真の翼(2)

(しかし、急に動きが悪くなった。スタミナ切れか?)

 キンゼイは危惧する。


 ジャスティウイングはローティーンの少年。どれだけ技量的に優れていようが体力には限界があろう。

 戦闘としてはすでにかなり長時間に及んでいる。限界がきて動きが鈍ってきたとしてもおかしいことではない。


「せや!」


 飛びこんでいたブラッドバウの少女が双剣で連撃を放った。しかし、スリングアームは俊敏にうねってかすらせるだけに終わる。


「もう、せっかくジュネが的になって引きつけてくれてたのに!」

 そういう作戦だったらしい。

「大っきい声出すからさ」

「あっ!」

スリングアームそれは野生動物みたいなもんだよ。パイロットの意識とは別に反応しちゃうから」

 間違いを指摘されている。

「うー、ごめん」

「普通に二人で畳みかけたほうがいい。おいで、エル」

「はーい」


 少年上位の人間関係が窺える。戦術に関してはジェネのほうが主導権を持っているのだろう。戦闘勘となればリリエルもかなりのものだと思うが。


(他者の運命を嘲笑うほどの巨大な才能か。彼らがなにをなすのか、末恐ろしい)


 直面する課題の大きさに汲々としている自分にキンゼイは苦悩した。


   ◇      ◇      ◇


 リリエルはトリオントライの少し後ろにゼキュランを持っていく。ジュネの動きをよく見て自分のなすべきことを見極めるためにだ。


「タイミング合わせて」

「うん」


 先端をブレードにしたスリングアームが豪速の斬撃を放ってくる。しかも、とてつもないパワーを込めて。

 しかし、少年は躱すことなく正面から斬り結びにいく。力場の刃どうしが激しく激突し、紫電が大輪の花を咲かせた。それなのにトリオントライはわずかの後退もしていない。


「ふっ」

 短く気合の呼吸。


 少女は即座に動く。力が拮抗している間はさしものアームもうねることなど無理。彼女の斬撃は白い装甲を削ぎとった。


(狙いが甘い)

 それではアームの駆動力にダメージはないのだ。

(1m置きに生体組織部分が覗いてる隙間があるからそのうち当たるでしょ、じゃ駄目。確実に当てるつもりでいかないと)


 剣技は磨いてきた。ただし、それは生身での話。アームドスキンで再現できねば意味がない。慣れた機体でなら或る程度はできたことも乗り換えたばかりでは狂いが生じている。


(パワーに振りまわされてる)

 ゼキュランの所為でなく自身の操縦精度の問題。

(だからって前のほうが良かったわけじゃない。ルシエルのパワーじゃ表面を削るくらいがせいぜいだった。乗りこなさないとこいつには敵わない)


「粘るな。小さくなってパワーが落ちたんだろう?」

「そう思う?」


 ジュネはブレードを振りきってスリングアームの先端を弾きとばした。拮抗していたのは、リリエルが斬りかかる時間を作る演技だったのだ。


「ぬ!」

「パルトリオンを動かしていたのはトリオントライの対消滅炉エンジンだよ? 普通のアームドスキンの二倍以上のパワーマージンを取ってある。20mの筐体に凝縮したらどうなるかな?」

「たわ言を!」


 嘘ではないだろう。なにせ恒星間飛行ができるということは、転移フィールドの展開が可能で時空穿孔機も稼働させられるということ。艦艇でも出力調達に気を使う状態をパルトリオンは再現していた。


(トリオントライを内蔵できるパルトリオンを造ろうって思った『マチュア』ってゼムナの遺志、頭おかしいんじゃないかって思うくらい)

 まともならその発想にいたらない。


 ロルドシーパの両腕が連射したビームをジュネは躱していく。一部をリフレクタで防いでいるが、他のアームドスキンのように大きくノックバックすることはない。それどころかじりじりと前進するほど。


「言うわりに防戦一方ではないか」

「虚勢だね。ほんとは怖ろしいと思ってる。だから突き放したい」

「ジャスティウイングぅ!」


 挑発に二本のアームが飛んでくる。少年は両方とも右手のブレードで弾いてそらすも、さすがに押しもどされた。

 そこへ後ろから飛びだしたリリエルが斬りかかる。一撃は刃が跳ねとばされた感触があったが二撃目には手応え。生体組織に切れ込みが入っているのを確認する。


(冗談!)


