喰まれし者(3)

(すでにまともな判断力を失っておられるか)


 キュクレイス皇女は自分が乗っているのが破壊と殺戮の道具にしか見えない事実に気づけない。キンゼイはそう感じた。

 一時期から目立っていた好戦的なところがもう振り切れている。少しずつ影響を受けていたのが、搭乗したことで露骨に表れた。


(人の精神を蝕むような機体。そんなものが存在するとは)


「その狂気の兵器から降りてください、殿下。今ならまだ間に合うかもしれません」

 耳に届いているか。

「すべては私の企みなのです。皇女殿下は甘い言動に惑乱されただけ。お考えなおしください」

「そうだ。貴様はそうやって甘く囁き、私を玉座へと導こうとした。今度はそこから引きずり降ろそうというのか? 玉座を奪うのか? そうはさせんぞ!」

「違います。そうでは……!」


 スリングアームのブレードが叩きつけられる。先端に生みだされた刃はそれだけでおよそ20m。ロルドファーガの全高と変わらない。ジャスティウイングが弾きとばしに来てくれなければ押しつぶされていたかもしれない。


「ジュネ、こいつ、パワーありすぎじゃない?」

「機能的にはともかくさ、器としては惑星規模破壊兵器リューグそのもの。出力は比較にならないよ」

 レーザー回線の会話が漏れ聞こえてくる。


(特殊機体なのか。果たしてアームドスキンで対抗しうるのだろうか?)

 不安に駆られる。


「闇雲に攻めても駄目です、キンゼイ様」

 ルルフィーグもやってきて回線をつないできた。

「わたしとのレーザーリンクを。部下の方にもリンクをつなげてください。リキャップスのほうでも張りますので」

「解る。連携はそれで可能だが、どこまで通用する?」

「信じてください。そうとしか言えません」


 必要な操作をする。ステヴィアとのリンクを近くの僚機からその先へと順々につなげさせた。


「いきます!」

「これは?」


 スリングアームの実体とは違う動きが見える。正確にはσシグマ・ルーン越しにイメージとして伝わってきた。キンゼイには二重写しのように感じられている。


「こうか!?」

「はい!」


 その動きに合わせて機体を滑らせる。ブレードは空振りして地を割っただけ。他の皇軍機ものたくるアームの攻撃を躱しきっていた。

 リキャップスのフェニストラなどはルルフィーグを中心に対処している。数機掛かりで長大なブレードを受けとめ、その隙に腕部を斬りとろうとしていた。


「ごめん、失敗」

「大丈夫です、ポルネさん。無理せず安全策で」


 突如として引かれた先端に巻き込まれないよう回避して事なきを得る。回避はもちろん、攻撃にも応用できると知った。


「ステヴィア、君はこんな能力を」

「どこからか授かりました。わたしを使ってください」

「違うな。使われるのは私のほうだ」


(素人の娘が急に頭角を現したと思えば、こんな奇跡の贈り物があったからか。これは本物の女神ではないか)

 不謹慎にも笑いがこみ上げてくる。


「自由の女神の導きに従え!」

 キンゼイは吠えた。

「まずは機能停止に追い込むのだ。すべてはそれから!」

「キンゼイ、私を討つのか。やはり貴様は!」

「ご自重くださらないからです」

「貴様が! ああああー!」


 ロルドシーパが痙攣する。肩の一部と前腕上部の装甲が弾けとんだ。そこには三連装砲塔が仕込まれている。


「回避!」

「躱せ!」


 一門ずつがそれぞれ艦砲ほどの口径。リフレクタでまともに受けても弾きとばされる。接近戦を挑もうとしていたアームドスキンは追い散らされてしまった。


「火力が桁違いか」

「やることは同じです。見えてらっしゃいますよね」

「ああ、ステヴィア。これは君が?」

「わたしのイメージを皆さんに伝えています」


 要領はスリングアームへの対処と同じ。腕の動き、肩からの射線もある程度は予測できる。つけいる隙が無いほどではないが。


「こんなものではない! まだまだだ! 本当の力というものを教えてやろう!」

 キュクレイスの口調はおかしくなっていく一方。


 青白い半透過の傘が一斉に開いた。かいくぐって狙撃しようとしていたビームはその表面に紫の波紋を刻んだ。六枚のリフレクタが攻撃を完全に阻む。


「同時展開は不可能かと思っていたが」

「甘いぞ、キンゼイ。無敵のロルドシーパに抗する術はない!」

「たしかに堅い」


 が、隙がないというほどではない。六本のスリングアームが全方位をカバーしているように見えて、一本はジャスティウイングに掛かりきりになっている。かなり意識を持っていかれている様子。


「あれ、いいじゃない。ブラッドバウうちも真似するわよ」

「お嬢はそんなに器用じゃないっすよ」

「うるさい!」

「問題ありません。ブラッドバウ隊員ともあろうものが、この程度でへこたれはしませんから」


 銀色のアームドスキン隊はリンクを張らなくとも素晴らしい連携で対処をしていた。惚れ惚れするほどの動きを見せている。


(あそこが二本は面倒見てくれる。あとは数で攻めつづければ必ず穴はできるはず)


 距離を詰めねば話にならない。意識を奪うようにロルドファーガで正面を横切る。反応した一本を自分のほうへと引きよせた。


(ついてきているな)


 彼の動きに合わせる近衛機が五機。確認してから先端からのビームを躱し、突進の気配を見せる。フェイントに掛かってブレードの刺突が来るが、バックステップして近衛機とスイッチ、受けとめさせた。


(ここだ)


 すり抜けたキンゼイはスリングアーム先端の後ろ側に入りこんでいる。切っ先に地を噛ませていたブレードを振り抜いた。


「浅いか」


 アームがうねって避けたのだ。切っ先は表面を削っただけ。一部が破片となって飛び散る。


(ずっと避けるなど無理。これを続ければいい)

 同時に神経を削りにいく。

(しかし、斬れ方が妙だな。金属っぽく見えるが金属ではないのか?)


 あの画像を思いだす。皮膚がまるで金属化したような遺体。それと同じ物なのかもしれないと思えてきた。だとすれば、このアームはなにでできているのか?


(少年はデータごと抹消が必要だと言っていた。危険極まりない代物ということか)


 ロルドファーガに搭載している副腕は金属製。駆動にのみ筋肉に似た生体部品を使用して動作性を上げている。構造だけ模したものとはいえ、今更ながらおぞましくも感じた。


「繰り返すぞ」

「了解」


 彼が囮になったりフェイントを用いたりと、何度かチャレンジする。しかし、絶妙な回避をされて表面を削るくらいの攻撃しかヒットしていない。違和感を覚えはじめる。


(これほどの武装、いくら感応操作でもパイロットへの負担が高いはずなのに、よく耐えるものだ)

 親和性が高いだけでは語れない気がしてきた。


「素晴らしいな、このアームの自己保存本能・・・・・・というやつは」

「本能?」

「残念だが疲れ知らずだぞ、こいつは」


(勘違いしていたか。しかし、本能というのは)

 ただのパーツでなく、そのものが生きているかのような表現。

(作戦変更が必要か?)


「うげっ!」

 考えを巡らせる前に危急を告げる声。

「セロの馬鹿! 無理するから!」

「逃げて!」

「ヤバっ!」


 フェニストラが一機、アームに弾かれて転倒している。そこへ別のアームが照準していた。直撃したかに見えたが、寸前に割りこんだ大型機がビームを阻んでいる。


「ジャスティウイング!」

「早く逃げて」


 しかし、弾いた側のアームが引き戻されながらパルトリオンの片脚を削いでいく。バランスを崩した少年のアームドスキンは次弾を左肩に受けて失ってしまった。


「ジュネ!」


 大破でジャスティウイングが抜けるという絶望的な状況にキンゼイは焦りを覚えた。

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