超絶の領域(2)

「理解したな、ステヴィア?」

 キンゼイは作戦を伝えた相手に確認する。

「ですが、キンゼイ様。あなたがあまりに危険です」

「君のアームドスキンのほうが小柄だ。盾になるなら私のロルドファーガのほうが向いている」

「…………」

 反論したいが思いつかない模様。


 薄片の嵐を越えるのに彼女のルルフィーグは細身で守りやすい。パワーアップに合わせて重厚なボディのロルドファーガが矢面に立つ。なにより機動性では比べるべくもないステヴィア機のほうが成功率は高いだろう。


「解れ。殿下の暴走からエイドラを守れるのは君だ。本当に自由の女神になれ」

「自分は犠牲になってもいいというあなたの考えが嫌いです」

「嫌ってくれてもいい。今は言ったとおりにしてくれたまえ」


 沈黙の肯定が返ってくる。「嫌いになんてなれません」と小さい呟きも添えられてのものだが。


「では、ゆくぞ」

「無茶はなさらないでください」


 今やロルドシーパはエネルギーの渦に包まれている。念押しに答える間もなく薄片の流れに逆らって斜めに侵入していく。正面から行っても弾きとばされるのは他の機体が証明してくれていた。ステヴィアは彼の陰に。


「システム、リフレクタ出力全開」

『リフレクタの出力を全開にします。稼働時間は負荷割合に比例しますので算出不可能です。パーセンテージで報告いたします』


 エネルギー薄片がリフレクタ表面に激突してくる。ビームと違って干渉で収束は解けたりせず、跳ねてはまた流れていくだけ。

 ロルドシーパの陰に入りこんだルルフィーグが寄り添ってくる。まるで心配するかのように見つめてきていた。


(優しい娘だ。こんなことに巻き込んで良いものではなかった。運命というやつは、とことん皮肉にできているものらしい)

 自分が彼女の運命を狂わせてしまったのかと思う。


『リフレクタ出力37%まで低下。現状出力7秒でダウンします』

 薄片の衝突は相当負荷が掛かるらしい。

「左の全開展開準備」

『右のクールタイム84秒です』

「左で越えられなければ終わりか」


 旋回して逆進に移る。ルルフィーグを陰に入れたままで。


「キンゼイ様」

「案じるな。この速度であれば抜けられるはず」


 流れの向こうに巨大な影。計算どおり突破できるはず。ステヴィアに再確認をしてペダルを踏みこむ。


「殿下、お鎮まりいただく!」

「やはり貴様が来たか、キンゼイ!」

 ロルドシーパのカメラアイは彼を見すえている。

「来るとわかっていればなんとでもできる。そう教えてくれたのは貴様だぞ?」

「あなた様を鍛えたのを後悔しておりますよ」

「ならば悔いたまま逝け!」


 ビームランチャーは用をなさない。両手に持たせたブレードだけで対処するしかないのだ。

 待ちかまえていた花弁の薄片が迫る。右手のブレードで叩きおとす。次の一枚は絡めて逸らした。三枚目を刃に添わせて流す。


「勝負あり!」

「甘い!」


 逆手に持ちかえた左の切っ先を額のレンズ機構に突きたてるべく加速。しかし、頭の後ろの死角から迂回してきた薄片が手首から先を刎ねる。


「まだ」

「くどい!」

 右のブレードを振りおろすがそれも刎ねられた。

「それならば」

「足掻くな。らしくないぞ、キンゼイ」

「足掻きもしますよ」


 両肩に膝を落とし手のない腕でレンズを殴りつける。くり返し叩きつけるがレンズにはひびも入らず、腕の装甲がめくれてフレームがむき出しになっていく。


「憐れに思えてくるぞ」

「ご勝手に。殿下を止めるためならなんでもいたしますよ」

「せめて苦しまずに逝かせてやろう」


 バックウインドウの中で薄片が迫ってくる。狙えるのはそこだけだから。なにせ頭部にロルドファーガが覆いかぶさっている所為でキュクレイスは他が見えていない。

 だが、キンゼイには見えている。時間差で渦を抜けてきたルルフィーグが腕を斬りおとそうとしているところが。彼が時間稼ぎと目眩ましをしている隙にエネルギー制御のレンズを備えた両腕を破壊する作戦だった。


(これでいい。私が撃破されてもロルドシーパは止まる)

 まさに刺し違えである。


「あさましいことよ」


 皇女がつぶやくと同時に切りはなされたスリングアームが跳ねとんできた。ステヴィア機を絡めとろうとしている。本体を守ろうという、怖ろしいまでの防衛本能であった。


「逃げろ、ステヴィア!」

「えっ!」


 ほぼ同時に意思の流れを読みとった娘がアームを蹴って逃れる。しかし、その瞬間にキンゼイのロルドファーガの背には薄片が突きたつ。


「キンゼイ様ぁー!」

「無念」


 そこでキンゼイとステヴィアのリンクは途切れた。


   ◇      ◇      ◇


 ロルドシーパの頭からキンゼイのロルドファーガが剥がれおちる。背中にはエネルギーの花弁を突きたてたまま。


「キンゼイ様! キンゼイ様!」


 幾度呼びかけようと応答はない。コンソールパネルは信号途絶ノーシグナルの表示のみ。反重力端子グラビノッツが生きているお陰で機体はゆっくりと降下しており、ステヴィアは拾いあげようと追う。


「死なないで!」

 ハッチが口を開く。

「キンゼイ様!」


 飛びおりたフィットスキンの身体を受けとめる。すかさずルルフィーグのコクピット内に収容した。


「キンゼイ様」

「あさましいと言われても仕方あるまい。生きているとわかると希望をつなげたくなるものだ」

「普通です」

 ステヴィアは泣き笑いである。


 制御部を裂かれたロルドファーガはすでに戦闘不能。幾つもの花弁によって裁断されていく。数秒と掛からずバラバラになって爆散した。


「さて、小娘」

 薄片を重ねて爆炎から機体を守ったキュクレイスが話しかけてくる。

「キンゼイと心中するか?」

「嫌です」

「逃げるか?」

 重ねて問う。

「逃してくれないでしょう?」

「わかっているならよい」


 今度はルルフィーグを無数の花弁が襲う。意思の流れを頼りにギリギリで躱していく。避けきれない分はリフレクタで弾く。


『リフレクタ出力低下中。65%です』

「そんなこと言われてもクールダウンさせてる暇なんてない!」

「すまない。私もさすがに手詰まりだ」

 邪魔にならないようサブシートを引きだしたキンゼイが言う。

「死にません! 死なせません! わたしの能力はなんのため!」

「見苦しいものよな、皇家の血に逆らったのが間違いだというに」

「エイドラの人はあなたの奴隷じゃありません!」

 あきらめる気などない。

「エイドラ臣民などどうでもよいわ。反旗をひるがえした者はもう信用ならん。滅ぼしてしまおう」

「なんということを!」

「見よ、この力を! これさえあれば何人たりとも私を脅かすなど不可能! 惑星一つなど易いもの! 星間銀河圏を平らげてくれようぞ!」


 邪心を露わにした皇女は哄笑する。だが、大言壮語と切って捨てることもできない。対抗する術さえ思いつかないのだ。


「させません!」

「させるもんですか! クロウ!」

 リリエルの声が響いた。


 渦を越えてきたトリオントライの翼の中からゼキュランが飛びだしてくる。両腕の鉤爪機構からブレードを伸長させた。


「ちっ! 途中から喰われちゃう」

「無理だよ、エル。機体から30m以上離れるとCシステムの影響圏って言ったよね?」

「なんか面白くないの!」


 ブレードは途中から形をなさず溶けきえている。少女はあきらめて解除した。


「仕方ない。こっち」

「はい?」


 ゼキュランに導かれて上空に。阻止しようとした花弁はことごとくリリエルの双剣に弾かれている。


「ジュネ、退避完了」

「もうちょっと離れててね」

 少年は残っている。

「命懸けの囮か、ジャスティウイング」

「いや、準備が済んだから止めに来たのさ」

「大口を!」


 上空から見ると、渦の外側ではアームドスキンが遠巻きにしている。それが準備らしい。


「巻きこまれちゃうからね」

 ジュネはつづける。

「Bシステム、起動」


 ステヴィアには少年の灯りの色が揺るぎない自信に染まっているのが見えていた。

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