自由の女神
ロルドシーパとの戦闘終了直後にジャンダ基地にやってきたのは八隻の小型艇。側面には大きく
捜査活動に伴う停戦の要請に皇国軍は戦闘放棄で応じ、
「ステヴィア・ルニールさんですね?」
捜査官に問われ、逮捕されるのかと怯える。
「状況確認のためにガンカメラ映像の提供を要請します」
「は、はい。どうぞ」
「協力感謝します」
捜査官たちはかなり近い位置で戦闘に参加していたルルフィーグのガンカメラ映像を証拠として求めた。複数人で確認を行っている。
「あの、わたしはなにをしてしまったのでしょうか?」
不安に抗えず尋ねる。
「いえ、あなたは捜査対象ではありません。星間法第三条第四項に違反したとされる嫌疑を懸けられた者がこの場にいました。その確認です」
「はぁ……」
「キュクレイス・フェリオーラムの戦死を確認。被疑者死亡で本件首謀者の逮捕は断念する。全員、証拠の収集を」
捜査官が散っていく。多面的な視点からの映像証拠と証言の収集を行うらしい。
「キンゼイ・ギュスター」
彼女の横にいた男が呼ばれる。
「同項違反教唆の疑いで逮捕する。大人しく従うように」
「はい」
「そんな!」
ステヴィアは慌てた。エイドラの、ひいては周辺国や星間銀河圏への脅威となるであろうロルドシーパ撃破に貢献した彼が捜査対象だとは欠片も思っていなかったからだ。
「やめてください!」
電子ロックが手首をつなげるのを邪魔する。
「どうしてキンゼイ様が? 見たでしょう? この方も危険な機体の撃破に助力くださったのです」
「それも確認しました。ですが、本件の違反とは関係のない行為です。酌量の余地とするか否かは司法部の判断することなので我々にはなんとも」
「なんで……!」
「ステヴィア、これでいいのだ。最初からわかっていたこと。私のしたことは教唆行為であり、共謀者にあたるのは当然なのだよ」
キンゼイは諭してくる。
しかし、納得できるものではない。彼女の想い人はエイドラの現状を憂いて行動していたと確信している。強引な手法だったとはいえ、市民の目を覚まさせるに必要であったと思えるのだ。
(被害者が出ようともって考えてるわけじゃないけど)
そこは賛同できない。
(でも、荒療治が必要なほど腐ってたのに。それにも気づかず呑気に暮してたわたしたちも悪いのに。その罪をキンゼイ様お一人に被せるなんて)
GSOの隊長は構わず電子ロックを掛けてしまう。入ってきた通信に応答し、「宮殿で確保した幇助容疑者も全員連行しろ」と指示していた。一斉検挙が行われているようだ。
「隊長」
「ジュネ・クレギノーツ準捜査官、捜査協力に感謝いたし……、する」
やってきた少年と話しはじめる。
「ぼくの機体のガンカメラ映像にも色々と写ってるはずだけど確認しないといけないんじゃないですか? そこの教唆容疑者は逃亡する気さえなさそうですし」
「ああ……、そうだな。提供してもらおう」
「じゃあ、こっちに」
紫と緑の不思議な色の瞳が彼女を窺ってくる。単なるジェスチャーでしかないその行動の真意を理解した。
「お別れ……なのですか?」
切なさに瞳が潤んでしまう。
「命があるだけでも僥倖だと思っている。せめて罪ぐらい償わせてくれ」
「その罪はエイドラ国民がみんなで背負わねばならないものなのに?」
「背負うさ、反省という形でね。それくらいでちょうどいい。これ以上の痛みは人の心にまで傷を負わせてしまう」
男は清々とした面持ちで微笑みさえ浮かべている。
「わたし、あなたを咎人として語る人を許せないかもしれません」
「きっと許すよ。そんな君だからこそ、その
「疎ましくなってしまいそうです」
(たぶんキンゼイ様の言うとおり)
口ではどう言おうと彼の言が真実だと思う。
(
「私は退場する」
優しい眼差しが彼女を包む。
「これからの舞台の主役は君だ。エイドラを頼みたい」
「そんな言い方、ズルいです。断れないじゃないですか」
「ズルいのは当然だ、私は策略家なのだからな」
口元が歪む。悔しくて堪えきれない。キンゼイの胸に額を当てて嗚咽した。荒れてしまった茶色い大地に幾つもの染みが形作られていく。
「行くぞ」
再びやってきたGSO隊長が男の腕を取る。
「ありがとう、ステヴィア」
「待ってて……」
弱々しい声で告げる。触れていた手が、指先の一本まで離れるのを拒むように追いかける。しかし、それも離れてしまう。喪失感に震えた。
「待ってて! もう絶対に逃さないんだからぁー!」
ステヴィアの目には、遠ざかるキンゼイの肩が笑いを堪えるように上下して見えた。
◇ ◇ ◇
ジャンダ基地での決戦から二週間、エイドラは復興の道を歩みはじめている。
ブラッドバウは契約どおり相場に準じる報酬を遠慮なく受けとって出発した。あくまで軍事機構という体裁を崩さないまま。ただし、基地地下で行われていたであろう実験のデータに関しては綺麗にさらっていく。ステヴィアたちもそれは見てみぬ振りをした。
粛清されなかった旧政府の政治家は皇家に加担したことで星間法違反幇助罪に問われていた。なので、政治的には一から出直しである。
立候補者がイドラスの街角で新生エイドラへの自らの志を語る中、とある場所に設けられた演壇の前には驚くほどの市民が集結している。そこで演説する人物の登場を今か今かと待ちかまえていた。
「お待たせしました」
彼女は期待に膨らむ観衆の前に立つ。
「ステヴィア・ルニールです。皆さんの要望でこのような場を設けていただいたことを感謝します」
湧きあがる歓声に視線で応えつつステヴィアは市民の前へ。特に準備はしていない。自然に浮かぶ言葉で語ろうと思っていた。
「皆さんもようやく普通の生活に戻りつつあることでしょう。そんなお忙しいときに来てくださって嬉しいです」
堂々と自分の言葉を紡ぐ。
「この中にはわたしが戦った所為で住居を失った方もいることでしょう。もしかしたらわたしが死なせてしまった兵士のご家族の方もいるかもしれません」
胸に手を当て謝意と弔意を表す。非難する声は届いてこない。
「忘れてくれとは申しません。わずかでも恨む気持ちがあるなら、それは甘んじて受けねばならないと思っています」
嘘偽りのない気持ち。
「それと同時に皆さんの罪も忘れてもらっては困るのです。エイドラがどうしてこんなことになったのか。怠惰が産んでしまったこの惨事を心に刻み、後世にまで伝えなくてはなりません。二度と誤らないために」
敢えて強く訴える。観衆の顔も引き締まった。
「ですが、第一は皆さんの幸せです。それ無くしては人は生きていけません。失われた命を省みつつ、新たな未来を築いていきましょう」
それこそが大事だと語った。
「立候補してください、ステヴィア!」
「そうだ! 我々には自由の象徴たる女神が必要なんだ!」
「そのご要望にはお応えできません。わたしは政治がわかりませんし、なにより自分が得意とする形でしか皆さんに貢献できないと思っています」
首を振りつつ伝える。
「叶うなら、様々なステージやコンテンツで皆さんを笑顔にする一助になればそれ以上に嬉しいことはありません。それでは駄目でしょうか?」
「私はあなたの活躍を観ていたいです、自由の女神!」
「俺もだ!」
願っていた言葉をもらえて感極まる。つい涙がこぼれて顔を覆った。
「わたし、頑張ります。もっともっと……。エイドラの人たちだけでなく銀河の人々に楽しみを届けられるように。見守っていてください」
ステヴィアは万雷の拍手の中で喜びの涙を流しつづけた。
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