 しかし、組織が脈動したかと思うと癒着して再生。装甲組織と違って再生能力もあるようだった。


「異常よ」

 レーザー回線でジュネに訴える。

「こんなの、ステヴィアの手に負えるわけない。彼女、『時代の子』じゃなかったの?」

「いや、たぶん間違ってない」

惑星規模破壊兵器リューグなんて倒せないでしょ?」

 少年がいるからあきらめてないだけで、自分一人でも不可能だと思える。

「タンタルの干渉がなければ皇女を下して終わりだったんだよ。そこへ『皇家の秘術』なんて方便で特殊技術をねじ込んできた。そこから狂ってる」

「飛びつくほうもどうにかしてる」

「奴は人の欲ってのをとことん利用する。これまでもそうだったし、これからもさ」


 二人が追っている存在というのはそういうもの。ゼムナの遺志にしては珍しく情報を小出しにして濁しているが、かなり好戦的な敵だといえる。同類なだけ、人間のそういう部分にも敏感なのだろう。


「わかったでしょ? ヴァラージ因子っていうのは驚異的な生命力と防衛本能を持ってる」

「斬るときは一気に斬ってしまわないと駄目なのね。それなら……、クロウ!」


 ブレードグリップを収納して鉤爪をスライドさせる。自由度は劣るが間合いは比較にならない。通常の長さの剣身を形成してかまえる。


「来なさいよ!」

「生意気な!」


 毒蛇がうねって迫ってくる。もっともこの毒蛇は比べものにならない攻撃力を持っているので噛まれなければいいというわけではない。


「ブロード!」


 ビークランチャーを拡散モードで浴びせる。リフレクタで防いでいるが反動で先端の速度は落ちた。それが狙いである。


(今!)


 十分に引きつけてからアームのブレードを上体反らしスウェーバックで躱す。胸元でクロスしていた腕のクロウブレードを瞬時に伸長させ挟みこんだ。

 刃が装甲組織を噛む。伸びるアームに機体ごと持っていかれるが緩めない。そのまま渾身の力で振りぬいた。


「りゃあっ!」

「ぐうぅ」


 切断された先端だけが飛んでいく。フィードバックがあるのか、キュクレイスは苦鳴をもらしている。


「よし! って、ここでパワーダウン!?」

「一本くれてやったのだ! 消えろ!」

 腕からのビームの連射が迫る。


(加速が鈍い。何発かもらっちゃう)

 リフレクタで胴体だけ守る。


 眼前でビームは歪曲して逸れていった。後ろに付いたトリオントライがエルボフレームをゼキュランの前にかざしてくれている。まるで翼で守られているかのよう。


「ジュネ」

「お見事」

「うん!」


 しかし、それは隙に見えただろう。もう一本が二機を同時に貫こうと飛んできた。


「安直なんだよね」

「なに?」


 誘いの意味もあったらしい。するりと抜けでた少年が先端の前に。ぎりぎりで半身になって紙一重で躱す。両腕に持たせていたブレードグリップから光輝の剣身を生みだすと、機体を錐揉みさせながら同時に叩きつけて切断。


「ぬおぉ!」

「あと三本」


 苦しくなってきているはずだ。二人が陽動を兼ねて上空にとどまっているので、地上の民主奪還同盟リキャップスや近衛隊への攻撃は残りのスリングアームにさせるしかない。


「さあ、もう一息」

 ジュネが飛んでいく先端にビームランチャーでとどめを刺しながら言う。

「叩き斬ってやるわ。覚悟なさい」

「貴様らぁ、どこまで邪魔を!」

「そんなものに頼った時点でお終いなの。解りなさいよ」


(でも、よく耐えてるのも本当。これだけの複雑な制御を一人でこなすなんて常軌を逸してる。適性の有り無しじゃない。もしかして脳まで喰われちゃってる?)


 リリエルはジュネが「手遅れ」と言った意味が理解できたような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る