決戦へ
基地からイドラスまでは二百km。ビームの有効射程距離内だが、さすがに撃ってはこない。仮に撃ったとしても防御フィールドが作動するだけである。
なのでジャンダ基地とは反対側、北西の位置でフェニストラの最終整備をしつつ、順番にルガリアスへの搭載作業をしていた。
「浮かない顔してるじゃない」
「……ポルネさん」
薄暗くなってきて、おおよその準備を終えた
「パイロットは休むのも務めだよ」
「はい」
そうと解ってはいても人の多いところにいたくなかった。
「ちょっと頭の整理をしておきたくって」
「覚悟決めたんじゃないの? 人気が出ちゃったから死にたくなくなったとか?」
「そんなんじゃないです」
茶化してくるが乗れない気分。
深刻さを感じとってくれたのか大女優は彼女の隣に腰を落ちつけてくる。聞く姿勢に口を開かざるを得なくなった。
「わたし、もしかしたら撃てないかもしれません」
どうしても拭えない懸念を吐露する。
「あんな演説をぶったんだ。戦う意志はあるんだろう? 戦って、そして勝ってからの心の持ちようを説いたんだから」
「もちろんです。そうあるべきだというのは本心です。でも、期待を裏切ってしまうかもしれない」
「臆病風に吹かれたって感じじゃないね。話してごらん」
優しい声音が告白を怯ませる。
「……綺麗事です、あんなの。わたしが一番守れない」
「認めるよ。でもね、ときには綺麗事も必要。あたしたちみたいに表舞台に立つ人間は特にね。それが悪いとは思わない。ファンに夢を与え、望む方向に導こうとするなら」
理屈はわかる。しかし、感情が追いついてこない。明日以降、絶対に欠かしてはいけない勇気の元がしぼんでしまう。
「わたし、施設出身なんです」
「そう」
軍ではないリキャップスでは身上調査などない。過去のことなど訊かれなければ知らせる必要もない緩い組織だ。
「それでも夢を追いかけていられたのは、ある方のお陰なんです」
黒髪の人物が頭をよぎる。
「その方の経済支援を受けて成人するまで自適にやってこれました」
「ふぅん、悲劇にして美談ね。ドラマの設定ならよくあるけど、身近じゃあんまり聞かない話じゃある」
「不運に暮れたこともあるけど、だいたい幸運だったと思ってます。だって、その方にどうやって恩返ししようとかも夢見れたんですから」
努力の源だった。
「いいじゃない。このごたごたが済んだらあんたも自由。エイドラのためじゃなく誰かのために頑張るのも自由。ちょっとファンの目が気になるかもだけど」
「その手前の話なんです」
相手は近くにいる。それも案外近くに。戦わなければいけない位置に。
「その方の名はキンゼイ・ギュスターといいます」
告げないわけにはいかない。
「ギュスター卿? 近衛隊長かい?」
「そうです」
「あの男、そんなこともやってたんだ。会ってたの?」
必然、そう思うだろう。もしかしたらスパイと疑われても仕方のない関係性。
「一度も。初めて言葉を交わしたのもちょっと前、戦場ででした」
「そりゃ……」
ポルネも唖然とする。
「そうですね。もう裏切ってたのかもしれない。だって、あの方に近づきたくてリキャップスに入ったんですから」
「うー……、うん? なんでまた敵対するほうへ?」
「会ってくださらなかったんです。遠ざけられてました」
どんな手段でもいいから話したかった。感謝を伝えられれば無茶をしても良かった。でも、ビームランチャーを向けあう関係になるとは予想外だったのは事実。
「そいつは? まさか、あの男、あんたを野心に巻き込まないように?」
「野心。そう見えますよね」
傍から見ればそうだろう。
「違うって?」
「ただの想像です。今のイドラスの状態を見てどう思われます? 内紛が終わったら元通りになりますか?」
「そのつもり。あたしにできるのはカメラの前、舞台の上に立つことだけ」
質問の意味を間違えている。
「ポルネさんはそうですよね? わたしもそうありたいと願ってます。でも、心がけは違うんじゃないですか? これまでみたいに政治に無関心ではいられない」
「な、そういうこと? そりゃここまでドタバタすればね。将来はわかんないけど、とりあえず自分が立つつもりはない。でも、ちゃんとした人を選ばなきゃいけないって思う。まさか、そう思わせるために?」
「じゃないかと。あの優しい方がここまで非情を演じるには、どうしても叶えたいなにかがあるはずなんです」
それがステヴィアの結論だ。半ば感情任せだったとはいえ、あの演説だってキンゼイの理想の手助けになればという意図は含まれていた。
「だとしたら、とんだ役者だね」
大女優はしてやられたという面持ち。
「シナリオライターにして主演のつもりかい」
「そう思ってます」
「たぶらかされた皇家、特に皇女様はいい面の皮だ」
そこまで非情になれるのは彼女も驚きだったが。
「どう思われようとかまわない。きっと覚悟の上なのだと。だからこそ、肝心要の場面であの方を撃てないだろうと思います。それがどれだけポルネさんやみんなに迷惑を掛けるとわかっていても」
「あー……、だよね」
「そんなわたしが戦場に向かってもいいのでしょうか? みんなの足を引っ張って、もしかしたら死なせてしまうかもしれないような人間が」
大切だとわかっているからこそ思い悩む。最悪、情ですべてを台無しにしてしまいそうで怖ろしい。
「難しいねぇ。大変だねぇ」
そう言いながらポルネが肩を抱いてくれる。
「でも、それはあんた一人で背負わなきゃいけないものなのかねぇ?」
「間違ってますか?」
「そうなら、こんなことになってないと思わない?」
彼女がなにを言っているのか理解できない。
「えーっと……」
「つらいときは全部を一人でやらなくてもいいんじゃない? キンゼイみたいな真似ができる人は少数派だと思うよ」
「無理、ですよね」
壊すくらいなら手を出さないほうがいい。そこまで思い詰めた。
「例えばあの坊や」
急に話が変わる。
「ジャスティウイングがなんで来たんだと思う?」
「内乱で荒れそうだから、とか」
「それこそ星間銀河圏には星の数ほどあるトラブルじゃない。なのにエイドラに来た」
安心させるようにふわりと笑いかけてくる。
「見えてないのに、なにもかも見通しているような少年が。あんたでも気づいているようなこと、彼が気づいていないとでも思う?」
「あ!」
「キンゼイのことは任せちゃいなさい、あの子に。操られてるのかもしれないけど、当面の相手はキュクレイスでしょ? 説得するなりなんなり、結局は皇女を降参って言わせたらあたしたちの勝ち。違う?」
ポルネの言うとおりだ。キンゼイの思惑や今後を気にしても彼女にできることはほとんどない。すべきことを履き違えて迷走すれば収まるものも収まらない。
「投げちゃいなさい、ジュネに」
あっけらかんと言う。
「きっと収め方を知っている。生い立ちを聞いたかぎりだと、そっち方面の英才教育を受けてる。あたしたちじゃ思いつかないようなトリックを使えそうな気がしてならないんだけどね」
「ほんと」
「気分が楽になったでしょ?」
希望が湧いてきた。この配役はとんでもない運命の悪戯だと思っていたけど、しかるべき流れの中にあるのかもしれない。そんな気がしてくる。
「あんたがしなきゃいけないことはなに?」
「全力でキュクレイス殿下に降参って言わせることです」
「はい、よくできました。有言実行でよろしくね」
ポルネはウインクする。二人で笑いあった。
しかし、のちにステヴィアたちは少年がとんでもないトリックスターだと知ることになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます