エピローグ+
二人の旅立ち
惑星エイドラを含むオリナサニア宙区の星間管理局支部。その広い敷地の一角には収監者施設もある。量刑の重い者は収監惑星に送られるが、軽い者は支部ごとの収監施設に収容される。
エイドラ動乱から二年、思っていたよりかなり軽い刑に処されたキンゼイ・ギュスターは刑期を終えて施設の門の外へと連れだされるところ。係官の指示に従って門をくぐると空気が軽く感じられた。
(そんなはずもないのにな。収監施設がこんなにオープンなところだとは思ってもいなかった)
拘束されただけ。特に役務を課されたわけでもない。失われたのは自由と時間。死をも覚悟していた彼にしてみれば拍子抜けするほど軽い扱いだった。
(さて、行く宛てもない。自分なりの償い方も手に入れたが、願えば叶うものなのだろうか?)
気丈な娘の顔が脳裏をよぎる。彼女に怒られないよう、できることはやってみるつもりだ。
見慣れない風景を適当に楽しみながら敷地を隔てる生け垣の向こうへと踏みだす。そこには思い出したばかりの面立ちが待っていた。
「ステヴィア」
失笑する。
「君はこんなところまで」
「言いました、待ってるって」
「忘れてはいない。そのうち礼くらいはしに行くつもりだったが」
「駄目です。逃がしません」
立派な女性に成長したステヴィアは華やかさを増している。どこから見ても素人には見えないほど。それもそのはず、今や彼女は複数宙区に渡って人気を誇るトップ女優の一人なのだから。彼もそれくらいは耳にしていた。
「キンゼイ様」
「人目を気にすべきではないかね」
胸に飛びこんできた相手を受けとめる。引き剥がそうにもしっかりと抱きつかれてしまった。
「あなたに育ててもらって、こんなに美しく咲いた花を最後まで面倒見てください」
「自負心も育ったのは結構だが……」
「そうでも言わないと自覚してくださらないでしょう?」
ステヴィアの真摯な想いは少しも変わっていないようだ。
(余生と思えるこの生命、この娘にすべて捧げよう。彼女の願うとおりに生きていればそれも償いになる。なにせ自由の女神だ)
彼女の代名詞となっていた。
「わかった。私はなにをすればいい?」
「愛してください」
「その台詞を聞いた人間はごまんといるだろうが、心からのものを聞いた果報者は私くらいだろうか」
身も心もさっぱりとした男は軽口の一つも叩きたくなる。大事な女神のご機嫌伺いも兼ねて。
「悪いが、それだけで済ませるわけにもいかない」
新たな人物が話しかけてきた。
「収監中のたった二年で公務官試験と司法官試験をパスするような奴を野に放ったりするもんか」
「暇だったのでね」
「そんな問題じゃない」
彼はクロード・ヴェントと名乗る。
「あ、わたし、今は星間管理局の広報部門と専属契約を結んでいるんです。移動はいつもヴェント隊長が面倒見てくださるんですよ」
わりと重大なことをさらりと言われた。
「すでに銀河規模ではないか」
「ああ、その銀河規模のスターを警護するチームは常に優秀な人材を求めてる。うちに来てもらうぞ」
「決定事項なのか?」
妙に話が美味い。
「さっさと確保しないと司法部がかっさらいに来るって言ってる。お前、どこの誰に見こまれてるんだ?」
「多少は憶えがあるが」
「きっと、あの子です」
そこまで手をまわせる人物は一人しか思いつかない。なにしろ、キンゼイに公務官や司法官のテキストを送りつけてきたのもその人物だからだ。
(一生かけて償えというのか。しかし、これは償いになるのか? まあ、選択の余地がないのは確かではある)
目の前の女神は彼限定で自由を奪ってくるらしい。
「理解した」
顔を伏せて笑いの発作を堪える。
「そいつは重畳。大人しく捕まっとけ。悪いことは言わないから」
「間違っておかしな方向を目指したくなってきたんだが」
「そりゃかまわん。が、高等捜査官試験はともかく高等司法官試験はかなり難関だって言うぜ?」
言わんとするところを読みとってくる。
「それが償いになるのなら努力する価値はある」
「上手くいったら雇ってくれ。そっちのほうが実入りが良さそうだ」
「約束しよう」
確かに救えるものは多い。あの少年は一つの選択肢を示してきた。
「キンゼイ様なら必ず」
「君の期待に応えられるよう走りつづけてみよう」
「はい」
満面の笑みでステヴィアは言う。もう二度と裏切れない最高の贈り物。
「彼らは今頃どこにいるのだろうか?」
「きっと、どこにでもいます。だって『正義の翼』ですもん」
のちに
二人は新たな時を刻むべく宇宙へと旅立った。
<完>
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