれていたがはっと我に返ると、その短い足でとてとてと席に近づく。


「で……どういうことなの。……ですか?」


 悲しいかな……動揺が隠せないドーテ…もとい彼女は言葉に詰まりながらも疑問を投げかける。


「そう急かなくても良いではないですか。ここにはわたくしと貴女様しかいませんよ。それに、敬語は不要です。わたくしも少し楽に喋らせてもらいますので。お互いに。ね?」


「……むむう」


 その微笑みのままに見つめられると何も言えなくなってしまう。

 美人に見つめられて戸惑わないドー○ーはいないだろう。口下手なことも相まって居たたまれなくなった彼女はささっと視線を外す。


 ───と、そこにまだ湯気がたっている紅茶が目に入った。あまり紅茶をたしまない彼女だったが、嫌いというほどではない。気を落ち着かせようと一口それを口に含んだ。



「ぶっぅぅぅっ────────っっ!!!??」



「あらら?? どうされました??」



 吹き出した彼女を目を丸くして見やるイオ。



「あっまっ!!あますぎるよ! さとうの味しかしないけど!!これっ!!」



「あらあら……お砂糖の配分、間違えてしまったかしら……」



 頬に手を当て困ったように眉を顰めるイオ。その仕草にわざとらしさは一切なく本当に心配しているかのような様子が見てとれる。

 

 (はっ!? もしかして俺の味覚が変化してる…っ???)


 と、一抹の不安が過る。幼女化という前代未聞のになっているのだ。その問題は普通に考えられた。だが、目の前を見てその不安は杞憂に終わった。



「これでも少なくしたつもりだったのですが……」



「いやアンタのカップ山もりなんだけど!!! さとうで山ができてるよ!! それもう紅茶じゃなくてさとう水のんでるもんだよ!!」



 この女が極度の甘党だった。



「はぁ……。なんだか気がぬけた」


「それはそれは。よかったです」


「いや……その。うん。とりあえず、ここはどこなのかおしえてほしんだけど。いきなりこんなところによばれても気がやすまらない」


 嫌味なのか。天然なのか…。恐らく後者な気がするが、とりあえずそんな無垢な笑顔をこちらに向けるのはやめてほしいと思う彼女である。


「そうですね。では先に、この姿で会うのは初めてですので、改めて名乗りましょう。わたくしはイオ=マギカ・マキナ。この“魔道書”ワールドワイズの管理を任されております」


「わーるど…え? なに??」


「───“ワールドワイズ”。もしくは“赤の魔道書”と呼ばれるものです」



 イオの説明を要約すると、今二人がいるこの空間は“赤の魔道書”の空想領域の一部分らしい。


 空想領域というのは仮想空間のようなもの。もしくは擬似空間。

 “魔道書”とは“天神族”が造ったとされる創造物で、この世界を構成するありとあらゆる魔法が記されている。

 彼女がここの“司書”だと名乗ったのはこの空想領域を大図書館と言う概念で定義し、その中で知識を監視し記録を管理しているからだそうだ。


「今現在、貴女様が所有する“赤の魔道書”。その中にわたくしは貴女様の意識を呼びこみ、この場で面と向かって対話しているのです」


「ふうん……。まあ、イメージはそれなりにわかったけど……そもそも“まどうしょ”なんてどこに……? おれはどこにももってないけど……」


「あら。ご自覚がないのですね。しっかりと所持されておりますよ。───そのに」


 その言葉に驚いた顔をする。しかし、なるほど…と内心納得もいっていた。心当たりがあったのである。


「あの“へきさぐらむ”のことをいってるの」


「はい。よくお分かりで。“魔道書”とはただの識別用語でしかありません。それは“魔女”様の身に宿るもの。宿主がそれを目覚めさせられるかはまた別の話になりますが、貴女様は見事にそれを目覚めさせ、晴れて所有者となりました。――わたくしはここの司書とお伝えしましたが、貴女様のサポート、補佐役も兼ねております。どうぞこの身、存分にお使いくださいませ。ミスサイサリス・ユウ」



 真っ直ぐな瞳。その琥珀色の透き通る双眸に小さな魔女が複雑そうな表情をして映っている。

 その真摯な眼差しは嘘偽りなく真実を語っているようにしか見えない。

 そんな美しすぎる目を見返すことが出来なかった彼女は目を逸らしてため息をついた。


 まだまだ聞きたいことは山ほどあった。ここで現実に打ちのめされていたらこれからどうすればいいのだ。しかしだ……どうしても気持ちを整理する時間は欲しかった。


「あの……クソめがみ。…なまえしらないんだけど。あなたはどこにいるかしってる? とりあえず、ちょくせつ文句をいいたいんだけど」


「クソ女神様…ですか。面白いお名前ですね」


「いや、それがなまえじゃないんだけどっ。せつめいがめんどくさいな……。その……おれをこのせかいに連れてきためがみのことっ!」


 そこまで言って彼女はああ…と思い出した表情をする。


様のことでしょうか」


「らけしす??」


「はい。このわたくしをから逃がしてくださったお方です───」






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