真の翼(1)
「これは無理そうだね」
片脚無しで膝をついた機体の中で少年はポツリと言う。
「観念したか、ジャスティウイング!」
「限界みたいだ」
二つ名を象徴とする金色の翅、
(機体を軽くしようというのか? だが、
キンゼイの絶望感はまだ拭えていない。
「脱ぐよ」
頭部がパージされて後ろに飛んだかと思うと、胴体までもが腰から外れて前へと倒れる。分解したかのように見えた。ところが、腰部の上には深い紫色をしたユニットが乗っていた。
「なに?」
ふわりと浮いたかと思うと両サイドで折りたたまれていたパーツが前に倒れてくる。水平まで倒れるとそこを支点に残されていた下のパーツがさらに伸び、膝と下腿部にと変わった。二つに分割されていた腰部が中央でドッキングし、下半身が完成する。
前腕も前に降りてきて肘から先が展開。拳が開かれると見るからに腕の形になる。半ば格納されていた頭部もせり上がってきて本来の位置に。後頭部に格納されていたセンサーガードが回転して顎と額を守るよう固定される。カメラアイがまばゆい光を放った。
「アームドスキン!? 腹の中にもう一機だと?」
「これじゃないと君に対抗できそうにないや」
最後に背中から三本のエルボフレームが広げられる。中央の一本は上下に二枚の
それはまさに折りたたまれていた翼が広げられていったかのごとき光景。通常サイズの20mのアームドスキンがゆったりと舞い降りる。倒れているバックパックから専用ビームランチャーを取りだして装備した。
(こんなギミックが……)
深紫色の一体のアームドスキンが完成した。
「こっちが本来の姿、『トリオントライ』」
「非常用ではないだと?」
「これは
放りだされた元胴体を指しながら説明する。
ジュネが乗っていた大型機体はトリオントライの外部装甲。一応の駆動機構は備えていたが、本来のスペックを発揮するには重すぎるものだと言う。
「あんまり脱ぎたくなかったんだけどね。一度脱いじゃったら帰らないと復元できないから」
「このロルドシーパ相手に力を制限していたと言うか。侮るな!」
「だから本気で相手するよ」
深紫のアームドスキンはかき消えたかのように見える。実際には加速したのだろう。「フォーン!」と空気を鳴らす音だけが残された。。
「な!?」
「遅いよ。よく見てなきゃ」
スリングアームが一本、半ばから断ち切られている。大地に転がるとのたうちはじめた。断面からは組織片がなにかを求めるように飛びだしてはひっこんでをくり返している。
(まだ生きている。あれに取りこまれたら。「因子」とはそういうことか)
犠牲者が出た原因がわかったように思う。アームを構成する生体組織は感染性のある因子を持っているのだ。他の生物の遺伝子をも書き換えて自己複製に使うような。
(ジャスティウイングでなくとも危険視する。ともあれ、これで事態は好転するか)
「そんな仕掛けがあるなんて、どうして隠してたのよ」
「キャストオフが必要になることなんてそうは無いと思ってたんだ。移動が大変になるし。でも、今は君の艦に乗せてもらってるから、このままでもいいかもって」
「もちろん問題ないけど。もう、心配して損した!」
「ごめんよ」
少女にも内緒にしていたらしい。
二本のスリングアームが宙空の二人に向かう。一本はジャスティウイングが悠々と躱し、もう一本はリリエルが双剣で受けて弾いた。新型機のパワーは目を瞠るものがある。
弾かれて流れたアームを少年が斬り裂こうとするがかすめたのみ。引き戻される先端が横薙ぎを放つも、ゼキュランの逆落としの突貫で叩きおとされた。
(皇女殿下にももう油断はない。簡単ではないか)
手をこまねいていればの話。
「全機、砲撃! アームを遊ばせるな!」
「
集中砲火を浴びせる。一部を除き、戦闘を放棄した皇国軍機は数に入らないが、近衛を中心とした彼の指揮下とリキャップスの全機がビームを集中すればロルドシーパはアームをリフレクタにして防ぐしか道はない。
「残念だけどフェニストラじゃこの怪物に対抗できない。坊やたちが自由に動ければ崩せるはずさ。張り切るんだよ」
「おお!」
ポルテの声に呼応している。
皆がビームランチャーをロルドシーパに向けて発射。四方からの攻撃に四本のアームがリフレクタをかざした。本体を囲んでビームを防ぐも、残り一本のアームではトリオントライとゼキュランの攻勢を抑えきれない。
「んおおおー! 嘗めるなぁー!」
キュクレイスの気合の一吠え。
息を吹きかえしたかのようにスリングアームがのたうちはじめる。そうなると隙間ができてビームがすり抜けていく。
「よし! え!?」
「そんな豆鉄砲などぉー!」
ビームは収束を解かれてロルドシーパに触れることなく拡散してしまう。リフレクタとは違う反応。
(防御フィールドを展開しただと?)
キンゼイは眉根を寄せる。
本来はサイズや出力の関係でアームドスキンを含めた機動兵器には搭載できない。しかし、小型艇に届くかという巨大なボディを持つ皇女の機体には搭載されているらしい。
「そんなのズルいじゃないかい!」
「比較にならんのだ、貴様ら小虫とこのロルドシーパはなぁ!」
哄笑がつづく。
「まずはスリングアームを機能できなくすればいい。防御フィールドなど内側に入ってしまえば無意味」
「そうか、キンゼイ? これでも同じことが言えるのか?」
「むぅ」
スリングアームはジョイントが重なるようにな構造になっている。そのジョイント間がぬるりと伸びた。
隙間から生体組織を覗かせたアームは全体の長さが二倍、240mまで延長される。一見、外装のない部分ができて防御力が落ちたようにも思えるが、さらに軽快な動きを見せるアームを捉えるのは厳しい。
「そ、そんな! ぎゃあー!」
「つぶれろ、小虫め」
トリオントライに斬られて先端を失ったアームはブレードを生みだしたりビームを放ったりはできないがまだ動く。ロルドモネーの一機が巻きとられ、破砕音を放ちながら握りつぶされてしまった。
(どれほど強力なのだ。こんなものが本当に皇家の秘術なのか?)
おぞましさも増している。が、それを上まわる攻撃能力があるのに忌避されるものかと疑問に感じた。
「キンゼイの言ったとおりだよ。スリングアームから剥ぎとってしまえばいい。防御フィールドが張れるのは本体だけなんだから」
「できるものならやってみせろ、ジャスティウイング」
皇女は嘲る。
油断していたか、アームの放ったビームがトリオントライの顔面に直撃。キンゼイは顔をしかめるも、干渉光が薄れると健在の頭部が現れる。
「貴様、その機体」
「ぼくの場合、高感度センサーの集中する頭を失うと厳しいからさ。守りは厚くさせてもらってる」
センサーガードと思われたフレーム間にリフレクタが形成されていた。
「これでもか!」
「真正面からとか甘いよね」
「く!」
トリオントライの左右のエルボフレームが前にまわってきている。ロルドーシーパが腕から放った艦砲クラスの大口径ビームは
(こんな規格外の機体どうしの衝突に割りこめるものか?)
キンゼイはアームを回避しながら、悔しさに下唇を噛んだ。
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