リリエル猛攻(1)
その画像は、さすがのキンゼイをして顔をしかめさせるものだった。
「これなんだ? いや、なにをどうしたらこうなる?」
「自分にもわかりかねます」
女性近衛隊員は答える。
人が硬化している。厳密にいうと右半身だけ。皮膚や筋肉などの体組織が骨化する病気のそれではない。虫のようなキチン質の外骨格ができているわけでもない。
人体の表面に浮きでているのは鉱物性の結晶質に見える。皮膚から大きくせり出ているのが静止画像からでも見て取れる。
「こんな病気はあるのか?」
「ついぞ聞いたことがありません」
医師でない彼らに知識はない。画像を入手した近衛隊員は独自に調べたものの報告できるほどの情報が得られなかったという。
「隠し持っていたというのだな?」
入手経路を問う。
「はい、基地の隊員を含めた軍人は、地位向上を約束してくれるキュクレイス殿下になびく者が大勢を占めています。そのうちの一人が秘密厳守を前提に見せてくれました」
「怖ろしくて共有したかったのか、可憐な君を口説きたかったのかはわからんがね」
「そのような戯れを」
彼女は視線を外して頬を染め、照れながら言う。ともあれジャンダ基地でなにかが進行しつつあるのは間違いない。
「銃痕があるな。この症状で死んだのではなく殺されたらしい」
「そう思われます」
誰の目にも明らか。
「連れられてきた五千人の技術者の行方は?」
「把握できたのは二千人に届きません。皆が地下の製造施設に」
「つまり、とてつもない数の被害者が極秘裏に処分された可能性が濃厚だな」
銃殺された被害者は、症状による苦しみから救うために殺されたのか、それ以外の理由なのかは不明。予想されるのは、基地の地下で虐殺に近い行為がなされたこと。
「殿下を追及なさいますか?」
彼女の批判的な内心がそう言わせる。
「それには情報が足りないな」
「やはり」
「ひきつづき詳細な調査を頼みたい。と言いたいところなのだが、いかんせん時間も足りない」
現実は容赦がない。
「来るのですね」
「昼前までには攻撃が始まるだろう。君もそちらに集中したまえ」
「了解いたしました」
彼が確実に掌握できているのは近衛隊のみ。それ以上の権限を与えられていないのはキュクレイス皇女も全幅の信頼を寄せているわけではない証明。
(誰か入れ知恵したか。慎重に振る舞ったつもりだが上手くはいかないものだ)
隙がないなどお世辞にも言えない。
(あの少年はなにか知っている様子だったな。時間さえあれば内密に和解して真実に近づけたかもしれないが)
キンゼイはそのジュネと戦うしかない状況にあった。
◇ ◇ ◇
規格に収まらないパルトリオンは前方のメインハッチから発進していく。リリエルのゼキュランは追いかけるように発進スロットへと機体を落とした。
「タッター、ターナ
「基地側でも放出してるでやんす。出てきやすよ」
互いに長距離狙撃は不可能な状態。つまりはアームドスキン戦闘で決着をつける姿勢だということ。
「フェンダ・トラガン、フェニストラは
「了解だ。頼むぜ、お嬢さん」
打撃力のあるほうが先陣を切る。
「ジュネ?」
「キンゼイはぼくが。あとは好きなように」
「よろしく。ステヴィア?」
「ポルネさんとかと後方にいます。乱したところで突入ですね?」
「
「わかりました」
心情的な話だ。今や市民の圧倒的な指示を得ているステヴィアが皇女を降伏に追い込んだほうが戦後の処理が容易になる。『自由の女神』と呼ばれる彼女に一時的にでも発言権を持たせれば、軍に寛容な処分でも納得させられるのだ。
「隊列そろえ! 全機、抜剣!」
号令をかける。
ジャンダ基地から発進したアームドスキンは防衛陣形を敷かない。物量で押しきる作戦の様子。彼女にとっては好都合である。
(エイドラに足りないのは機材じゃなく人材なのよ。脇の甘さで露骨にわかる)
今の物量差で防御に徹してしまうと攻略に手間取る。それこそリリエルやジュネといった力量のある人間を割いて穴を開けにいくしかない。それをやっている間に敵手に撹乱されて消耗する。分の悪い賭けになるのだ。
「ぶち当たれ!」
真っ向勝負となれば二人にも相手を選択する幅が取れる。危険な敵を引き受けることで、味方を混乱させない対処が可能となるのだ。
(もっとも、ジュネクラスになると相手の作戦なんかものともせず自分のペースに持ち込めるんだろうけど)
力量の違いもあるが、主に育ちの違い。リリエルは生まれながらにして司令塔の役割も演じなければならない血統。対して少年は完璧に個人主義的な立場で動くのに慣れている。
「ぬるい当たりをしてたらお嬢にどやされるっすよ!」
「粉砕するのです。二度とブラッドバウに逆らいたくなくなるくらいに」
プライガーとヴィエンタが発破をかける。
ブレードの描く円弧が戦場に破壊を振りまく。紫電が弾け、パーツが舞い、そして死の閃光が広がる。パシュランの銀のボディが夢に出るくらい目に焼きつくだろう。彼らはそうやって力を示してきた。
「そこ! 見つけた!」
白と金のロルドファーガがブレードを振って喝を入れている。そこに飛びこんだパルトリオンがキュクレイスの前の近衛紋章付きと激突した。押しきられた形でキンゼイのアームドスキンは視界から消える。
「ここが見せ所よ、ゼキュラン!」
二対の
「スクイーズ!」
ビークランチャーが鋭く絞ったビームを発射。リリエルはそれを振りまわす。貫通こそしない損傷になるが、装甲を爆ぜさせたロルドモネーを量産。内部機構にまでダメージの及んで動きの悪くなった敵機は双剣の前に大破させられていった。
「
「文句があるならかかってきなさい! それが戦場の流儀でしょ!」
吠えるキュクレイスを挑発する。
そうはさせじと皇国軍機が集中してくる。射界に十分な数を収めたところでゼキュラン構えさせた。
「ブロード!」
拡散ビームを浴びせる。一斉にリフレクタが花開くが、もれたビームがボディを削る。身体パーツを失った敵機は彼女の放つ剣閃に抗しきれない。
「易々と! ここで新型を使ってくる」
「喜びなさいよ。それだけの相手と認めてあげたんだから」
皇女の声は苦渋に染まっている。
「近衛機、囲んで抑えろ。仕留める」
「させません!」
「小娘ぇ、貴様かぁ!」
突貫した穴にルルフィーグが飛びこんできた。対処に迷った近衛のアームドスキンを二人で相手する。
どんな攻撃も紙一重で躱してしまう彼女に、ノールックでも狙撃を決めてくるステヴィアのコンビでは精鋭揃いの近衛も損害を重ねていった。
「殿下、お下がりを」
「下がれるか! 私が決めてやろう。そこのブラッドバウの大将機を墜とせばこ奴らは崩れる。怖気づくな」
好戦的な姿勢。
(それでいいのよ。簡単に下がっちゃ困るもん。撃破まではやり過ぎだけど、大破させて降伏を宣言させれば勝負はつくの)
冷静に計算を働かせる。
(どこから引っ張ってきたのか知らないけど簡易型のスリングアームなんて技術、そのていど。一気に決着をつける)
リリエルはそのつもりで皇女のロルドファーガに狙いを定めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます